第7話 歓迎会

 精算を終え、佐々木宮司と2人で自宅に続く渡り廊下に出ると、板前風の白衣を着た若い男がこちらに歩いて来た。

 男は「まいど!」と言うと、宮司に寿司桶を手渡した。


「はい、ありがとう。

 大将によろしくね」


 宮司は帰っていく寿司屋を見送りつつ、僕に向かって寿司桶を掲げて見せた。


「昼間出かけた時に頼んでおいたんですよ。

 ささやかですが、中芝さんの歓迎会と言うことで」

「あ、ありがとうございます」

「さあ、早く着替えていただきましょう」

「はい」


 部屋に戻って着替え、台所に行くと、ちょうど宮司も着替えてきたところだった。

 宮司も私服に着替えてしまうと、どこにでもいそうな普通のおじいさんにしか見えない。


「ゆっくりしたいので、居間のコタツに行きましょうか。

 中芝さん、お酒はだめなんでしたっけ」

「いえ、あまり強くないというだけなので、飲み過ぎなければ大丈夫です」

「でしたら、とっておきのを出しましょうか。

 歳旦祭のお供えのお酒は商店街の酒屋さんで買う人が多いので、酒屋さんが色々と美味しいのを選んで勧めておいてくれるんですよ」


 そう言いながら宮司は食器棚の下の引き戸を開けて、紙箱に入った四合瓶を取り出す。


「えっと、あとは小皿と湯のみ、中芝さんはおちょこの方がいいですからね」


 宮司が食器棚から出してくる食器を流しの横に置いてあったおぼんで受け取り、それを持って居間に移動する。

 居間はコタツの他にファンヒーターやテレビや本や雑誌の入ったカラーボックスがあり、普段から宮司がここで時間を過ごすことが多いのだと想像できた。

 宮司がコタツとファンヒーターの電源を入れている間に、僕は食器を並べる。

 コタツに入って互いに酒を注ぎ合い、乾杯をした。


「お、このお酒、美味しいですね」


 宮司がとっておきと言っていたお酒は、ちょっとびっくりするくらいに美味しかった。

 僕は酒は強くないのだが、神主は直会なおらいやお下がりで日本酒を飲む機会が多いので、舌は肥えていると思う。


「お供えで四合瓶って珍しいなと思いましたけど、これ多分下手な一升瓶よりも高いお酒ですね」

「ええ、そうだと思いますよ。

 見栄えのことを考えたら、安いお酒の一升瓶をお供えするのが普通なんですけど、氏子さんは私が酒好きなのを知っているので、いいお酒の四合瓶をお供えしてくれる方も多いんですよ。

 ありがたいことです」


 宮司はにこにこしながら湯のみを口に運び、旨そうに酒を飲む。

 本人が言う通り、かなり好きらしい。


「さあ、お寿司も食べてくださいよ」

「あ、はい、いただきます」


 寿司はネタからすると上か特上のようだったが、それにしてはなぜか稲荷寿司の割合が多く、内心首を傾げていると、宮司の箸がその稲荷寿司をつまんだ。


「稲荷神社の宮司だからというわけではありませんが、私はこれが好きでしてね。

 いつも多めに入れてもらうんですよ」

「ああ、なるほど。

 美味しいですよね、稲荷寿司」


 なんとなく僕もつられて稲荷寿司を取ると、宮司は微笑みながらうなずいた。


 ────────────


 宮司と2人、差し向かいで飲むのは思いのほか楽しかった。

 宮司は歴史好きで、僕と趣味が合ったからだ。

 宮司は何年か前に流行った江戸学にはまっていたそうで、江戸時代の江戸の町の話を、まるで見てきたかのように生き生きと話して聞かせてくれて、僕はすっかり引き込まれてしまった。


 楽しくて、そしてお酒もお寿司も美味しくて、僕はついつい飲み過ぎてしまったらしい。

 気付くと僕はコタツの天板に突っ伏して動けなくなっていた。


 あー、最近飲む機会が多かったしな……。


 考えてみたら昨日は飲んでないが、一昨日もその前の日も飲んでいる。

 累積で考えたら、少し飲み過ぎだったかもしれない。


 後悔するものの、体は動かない。

 意識ははっきりしているのだが、目も開かない。


 まずいな、と思っていると、肩を叩かれた。


「中芝さん、コタツで寝ると風邪をひきますよ」


 佐々木宮司の穏やか声に返事をしなければと思うが、口も開けない。


 宮司は僕が黙っているせいで眠ってしまったと思ったらしく、「仕方がありませんね」とつぶやいた。


「よいしょっと」


 かけ声と共に、僕の体がふわりと浮き上がる。

 どうやら宮司は僕を抱え上げて、部屋まで運んでくれるらしい。


 申し訳ないな、と思うと同時に、何かがおかしい気がしたが、運ばれている揺れがふわふわと気持ち良くて、僕はそのまま眠ってしまった。

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