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「ああ。だから、頼んだら総合的にアドバイスしてもらえるかも」

「してもらえ。絶対してもらえ」

 逆に、何で今まで何も聞かずに一緒に飯食ってたんだお前は。ディエス・イレの頃からって何年だよ。もったいねぇ。

「ドキドキするなぁ…」

「へ? 何が」

「今まで、楽器のことを人に聞いたことないからさ」

「いや、初めてベース買う時に、店員にいろいろと聞かなかったか?」

 宵闇は首を振る。

「雑誌で見て、これって決めて、真っ直ぐ行ってこれ下さいって言って買ってきた」

「マジかぁー!」

「苦手なんだよ、店員にオススメされたりするの」

「されとけよ!」

 俺なんか、最初のスティックは店にあるの全部持たせてもらったし、チューニングキー一個ですら店員に1時間相談に乗らせたぞ。小学生の時に。

「レイジさんは別に何か売りつけたりして来ねぇから、安心して相談しろ」

「だよな」

「そのうち、5弦とか6弦とかを平然と弾きこなす、カッコいいお前が見たいんだよなぁ、俺は」

 そんで、俺の惚れた男はこんなにカッコいいベーシストだぜ! って世界中に自慢出来たら最高だな。

 宵闇の顔を見てにっこり笑ってやると、宵闇も微笑んで、俺の頬に指先を微かに触れさせる。

 この優しい顔が、すげぇ好きだよ。

 宵闇の唇が開いた時、BGMが途切れて爆音でSEが流れ始めた。

 まーたこいつ、言い損ねたな。ほんと、持ってねぇヤツだ。ほんとにこの件については、タイミングに見放されてやがる。

 サンドリオンのメンバーがステージに登場して来た。

 いやぁ、雪緒さんすげぇわ。傘かそれはくらいに膨らんだスカートに、厚底靴だ。さっき会った時に無造作に束ねてあった髪は、くりんくりんに巻きまくってあるし、こっからでもわかるくらいに派手なメイク。困ったことに綺麗なんだな。でけぇけど。

 手に持ったバスケットから、飴か何かを客席にばら撒きながらステージを横切ってセットに入る。めちゃめちゃ可愛い。でけぇけど。

 ほんとに靴替えねぇのか? 俺は必死に見つめるけど、まったく靴を替えてる素振りがねぇ…。

 ひたすら雪緒さんを見つめてるうちにメンバーが出揃い、ハウリングの嵐から曲が始まる。

 宵闇が言ってたように、確かにかなりメロコアに近い。

 要所要所に、いかにも日本のヴィジュアル系らしい泣きのメロディが入ったり、なかなかキャッチーな明るい曲があったりすんのも趣深いな。

 かなり好みだから、研究心はさておいて、気楽にステージを楽しむ。今度、フルライブに遊びに行きてぇなこれ。

 それにしても雪緒さん。ガチであの10cmの厚底でそのまんま高速ツーバス踏んでるわ。このスピード、ただ踏むだけでも相当だぞ。どんなトレーニングしてんだ。間違いなくバケモンだよ。

 ヴォーカルも凄いな。いや、全体的にレベル高ぇよ。カッコやメイクはヴィジュアル系らしくお綺麗にしてるけど、和製KEEP OF KALESSINってとこだ。こんなバンドが隠れてるなんてな。ヴィジュアル系だからって食わず嫌いは損するわ。

 思わず体を乗り出して見入る。めちゃめちゃ得したな。今度雪緒さんにトレーニング法聞いてみよう。この重さキープしつつこの速さってのはマネしてぇ。週6マシントレーニングって言われたら白目だけど。

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