8-1


     ◇◆◇◆◇◇◆◇◆◇◇◆◇◆◇




 ディスコードのライブ初日、大阪公演まではあと3日。

 ゲネプロが終わったからって気を抜いちゃいられない。ゲネプロで見付けた改善点を一つずつ潰していかないと、ゲネプロをやった意味がない。

 リリースしたばかりのアルバムからの曲は、ライブで披露するのは初だ。レコーディングも俺だったし、リハーサルも何度かやったから、よくわかってる気になってたけど、いざライブとなるとそうでもない。詰めの甘いところがどうしても気になる。聴いてるお客さんはどうかわからねぇけど、俺自身が気になるんだから、解消したい。

 てことで、今日も明日も明後日も、直前までスタジオに缶詰で個人練習だ。

 俺は、練習は苦じゃないし、寧ろ好きだ。シンプルに、やればやっただけ応えてくれる。その手応えが楽しい。

 それにしても、やっぱりディスコードは難しいわ。一年やってても、楽勝って思えたことがない。近作になればなるほど難易度も上がる。

 その分、乗り越えた時の爽快感は凄いから、何度だって挑戦したいんだよな。20代でディスコードが叩けるのは俺だけだっていうのも、俺の自信になるし。

 セットリストにも盛り込まれた、新曲のNational Unity Under the Skyが今回の難所だ。13分の長さは単純にスタミナを試されるし、いくつも盛り込まれた変拍子への転換はどう考えても簡単じゃない。

 でも、この壮大な感じがディスコードらしくて良いんだよなぁ。

 全体を大まかに、3つのブロックに分けてそれぞれを細かくチェックしていく。このクセのあるフィルインは俺の中にはないものだから、慎重に。かと言って、当たり前だけどスピードは緩められない。俺は、モタるドラムを心底憎んでいる。大袈裟じゃなく。

 それぞれに組み込まれてる特徴的なフレーズは、他のパートとキレイに縦のラインを揃えないといけないから、ジャストで。ここがバラけたら、シラケちまう。

 メトロノームのカウントに合わせながら、何度も繰り返して体に覚えさせていく。今までもこの曲はかなり練習したけど、それでも自分のタイム感が時々顔を出す。俺もまだまだだな。ライブではデジタルの同期を使うからクリックを聴きながらなんだけど、クリックなしでもきっちり叩けるくらいにしとかねぇと。

 2つ目のブロックが特に難しい。叩けるといえば叩けるんだけど、レコーディングでもここだけに丸一日かかった。ディスコードは細部が命だから、僅かなブレも見逃せない。 少しずつ直しながら、理想形に近付けていく。時々、音源も聴いて確認。そうしないと、頭の中で都合良く解釈しちまうから。レコーディングの時の俺、よく頑張ったよなぁ。音源はほんとよく出来てる。

 確認したのを忘れないうちに、もう一度。そう思って、音源を聴いてたスマホを置こうとした時、通知音が鳴ってロック画面にメッセージが表示された。

「何してる?」

 って、宵闇からか。ヒマか、あいつ。お前だってレコーディング中だろうよ。集中しろよ。

「練習中」とだけ返して、スマホを譜面台に置く。

 再度メトロノームを鳴らして、2つ目のブロックに挑戦だ。今日中に、納得いくレベルに仕上げたい。

 いくら何でも止まらずに叩けるけど、とっさに手癖でごまかしてるとこが少しあるから、それを引っ込めないと。

 3回くらい立て続けに叩いてみて、問題をはっきりさせる。頭で正解はわかってるんだ。それに体の動きがついて来られるかどうか。これはもう、頭で考えてたってしょうがない。甘いところを意識しながら、とにかくやるだけだ。

 叩きながら、何気なく譜面に目をやると、譜面の隣のスマホがガタガタ震える。またメッセージの通知が表示された。宵闇か。

 キリのいいところまで叩いて手を止め、メッセージを見てみる。

「夜会えないか?」

 夜? 会えなくはないけど。スタジオも21時で上がる予定だし、その後は飯食って帰ろうか、ぐらいだ。

 ヤツがこっちに来てくれるなら、飯ぐらい一緒に食ってやるか。礼華の状況も聞きたいしな。でも、そんな早くレコーディング終わんのか?

「21時30分以降なら。ラーメン付き合え」

 そう送り、ついでに届いているメールにざっと目を通す。DMばっかりで、必要なメールは一つもない。

 そうしてる間に、速攻で返信が来た。

「23時くらいになる。どこに行けばいい」

 その時間なら、先に帰って風呂浴びてから行くか。自宅の最寄り駅を指定し、スマホを置いた。

 さあ、21時までのあと2時間、どこまでやれるかな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る