第2話 酒盛り
社務室を出た僕は、そのまま神社の敷地のすみにある寮に帰ってきた。
寮は古い木造建築で、風呂トイレ台所リビングは共同だが、寮費が安くてありがたかったのだが、神社を退職した以上、この寮も出来るだけ早く出なければいけないだろう。
ごみ捨て場からダンボールをもらって自分の部屋に戻った僕は、白衣と袴を脱いで普段着に着替えると、いつでも引っ越せるように荷物をまとめ始めた。
六畳一間の和室には家具家電はほとんどなく、その他の荷物も少なくて、かさばるのは本くらいなので、今日中にだいたいは荷作りできるだろう。
僕はそのまま昼食も取らずに、黙々とダンボールに荷物を詰め続けた。
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「まあ、こんなものかな」
だいたい荷物をまとめ終えると、夕方になっていた。
「えーっと、あとやることは……うん、再就職活動、だよな……」
本当は引越しの準備よりも前に、昼間のうちに大学の就職課にでも連絡してみるべきだったとは思う。
でも、それがわかっていながらも、僕は引越しの準備という単純作業に逃避をしていたのだ。
「再就職、できるのかな……」
ここ何年か続いているパワースポットブームのおかげもあって、神主の募集自体はそれなりにあると聞く。
しかし募集があっても、僕のように2年も経たないうちに前の神社を辞めた神主を雇ってくれる神社があるだろうか。
それにもし就職できたとしても、その神社でもまた今回のようなトラブルに会って辞める羽目になったら……。
そうやって僕が何となく暗い思考になっていると、部屋の外から「中芝、いるか?」と声がした。
「はい」と答えて襖を開けると、僕と同じく寮住まいの先輩が仕事を終えたばかりの格好で立っていた。
「よかった、いたのか。
携帯出ないから心配したぞ」
「あ、すいません。
マナーモードのままになってました」
「そうか。
それはまあいいけど、とりあえず飲みに行くぞ」
「えっ、いえあの、僕、神社を首になったばかりでそれどころじゃ……」
「なに言ってるんだ。
だから飲みに行くんだろ。
とにかく、着替えて玄関に集合な」
そうして先輩に飲みに連れていかれた先は、埼玉にある大学の雅楽部の先輩の神社だった。
僕の出身大学は三重県にある私立大学の神道学科だ。
神道系の学科がある大学は全国で三重と東京にある2校だけなので、関東在住の神主は東京の大学の出身者が多く、僕と同じ三重の大学の出身者は少ない。
その分、関東在住の三重の大学出身神主のつながりは強く、同窓会組織の活動も盛んで、そこで知り合った同窓生と年齢を越えた交流がある。
埼玉の先輩も僕の5年上なので在学中に顔を合わせたことはないのだが、同窓会の関東支部の集まりで知り合い、同じ雅楽部出身だということで仲良くしてもらうようになった人だ。
先輩は宮司なのだが、まだ独身で神社の社務所で1人で住んでおり、その建物は防音がしっかりしていて飲んで騒いでも周りの迷惑にならないので、時々先輩の神社に同窓生が集まって飲むことがあって、今日もいつものメンバーが10人ほど集まっていた。
みんなお供えのお下がりの一升瓶やつまみを持ち寄って来ていて飲む気満々だ。
僕が空いている座布団に座ると、さっそく隣に座っていたこの神社の宮司の先輩から湯のみを渡され日本酒が注がれた。
「さあ中芝、いったいなんで急に首になったのか話せ」
「え、先輩なんで僕が首になったの知ってるんですか?」
「あ、それは俺が」
僕の疑問に、僕をここまで連れてきた同じ神社の先輩が答える。
「禰宜はお前が辞めさせられたって言うけど、事情を聞いても『中芝くんが悪いわけじゃないんだが、宮司とちょっと行き違いがあって』としか教えてくれないし、気になってさ。
それでみんなに相談したら、中芝のことをなぐさめがてら話を聞いてやろうってことになって」
「と、いうわけだ。
さあ、話せ」
先輩は強面なので、そうやって迫られるとなんだか脅されているみたいな気分だけど、先輩が僕のことを心配して問い詰めているというのはよくわかった。
「えーと、一応禰宜さんが後でとりなしてくれることになってるので、ここだけの話ということでお願いします」
そうして僕は、みんなに昨日の夜の出来事と今朝宮司室に呼ばれた時の話をした。
話し終えると、みな「それはひどい」と自分のことのように
「タイミングも悪かったな。
権宮司がインフルエンザで休んでなければ、話ぐらいは聞いてもらえただろうに」
「あー、そうかもしれませんね」
同じ神社の先輩の言葉に、僕もうなずいた。
他の人たちも次々に口を開く。
「俺、その宮司の娘と同級生だけど、あいつ、学生の頃から男関係のトラブル多いので有名だったんだよ。
中芝みたいに顔がいいやつは狙われるかもしれないから気をつけろと教えておいてやればよかったな」
「しかし中芝お前、また年上の女とトラブったのかよ。
大学の時のストーカーも年上だったし、付き合ってもないのに彼女だって言いふらされたのも年上だったよな。
研修先の神社で迫られたのも年上の巫女じゃなかったっけ?」
「うん……」
ちなみにみんなには言ってないが、高校の時に告白されて断ったら、その子の友達数人に囲まれて「なんで断るのよ」と責められた時も、相手は部の先輩だった。
なぜだかわからないが、僕は昔から年上の女性と恋愛関係の、しかも一方的に惚れられた上でのトラブルが多く、正直トラウマになりそうなレベルだ。
「やっぱ、中芝の顔がなー。
イケメンのわりにおとなしそうに見えるから、年下好きの女に狙われやすいんじゃないか?」
「えー……。
そんなこと言われても、顔はどうしようもありませんよ」
「お前はもうずっと
そうしたら年上の女にもなめられないですむから」
蘭陵王というのは
僕だってそれで本当にトラブルが防げるのなら、いっそのこと蘭陵王のように面をかぶって暮らしたいくらいだ。
「しかしお前、これからどうするんだ?
中芝は実家は和歌山だっけ?」
「あ、うん。
けど和歌山で神社やってるのは実家じゃなくて親戚の家だし、田舎の小さい神社だから、あっちに帰っても食べていけないと思う。
とりあえずは大学の就職課に連絡してみるつもりなんだけど」
「ああ、それが一番確実かもな。
まあ、俺たちも神主を募集している神社がないか、知り合いに聞いてみてやるから」
同級生たちとそんな話をしていると、この神社の宮司の先輩もこう言った。
「いいところがなければ、新卒の募集が出る頃まで待つと言う手もあるしな。
もしもそうなったら、和歌山には帰らずにこっちに残った方がいいぞ。
東京なら正職員は無理でも助勤のアルバイトなら雇ってくれるところ神社はあるから、再就職が決まるまではそれで食いつなげるからな。
住むところがなかったら、ここに置いてやるから」
「そうですね。
それじゃあ、もし助勤しか見つけられなかったら、その時はよろしくお願いします」
「おう、いいぞ。
その代わり毎朝
笑いながらそう言った先輩に、僕は「頼りにしてます」と言いながら酒をついだ。
先輩からもつぎ返されて飲み、そのまま話はうまい酒の銘柄の話へと移って言った。
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