36-38
席に戻って、宵闇に言う。
「やっぱ客増えてんな。今からもう一回やらせてもらおうか」
「やる? サキさんに頼んで来ようか?」
宵闇もふざけてくすくす笑う。
実現しねぇのはわかってる。次にこういうチャンスがあったら、満員の客、根こそぎうちの客にしてやる。
ステージでサウンドチェックをしていたローディーが下がる。そろそろだな。その気配を察したんだろう、客席からも歓声とメンバーコールが上がり始める。
前の席の背もたれにもたれて腕に顎を乗せ、ドラムセットを眺めてみる。今日のセットはタカミさんのセットを借りる形だから、雪緒さんのセットじゃないけど、シンバルがかなり増やしてあるのがわかる。相当派手な音聴かせてくれそうだな。ワクワクする。
宵闇は腕と脚を組んで、後ろにもたれてのんびり休んでる。
ここ、ちょうどいいよな。影になってるし、人目に立ちにくい位置だ。前も座ってねぇし。
ついでに、ギターとベースの足元も何となく見ておく。ギターは2本だな。上手はマルチエフェクターの他にもあれこれ繋いであるから、そういう音がかなり好きだと見た。上手の袖はここから見えないけど、下手の袖にはギターとベースのサブ機が見える。
「なぁ、宵闇ぃ」
声をかけると、俺の横に体を乗り出して来てくれた。
「ん?」
「お前、もうちょいエフェクター使いこなせるようになるといいよな」
「ああ、それなぁ。俺も研究したいと思ってんだけど」
俺が言うまでもなく、そりゃわかってるよな。
「俺はベースのエフェクターまではわかんねぇしさ、誰かに聞いたら?」
「誰か?」
やっぱりな。考えたこともなかったんだろう。人に習うとか聞くとかさ。一人で頑張りすぎだよ、お前。
「ほら、サンドリオンのベースは仲良くねぇの?」
「雪緒とは連絡取ってるけど、他のメンバーとは付き合いないなぁ」
割とドラマー同士ってちょっとくらいジャンル違ってもすぐ打ち解けるし、横繋がり多いんだけど、他の楽器は違うんかねぇ。ドラマー呑み会とか割とあるんだけど。あったとしても、宵闇の性格的なもんもあるか。そういうの向かねぇっぽいもんな。
「レイジさんは。レイジさんなら、キャリアも歳も離れてっから、お前でも聞きやすいだろ」
「あー…そうか。そうだよなぁ」
せっかく長い付き合いなのに、今まで聞けずにいたのか。レイジさんも、人のプレイにズケズケ言うタイプには見えねぇしな。
「レイジさん、5弦とかも使うし。仲良くしてもらってんのに、聞かねぇのはもったいねぇよ」
セルスクェアのライブで見たことあるけど、レイジさんの5弦ベースと長崎さんの7弦ギターの組み合わせはすげぇ良かった。音域も広くなるし、音質もタイトでカッコいい。将来的に、あれは視野に入れときたいな。
「そうだな。プログラミングもやるし」
ほうほう。いい感じに宵闇と共通点あんじゃん。
「ソロはヴォーカルもやって、コキーユサンジャックはギターなんだよ」
「ひえ。めちゃめちゃマルチプレイヤーじゃねぇか」
出来ないパートは何だ。ドラムだけか。いや、ここまで来るとドラムも叩けそうだよな。
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