5-2


 宵闇をコンソールルームに追い出し、チューニング確認用のパターンを叩いてみる。流石俺だ。ほぼ問題はない。バスドラムの共鳴が少し気になるから、もう少しだけ毛布の切れ端を追加してペダルを踏んでみる。よし、ちょうどいい。

 後はマイクのセッティングだ。エンジニアはマトモなプロみたいだから、相談しながらマイクを設置する。何度か試し録りをして、ベストな配置を探る。バランス良く録れる位置を見つけ出し、ようやくレコーディングの準備が整う。

 その間、宵闇は完全にいるだけの役立たずだ。録れた音の違いにも口を出さない。わからないならわからないで、こうやって黙っててくれた方がいい。

 プロデューサーだ、とか偉ぶってやがるけど、こいつに音のプロデュースは出来ないだろ。

 ヴィジュアルに関しては、まあこいつに任せるしかないけど、音に関してはベルノワールの中で俺が一番に違いねぇ。文句は言わせねぇよ。

 練習プレイを30分程度繰り返し、体が暖まったところでインカムを通してエンジニアにレコーディングを始めてくれるように伝える。

 これくらい筋肉を使ってからの方が、俺は調子が出る。太鼓達も、ちょっと使って馴染ませた方がいい音を鳴らしてくれる。

 今回は3日間で3曲ってことだし、1日1曲でこなす予定だ。特に苦手なパターンもないし、もらったデモに入っていた順で録る。

 今日はHate or Fate。基本的に曲自体はいいけど、アレンジが頂けなかった。この曲に限ったこっちゃないけど。

 だからまぁ、こっからは俺の悪戯も入ってんだけどな。

 徹底的に、ドラムパートを練り直して来てやった。宵闇が作ったくだらないデモの欠片も残してない。ドラムだけ聴いたら、別物に聞こえるはずだ。

 インカムから入ってくるクリック音でカウントを刻み、打ち込みのガイドギターを聴きながら叩き出す。手加減なしで俺のスタイルを前面に押し出した手数の多いフレーズと、複雑なツーバスのパターン。今、同世代でこれが出来るのは俺ぐらいだって自負してる。尊敬する本間大嗣さんはじめ諸先輩方にはそりゃかなわねーけど、こないだまで打ち込みだったベルノワールには勿体ないレベルだ。

 宵闇の作った適当なデモとは全く違う、ほぼヘヴィメタルの音。元々ベルノワールの楽曲は低音が印象的で、スピード感もあるし、キーも高いからこういう音が似合うはずだ。ヴィジュアル系でもあるだろ、本格的なメタルサウンドのバンド。Jupiterとか摩天楼オペラとかさ。これなら、ドラムだけはそのランクに追いつく。

 大きなミスはなく、通しの1回目を叩き終わる。ミスはないけど、全体的にちょっと小さくまとまり過ぎたか。通しを何回か録ってから細かいところを修正して行きたい、って要望はエンジニアの方には出してあるから、2回目に行こうかとコンソールルームに目を向ける。

 と、宵闇と目が合った。

 叩き始める前は椅子に悠然と座ってたはずのヤツは、立ち上がってる。

 お? びっくりしたか?

 ニヤッと笑ってやると、ブースのドアを開けて俺の前に早足でやって来た。おいおい、話ならインカムでいいだろ。

「おい、もしかしてRiskとWheelも」

 怒ってんのかな。真剣な目付きだ。でも声を荒らげたりはしないんだな。低い声。

 お前が用意したシングル収録曲、3曲全部、やってやったよ。完璧だからそのままコピーしろとかぬかしてたから、全部ぶっ潰されて頭来ただろ。面白ぇ、闘ってやるよ。公式に俺の加入は発表されてんだ、もうクビには出来ない。でも俺はこの方向性を変えるつもりはない。さあ、どうするよ、

「ああ、アレンジしてあるぜ?」

「全部か」

「全部だ」

 ニヤニヤしながらそう言ってやると、宵闇は体を乗り出して、俺のインカムをもぎとる。

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