奉納舞 1

「宮司、皆さんと一緒にご相談があるんですが今いいですか?」

「ええ、どうぞ」


 倫宮司がうなずいたので、一緒にきた人たちを授与所の奥の座卓に案内する。

 彼らは僕が篠笛しのぶえを教えている近所の人たちで、さっきまで社務所の大きな座敷を借りて練習していたところだ。

 僕が人数分のお茶を淹れている間に、総代役員で宮司とも顔なじみの男性がさっそく宮司に説明を始めた。


「実は今度の商店街の夏祭りの時に俺たちの笛も演奏させてもらおうってことになってね。

 アーケードのステージでやってるイベントに混ぜてもらってもいいんだけど、せっかく神社で習ってるんだから、神社の拝殿で奉納演奏って形にさせてもらえないかと思って」

「ああ、それはいいお話ですね。

 神様もお喜びになりますから、ぜひお願いします」

「ありがたい。

 あとついでにその時に中芝さんをお借りして雅楽の舞をやってもらってもいいかな?

 中芝さんにはもう了解もらってるんだけど」

「ええ、どうぞどうぞ」

「と、いうわけで中芝さん、宮司には了解もらったから頼むよ」


 総代役員さんは、お茶を運んできた僕にいい笑顔でそう言う。

 さっき練習後に舞のことを頼まれた時に「宮司がいいって言ったらやりますよ」と答えていたので、「わかりました」とうなずいて、そのまま曲目の相談をさせてもらうことにする。

 倫宮司は雅楽には詳しくないそうだが、神職としては大ベテランなのでこのまま相談役としていてもらおう。


「笛の方は今までに練習してきた3曲ということでいいと思いますが、舞楽はどれがいいですか?

 この蘭陵王らんりょうおうあたりが有名だし、装束も動きも派手で見ごたえがあっていいと思いますけど」


 そう言いながら僕は、近くの棚に置いてあった装束屋さんのカタログの舞楽の装束のページを見せる。

 カタログでは舞の動きはわからないが、雰囲気はつかめるだろう。


「あ、値段は気にしないでくださいね。

 蘭陵王なら装束は誰かに借りられるので、お礼を出す程度で大丈夫ですから」


 装束の値段の0の数に驚いているみんなに声をかけると、1人のおばちゃんが顔を上げた。


「これ、素敵だけどお面をかぶるのよね?

 せっかく中芝さんに踊ってもらうんだから、顔が見えないのはもったいないわ」


 思わず「えー」と言いそうになったが、僕以外のみんな、宮司までもがうなずいていたので、どうやら僕は顔を出して舞わなければいけないらしい。


「うーん、けど、舞楽はだいたい男は面をつけることになってるんですよね。

 女性や子供の舞だとつけないのもありますが」

「そういえば、神主さんには巫女さんの舞みたいなのはないの?」

「ああ、神楽舞かぐらまいですか? ありますよ。

 えーと、これですね、人長舞にんちょうまい


 カタログのページをめくり、みんなに人長舞の装束を見てもらう。


「あら、これ素敵ね」

「白くて神聖な感じで、中芝さんに似合いそう」


 人長舞の装束は平安時代の武人風とでも言えばいいだろうか。

 腰に太刀も履いて、身が引き締まりそうな装束だ。


「人長舞は見た目地味な舞ですけど、奉納舞としてはいいと思います。

 ただ、装束を借りられるかなあ」


 舞楽の装束なら雅楽部のOBのつてで借りるあてがあるが、人長舞の装束を持っていそうな人に心当たりはない。

 そもそも人長舞をやっている神社自体が少ないと思う。


「ああ、装束でしたら借りるあてがありますから大丈夫ですよ」


 僕が困っていると、それまで黙っていた倫宮司がそう言って僕に目配せしてきた。


 あ、神通力で出してくれるつもりなんだ。


 倫宮司は僕たちが結婚式を挙げた時に、神通力で正服一式を用意してくれたことがある。

 きっと今回の装束も、借りてきたということにして神通力で出してくれるつもりなんだろう。


「じゃあ、人長舞にしますか?

 学生の時にちょっと練習しただけですが、そんなに難しくなかったので、夏祭りまでに覚えられると思いますから」


 そう言いながら、僕はつい、未練がましく舞楽の装束のページを開いてしまう。

 今回僕の舞は皆さんの篠笛のついでなので、人長舞なら前座にちょうどいいとは思うが、どうせならせっかくだから蘭陵王をやりたかったなとも思う。


「中芝くん、もしかして蘭陵王がやりたかったんですか?」


 僕の様子に気づいたらしい宮司が、そう聞いてくる。

 さすがにこの人に隠しごとは出来ないらしい。


「ええ、実は蘭陵王は学生の時に雅楽部の発表会で舞ったことがあるので、久しぶりにやれたらいいなと思ったものですから。

 けど、人長舞もなかなか舞う機会がない舞ですから、これはこれでいいと思います」

「そういうことですか。

 でしたら両方やればいいのではありませんか?」

「ええ?

 いえ、さすがに両方はやるのは時間取り過ぎだと思いますし、それに体力的にも2曲は厳しいかと」

「ああ、時間なら気にしなくてもいいよ。

 神社で場所を借りられるんなら、商店街のステージみたいに後の人のことを気にしなくてもいいから」


 総代役員さんがそう言うと、倫宮司も口を開く。


「体力的に、と言いますけど、中芝くん若いんですから、2曲くらい大丈夫じゃないですか?」

「えー……」


 倫宮司の言葉に、僕は思わず不満げな声を出してしまう。

 宮司は人ごとだから気楽に言ってくれるが、人長舞は地味だが腰を落とす動作が多くて膝に来るし、蘭陵王は動きが派手な上に装束が重くて大変なのだ。

 どちらかならともかく、一度に両方やるのは厳しい。


「まあとにかく、一度試しに練習で2曲舞ってみてはどうですか?

 やってみて厳しそうなら人長舞だけにすればいいんですから」


 宮司がそう言って、篠笛の皆さんもそれに賛成したので、結局その後の打ち合わせは僕が2曲とも舞う予定で進められた。

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