奉納舞 4

 日曜日の今日は神社の境内がクラフトマーケットの会場になるので、朝の社務を倫宮司に任せて、白衣にたすきをかけて会場設営を手伝う。

 テントの中に机と椅子を並べ終えて社務所に戻ると、宮司が冷えたお茶を手渡してくれた。


「ありがとうございます。

 ところでクラフトマーケットの日って忙しいですか?」


 今日はアルバイトの太郎くんはクラフトマーケットに出店していて、授与所は宮司と2人で回すことになるので、忙しいかどうかは気になるところだ。


「いえ、それほどでもありませんよ。

 お守りはいつもより多くでますが、こういう日はご祈祷を受けられる方がほとんどいませんから」

「あー、確かにそうですよね。

 だったら2人でも問題ありませんね」


 実際、今日神社を訪れる人は大半がクラフトマーケットが目当てで、授与所に来る人の多くはついでにちょっとのぞいてみたという感じだ。

 そんなわけで、境内はにぎやかだが授与所の中はいつも通りののんびりした雰囲気だったのだが、昼前頃から少しずつ授与所に来る人が増えてきた。


 その多くが若い女性なのはクラフトマーケットをやっている関係上当然なのだろうが、何だか僕の方を見て騒いでいるような気がするのが気にかかる。

 自惚れるわけではないが、この顔のせいで前の神社でも騒がれることはあったので、こういうのには慣れているけれど、それにしても今日は人数が多い。

 どうしてだろうと不思議に思っていたところ、1人の参拝者に「舞の動画を見ました」と話しかけられて、ようやくその理由に思い当たった。


「そう言えば、青年会の人が昨日の奉納演奏の動画を商店街のブログにアップするって言ってましたけど……」

「その動画、ちょっと確認してみた方がいいかもしれませんね」

「そうですね。ちょっと失礼します」


 倫宮司にそう言われ、奥の間でスマホで商店街のブログを確認した僕は、思わず「げっ」と声をあげてしまった。


「どうしました?」

「いえ、その、ブログに昨日の人長舞の時の顔の部分をアップにした写真が……」

「ああ、それで……」


 僕の説明に、倫宮司はあきれつつも納得したような声をあげる。


 さらにブログを見ると、僕の写真の下の説明に「商店街で話題のイケメン神主」と書かれていて、僕は心の中で「恥ずかしいからやめて!」と叫ぶ。

 しかも動画を確認すると、なぜか2つのカメラで撮影していて全身を映した動画と顔だけをアップにした動画が同時再生されるようになっている。

 動画の再生回数を確認すると、篠笛の演奏や蘭陵王の再生回数に比べて人長舞だけが一桁多いので、これは間違いなくSNSか何かで拡散されているはずだ。


 窓口に戻って倫宮司に状況を説明していると、ちょうどそのブログを書いた青年会長さんがやってきた。


「ちょっと、この『イケメン神主』っていうの勘弁してくださいよー」

「いやいや、その通りでしょ?

 いやー、中芝さんのおかげで今年はクラフトマーケットに来るお客さんが多くて、出店者に喜ばれてるよ。

 中芝さん、ありがとうね」


 そう言うと青年会長さんは機嫌良さそうな様子で帰っていった。


「完全に客寄せに利用されましたね」

「そうみたいですね。

 まあ、商店街の役に立てるなら別にいいんですけど」

「けど大丈夫ですか?

 中芝くん、トラブルに会いやすいから」

「あー、それはまあ、前にも言いましたけれども、参拝者の方とトラブルになったことはほとんどないので大丈夫かと」


 女性からの一方的な恋愛トラブルに会いやすい僕だが、女性の参拝者にはせいぜい話しかけられたり写真を頼まれたりするくらいで、大きなトラブルになったことはない。

 前の神社の同僚の分析では、一般の参拝者にとっては神主の仕事がイメージしにくいので、恋愛や結婚の対象にはならずに単なる観賞用になっているのではないかということだった。


「それならいいのですが。

 けれど一応今日は、こちら側で御朱印の担当をお願いします」


 そう宮司に言われ、僕は御朱印用の席に座り、目の前の窓のカギをかけた。

 これで外から見られはするが、話しかけられることはないので安心だ。


 ────────────────


 午後になって参拝者はさらに増えてきた。

 僕は参拝者の応対をせずに御朱印を書いているだけなので問題はないが、隣で参拝者の応対をしている倫宮司がだんだんピリピリしてきた。

 参拝に来たというよりは、僕の見物に来ているような人が多い状態では、宮司が気を悪くするのも無理はないので、申し訳なく思う。


「中芝くん、こちらに初めて来られた時にお渡しした厄除けのお守り、まだ持っていますか?」

「え?

 はい、部屋の机の引き出しに入ってますけど」

「ちょっと持ってきてもらえませんか?」

「はい、わかりました」


 お守りなんてどうするんだろうと思いながら、言われた通りに部屋からお守りを持ってくると、倫宮司は御朱印用の席に座って、お守り袋に入るくらいの小さな紙に小筆で何か書いていた。


「持ってきました」

「ありがとうございます。

 すいませんがしばらく窓口をお願いします」

「はい」


 そうして僕が窓口側に座ると、さっそく若い女性のグループがお守りやお札を見に来た。

 その応対をしながら倫宮司の様子をうかがうと、宮司は僕が持ってきたお守りの口を結んでいる紐をほどいて、さっき書いていた小さい紙を中に入れていた。

 お守りの紐を元どおりに結びなおした宮司は、そのお守りを僕の袴の紐に結ぶ。


「ありがとうございます。

 席を変わりましょう」

「あ、はい。

 あの、さっきお守りに入れていたのは内符ないふですか?」


 内符というのはお守りの中に入っている小さなお札のことだ。

 たいていは業者から納入される時にすでに袋の中に入っているものだが、神社によっては神主が書いた神社独自の内符をお守り袋に入れてご祈祷したものを授与する場合もある。


「ええ、厄除けの内符だけでは足りませんので」

「何のお札をいれたんですか?」

「虫除けですよ。

 中芝くんに、悪い虫がつかないように」

「む、虫除けですか……」


 倫宮司の言葉に、僕はちょっとひいてしまう。

 同時にさっき宮司がピリピリしていたのは、僕が考えていたような理由ではなく、僕に対する心配と独占欲だったんだと、今になってようやく気付く。

 そう考えると、宮司の行動はちょっとうれしいかもしれない。


「あと何日かはこの調子かもしれませんから、ちゃんと身につけておいてくださいね」

「はい、わかりました。

 えっと、あと、ありがとうございます」


 僕がそう言うと倫宮司は「どういたしまして」と微笑んでから、参拝者の応対に戻った。

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