3-1


     ◇◆◇◆◇◇◆◇◆◇◇◆◇◆◇



 一週間で、3曲を覚える。

 それ自体は全然苦じゃないんだけど、デモ音源が悪すぎる。やっぱりドラムのセンスねぇ。

 誰だ、これ作ったの。宵闇か。ドラムのアレンジがひどい。これならいじらないエイトビートを入れといてくれた方がマシだ。聞きかじっただけのフレーズを入れないでくれよ。ここにこんなもん入らねぇよ。

 個人練習に使ってるいつものスタジオに入り、頭を掻きむしりながら試行錯誤する。妙なフレーズが邪魔をして、なかなかアレンジが進まない。

 手を休めて、ここまで書いた譜面を見直す。やっぱここのタムまわしおかしい。

 口でフレーズを繰り返し口ずさみながら、修正していく。

 大体、こんなカツカツのスケジュールなのに、何でこのタイミングで前のドラマーをクビにしたんだ。どうせ「無理なら打ち込みでいいや」くらいの意識だろ。

 不意にスマホのベルが鳴り響く。

 見ると、宵闇からだ。画面をスワイプしてスピーカーホンにする。

「あー、なに」

「明日、美容院行くぞ」

「は? 何で」

「お前の髪を染める」

「染めねーっつってんだろ」

 オーディションの後、そのままミーティングに連れて行かれた俺は、ずっとこの調子で宵闇に口をきいていた。暫くして気が付くと、一番若いヴォーカルの綺悧あやりがおろおろと俺と宵闇の顔を見比べてた。ギターの朱雨しゅう礼華らいかも、若干引いた目で俺を見てる。何かおかしかったかと思いながら、他のメンバーが話してるのを聞いていたら、全員宵闇には敬語だ。しかも、異論、意見は一切ない。

 ワンマンバンドってことか。

 俺は例えバックバンドであろうとも、それぞれが意志を持って向かわないとバンド形態の意味がないと思ってるから、絶対黙らねぇけどな。

 電話の向こうで宵闇がため息をつく。

「染めろ。金髪はいらない」

「俺は金髪なんだよ。お前に言われて染める筋合いはねぇよ」

「俺がリーダーでプロデューサーだ」

「だから何だよ。衣装と化粧はお前の好きなようにやってやるっつっただろ」

 ずっとTシャツとかタンクトップに、レザーパンツかハーフパンツ辺りで叩いて来たけど、ヴィジュアル系じゃそうも行かないだろう、とそこは俺も譲ったんだ。化粧なんかしたこともないけど、それもしょうがないだろう。

「だから、髪も紫にしろ」

「イヤだ。じゃあ脱退するわ。加入前に脱退してやる」

「お前はバカか」

「バカだけど?」

「じゃあバカでいい。明日とにかく事務所に来い」

「何時」

「14時だ。カメラテストをするからな」

「はーいよ。じゃ、切るぞ。あんたの作ったデモひどすぎて、こっちは手ぇ焼いてんだ」

「完璧だっただろ。そのままコピーしろ」

「ふっ」

 鼻で笑う。こいつベースはまあまあだけど。

「あんた、全然ドラムのセンスねぇのな」

「何だと?」

「ま、レコーディングの時に聴かせてやんよ。じゃあな」

 宵闇の返事を聞くこともない。俺はさっさと通話を切った。

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