5-1

     ◇◆◇◆◇◇◆◇◆◇◇◆◇◆◇



 レコーディング初日、指定のレコーディングスタジオに向かう。初めてのスタジオだ。

 予め搬入しておいた俺のドラムセットはまだ組み立てられてない。下手に触られなくて良かった。ベルノワールのスタッフをどこまで信用していいのかわからないし、そもそも、ドラムがわかるヤツがいるとは思えない。何せ今までお飾りだったドラムだ。

 さてと、組み立てますかね。

 一つずつ組み立てていると、入口でスタッフがおはようございますと言っているのが聞こえてくる。ちらっと見ると、宵闇だ。俺は黙々と作業を続ける。

 宵闇がディレクションするらしいけど、あいつにドラムの何をディレクション出来るってんだ。

 開け放してあるブースのドアから、宵闇が入ってくる。

「おはよう。調子はどうだ」

「普通に好調だよ」

「手伝おうか」

「わかんねぇくせに手ぇ出すなよ」

 横目でじろりと見てそう言うと、宵闇は薄く笑って肩をすくめる。

「お前のレコーディングは3日とってあるから、ゆっくりやってくれ」

 返事をせずに頷くと、宵闇はコンソールルームに戻っていく。

 スケジュールは確認してあるから、3日とってあるのはわかってる。ゆっくりって、3曲で3日なら俺的にはトントンだ。気持ち余裕があるかな程度。もう一日あるとゆっくりって感じになるな。

 こいつらはドラム録りなんかしたことねーから、その辺は大体で日程決めたんだろう。

 ドラムセットは大体組み上がり、チューニングに入る。どこの現場でも、セッティングは手伝ってもらっても、チューニングは自分でやる。まだドラムテクニシャンをつけるほどのご身分でもないし、この作業が好きだ。

 2つあるバスドラムから順に、ボルトを少しずつ締めながら調整して行く。それから、フロアタム、タム3つ、スネアドラム。やり方はいろいろあると思うけど、俺はこの手順で組み立てとチューニングをしていくのがやり易い。スネアのスナッピーは新品に交換しておいたから、俺好みのキレのいい音がする。

 ベルノワールのことはそりゃバカにして来たけど、いざ自分が関わるとなれば最高のコンディションで最高の音を出してやる。ここで手を抜いたら俺のプライドが許さないし、俺が入ったことでベルノワールが良くなったって言わせたい。何なら、ドラムだけ良いぐらい言われりゃいい。

 太鼓類が整ったところで、今度はシンバルだ。3枚あるクラッシュシンバルと、ライドシンバルの角度を細かく調節する。ハイハットの上下の開き具合は、俺の指2本分より少し広め。オープンで叩いた時に派手目な音になる。

 ペダル類もチェーンの具合をチェックして、踏み込みの感覚を確認する。ペダルは両方が同じ踏み込み具合になるようにしておかないといけない。左右のバスドラムで鳴りが違うとツーバスの意味がない。

 バスドラムにそれぞれ毛布を押し込む。ミュートはこれくらいで大丈夫なはずだ。

 そろそろテストプレイを始めようと、ブースの扉を閉めに行く。と、コーヒーを片手にした宵闇が立ってきてブースを覗き込んだ。

「おい、どけよ」

「準備出来たのか。録るか」

「バカだろ。マイクもまだだ。見たらわかんだろ」

 ふうん、と呟きながら何故かブースに入ってくる。

「バカ宵闇! コーヒー持ってくんな!!」

「ん? ああ、悪い」

 コーヒー持ってドラムセット見に来るバカがリズム隊の相棒ってのは、ちょっと泣けてくるわ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る