第16話 耳と尻尾

 倫之くんが佐々木宮司に姿を変え、さらにもう一度姿を変えると、今度は倫之くんによく似た顔立ちの若者になった。

 ただし若者と言っても、まるで時代劇に出てくる町人のようなまげを結って着物を着ている。

 しかも異様なのは、髪型と服装だけではないのだ。


「……耳と尻尾?」


 なんと、その若者の頭には稲穂色の三角形の獣の耳が、お尻には耳と同じ色の立派な尻尾が数本生えていた。


 若者は僕のつぶやきににっこりと微笑むと、立ち上がって後ろを向き、尻尾がよく見えるようにしてくれた。

 ふさふさした4本の尻尾は、その存在を主張するようにゆっくりと左右に揺れている。

 そのしなやかな動き方といい、質感といい、とてもじゃないが作り物だとは思えない。

 その尻尾と耳の形は、動物なら狐に近いように思える。


「……あ、狐ってことは、もしかして御祭神の関係……?」


 夫婦の御祭神で狐なのは奥さんの方だし、総代さんに教えてもらった昔話風の御由緒では尻尾は9本だったから少し違うが、それでも関係者だろうとは容易に想像がついた。


「うん、そう。

 俺、うちの御祭神の一人息子なんだよね」

「御祭神の息子……」


 なんなのだ、それは。

 それじゃあ、僕が宮司だとか倫之くんだとか思っていた人は、実は人じゃなくて神様だとでもいうのか。


「とりあえず詳しく説明するから、中に入れてもらってもいい?」

「あっ、はい、どうぞ」


 思わず敬語になりつつ、僕は若者を部屋の中に入れた。

 若者は部屋の真ん中に腰を下ろしてあぐらをかいたので、僕もその前に正座する。


「えーと、まず何から話せばいいかな……」

「あ、とりあえず名前を教えていただいてもいいですか?」

「それはいいんだけど、その前に敬語はやめてもらってもいいかな……って言っても無理か。

 じゃあ、とりあえず話しやすいようにこっちの姿にしとくよ」


 そう言うが早いか、目の前の若者から獣耳と尻尾が消え、髪型と服装が現代風になり、背もぐっと伸びる。

 それはこの3日間毎日顔を合わせていた、倫之くんの姿だった。


「一応、親からもらった名前は倫之なんだよね。

 この名前もしばらく使ってなかったし、ちょうどいいかなと思って、この姿でもそう名乗ったんだけど。

 けど、名前はよく変わるから親しい人には『のり』って呼んでもらってる。

 拓也もそう呼んでくれる?」


 いきなり下の名前を呼ばれて、僕はちょっとドキドキしながらうなずく。


「それで、さっきも話したけど、俺の正体は御祭神夫婦の息子なんだよ。

 だから、人間の侍と化け狐のハーフってわけ」

「じゃあ、倫くんも神様なの?」

「いや、俺は違う。

 俺は親が生きていた頃は江戸の町で遊び歩いてて、当時ここにあった村の役に立つようなことは何もしてなかったから、両親みたいに村人に信仰してもらってないからね。

 その代わり、両親が死んで2人が神として祀られるようになってからは、村に戻って神社の宮司となって、その後、母から神の力を分け与えられて神の使い──神使しんしとなったんだ。

 この神社の宮司は代々、夫神の弟の子孫が務めていることになっているけど、実際は創建以来ずっと、俺一人が普通の人間のように徐々に年を取っているように姿を変えていって、時々代替わりするふりをして若返って名前を変え、別人としてまた宮司を続けてきたんだ」

「えっと、じゃあ今の宮司が佐々木宮司で次の宮司は倫之くんだけど、それは両方とも倫くんで同じ人物……じゃなくて、神使だっていうこと?」

「うん、そういうこと」


 倫くんはうなずいたが、僕の頭の中には別の疑問が浮かんでいた。


「でも、佐々木宮司と倫之くんって2人同時に存在してたよね?

 あ、もしかして変身だけじゃなくて、分身も出来るの?」

「いや、そこまでは無理。

 実はこの3日間は俺はずっと倫之の姿でいて、宮司の方は式神を身代わりにしてたんだよ」


 そう言うと倫くんは、どこからともなく小さな木彫りの人形を出してきて、それにふっと息を吹きかけた。

 すると人形はみるみるうちに大きくなって佐々木宮司の姿になった。


「うわー……本当に宮司そっくりだ……。

 これじゃあ本物だとしか思わないよ」

「そうなんだよね。

 式神は、姿形も行動も本物とほとんど変わらないから、本来なら誰にも身代わりだとは気付かれないはずなんだ。

 事実、参拝者だけじゃなくて差し向かいで将棋を指していた総代会長でさえ、あの宮司が身代わりだとは気付いていなかった。

 それなのにね、拓也。

 君は、あの宮司に違和感を覚えていたよね?」


 確かに僕はこの3日間、具体的にどこがどうとは言えなかったが、何度か宮司の様子がおかしいと感じたことがあった。


「式神の身代わりは優秀だけど、それでもよっぽど親しい人──それこそ家族や恋人くらい身近な人にはやはり、本人ではないとわかってしまうんだ。

 だから俺は、出会ってからまだ1ヶ月半しか経っていない拓也が、それほどまでに俺のことをよく知ってくれていたとわかって嬉しかった」


 そう言って、本当に嬉しそうな笑顔になった倫くんに、僕はまたドキドキしてしまう。

 今まで倫之くんにこんなふうにドキドキすることなんかなかったのに、宮司に恋愛感情を持っていると自覚して、そして宮司も倫之くんも中身は同じなのだとわかったせいか、今は妙に意識してしまう。


「それにしても、拓也はいきなりこんな話をしても驚かないんだね。

 その代わりに、顔はちょっと赤くなってるけど」

「そ、それは、ばあちゃんがばあちゃんだったから、不思議なことには慣れてるっていうか……」


 顔が赤い、という話は意図的にスルーし、僕は倫くんの疑問に答える。

 さすがに目の前で変身されたり、神使だと名乗られた経験はないが、ばあちゃんが拝み屋だったせいで、普通の人よりは多少不思議なことには耐性があると思う。


「ああ、おばあさんが拝み屋だったんだよね。

 やっぱりそのせいなのかな。

 実は、拓也が初めてうちに来た時、暗い顔をしてる割に、拓也を護っているような良い気配を感じて不思議に思ってね。

 だからあの時、拓也のことが気になって、話を聞こうと思ったんだ」

「じゃあ、ばあちゃんが僕たちのことを引き合わせてくれたのかな……」

「うん、そうだと思う」


 僕の言葉に、倫くんもうなずく。

 ばあちゃんが本当に僕と倫くんが恋に落ちることまで予想して夢枕に立ったのかどうかはわからないけど、ばあちゃんが僕をこの神社に連れてきてくれたことに、改めて感謝する。

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