第21話 結婚式 2

 拝殿に入ると白衣に白袴姿の太郎くんと、礼服の松下さんが出迎えてくれた。

 太郎くんは黒柴犬の耳と尻尾が2本出ている。


 隣からふさふさした気配を感じてそちらを見ると、倫宮司はいつの間にか狐の耳と4本の尻尾を出していた。

 正服にもちゃんと穴が開いていて、そこから尻尾が出ているみたいだ。

 僕が見ているのに気付いたのか、倫宮司はこちらを見てにっこりと微笑むと、ぱっと倫くんの姿に変身した。


「こういう時は、やっぱり若くて背が高くてかっこいい方がいいだろ?」

「え? 僕はどっちでもいいけど」

「……とにかく、こっちの姿でやるから」

「あ、うん」


 僕はどっちの姿でも好きだし中身は同じなんだから、どっちでもいいと思う。

 けれども倫くんとしては夜寝る時と同様、彼なりのこだわりがあるのだろう。

 ここぞという時に見栄えを気にしてしまう気持ちはわからなくはないので、どっちでもいいなんて言ってしまって少し悪いことをしたかもしれない。


「それじゃタロくん、お願い」

「はい」


 太郎くんが太鼓を叩いて、式が始まった。

 太郎くんが式次第を読み上げ、順番に式が進んでいく。

 祝詞奏上まで進むと、まず倫くんが前に進み出た。


 今日は拝殿に結界を張っていて他の人に聞かれる心配がないので、御祭神の名前も声に出して読み上げている。

 聞きながら、改めて倫くんが祝詞を読む声が好きだなと思う。

 その祝詞が僕たちの結婚式のためのものなのだと思うと、少し照れくさいけど嬉しい。

 祝詞の内容は定型に近いものだったけど、最後の方の神様に2人の幸せを願う言葉がやたらと念入りだったのがちょっと面白かった。


 倫くんの祝詞が終わると、次は僕が自分の書いた祝詞を読み上げる。

 倫くんの祝詞と重なる部分が多いが、結婚する2人の名前を読み上げる時に、僕の方には生まれた場所や育った場所、簡単な経歴などを付け加えておいた。

 これは宮司のご両親でもある神様への自己紹介も兼ねてのことだ。


 祝詞奏上が終わり、次は三々九度さんさんくどはいである。

 いかにも結婚式という儀式に緊張したが、それ以上に杯にお酒を注ぐ太郎の方が手が震えるくらい緊張していて、ハラハラしながら見ているうちに終わってしまった。


「指輪の交換」


 次に太郎くんが読み上げた式次第に、僕は驚く。

 倫宮司と2人で考えた式次第では指輪の交換はなかったし、そもそも指輪なんて用意してないのにと思っていると、太郎くんが小さな桐箱を持ってきてふたを開けた。

 桐箱の中には、シンプルな細めの金の指輪が2つ収められている。


 倫くんが少し小さい方の指輪を取ったので、僕は慌てて左手を差し出した。

 倫くんは少し震える僕の左手を取って薬指に指輪をはめる。

 指のサイズを測ったこともないのに、指輪は僕にぴったりだった。

 そして僕も桐箱から指輪を取り出し、倫くんの左手の薬指にはめる。

 はめ終わってから倫くんの顔を見ると、倫くんはサプライズが成功したせいか、嬉しそうな顔をしていた。


 その後も式は滞りなく進み、最後に太郎くんが太鼓を叩いて式が終わった。


 式が終わると、1人で参列してくれていた松下さんが、脇に置いてあった大きな紙袋からカゴに入ったフラワーアレンジメントを僕に手渡してくれた。


「本日はおめでとうございます」

「ありがとうございます」


 倫くんと2人そろってお礼を言うと、こちらにやってきた太郎くんが目をキラキラさせて言った。


「素敵なお式でした。

 僕、感動しました!」


 素直な太郎くんの言葉に、倫くんが笑顔で答える。


「タロくんも今日は手伝ってくれてありがとう。

 松下さんとタロくんも結婚式を挙げたくなったら、いつでもやってあげるからね」

「えっ!

 え、えーと僕たちは、その……」


 真っ赤になってもじもじし始めた太郎くんの代わりに、松下さんが答える。


「はい、その時はよろしくお願いします」

「えっ!」


 驚く太郎くんの頭を撫でた松下さんが「それじゃあ俺たちはこれで失礼します」と帰ろうとしたので、慌てて引き出物代わりに用意しておいたバームクーヘンを渡し、拝殿の外に人がいないことを確かめてから帰っていく2人を見送った。


 ────────────────


 拝殿の電気を消して戸締りをし、境内に人がいないことを確かめてから倫くんが目くらましの結界を解いて、2人で自宅へと戻ってきた。


「指輪、用意してくれてたんだね。

 ありがとう。びっくりしたけど嬉しかったよ。

 サイズも測ってないし買いに行く暇もなかったと思うけど、もしかしてこれも神通力で用意したの?」

「うん、そう。

 あ、でもこれはがんばって作ったから、正服みたいに一晩で消えるってことはないからね。

 拓也1人の時か俺と2人でいる時以外は見えなくなるように作ったから、勤務中も外出する時も外さないでずっと着けててよ」

「あ、うん、わかった。

 便利でいいね。

 大事にするよ。

 けど、僕だけもらいっぱなしになるから、なんか悪いなあ。

 僕も何か記念になるようなものでもプレゼントしようか?」

「んー、それだったらさっき読んだ祝詞が欲しいな」

「あ、それは僕も欲しい。

 交換にしない?」

「うん、いいよ」

「それじゃあ、プレゼントはまた何か欲しいもの考えといてね」

「うん、わかった」


 倫くんがうなずいたので、僕たちは細長く折った祝詞を書いた紙を交換した。

 後でゆっくり読み直したら、大事にしまっておくことにしよう。


「そういえば、正服脱がないでこっちに来ちゃったね。

 明日には消えるんだったら、社務所じゃなくてこっちに置いておいてもいいか。

 ちょっと自分の部屋で脱いでくるね」

「あ、待って。

 せっかくだから、そのまましたい」

「ええ?

 したいって、今からやるの?

 今日は疲れたし、やめておかない?」

「何言ってるんだよ。

 初夜なんだから、やるに決まってるだろ」

「しょ、初夜……」


 確かに結婚式の夜なんだからその言い方は間違ってないのかもしれないが、いろいろとツッコミたいところがある。


「それに、男が服を贈るのはそれを脱がせるためだって、聞いたことない?

 その装束は俺が贈ったんだから、俺が脱がせてもいいだろ?」

「いや、でも……」

「わかった。じゃあ、さっき拓也が言ってたプレゼントをそれにしてよ。

 初夜だったら、すごい記念になるし」

「……あー、うん、わかった。

 プレゼントするって言ったもんね。

 いいよ」


 僕がうなずくと、倫くんは「やった!」と言って嬉しそうに笑った。

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