カミサマ大売り出し

神様は需要過多

 アメリカから帰ってきた津雲は、精神的に疲れ果てていたところにリルから豊島の件で報告を受けて、一晩寝込んだ。

 しっかり寝たことでようやく復調したので、朝から店に出て状況を確認する。

 表も奥も、店のメンテナンスは問題ないようだ。津雲がいない間は、リルがよくやってくれていたらしい。

 嬉しく思いながら、冷蔵庫に入っている新しい餅を取り出す。アメリカに行く前に食べ切ったのが補充されているから、これもリルの手配と見る。

 暖気したオーブンに餅を乗せて、スタートを押す。普段どおりの生活が戻ってきたことに表現しようのない充足を感じつつ、海苔と醤油を準備して、餅が焼けるのを待つ。


「ツクモ!」


 餅が焼けたところに、何やら尋常ではない様子でリルが飛び込んできた。

 津雲は落ち着いてカウンターに座り、餅を頬張る。リルの表情から読み取れるのは、焦りと怒り。何かまずいことをしただろうかとここしばらくの自分の行状を思い返してみるが、残念ながら心当たりはない。


「どうしたの、リル?」

「ツクモ! お、お前、アメリカで嫁を世話されたと聞いたぞ!?」

「ああ、何か言ってきてたね」

「け、結婚するのか? その人と」

「え?」


 何を言い出すのかと津雲は首を傾げた。おそらく同行したスタッフの誰かから聞いたのだろうが、リルは詳しく聞かなかったのだろうか。


「誰から聞いたの、それ」

「奥山だ! あと、一緒に行ってたクミンリーやエヴェッドも!」

「奥山くんは詳しい説明には向かないよねえ」


 寡黙な奥山に聞くのが間違っていると思う津雲だ。リルがアメリカでの土産話を聞いたなら十中八九、


「店主、嫁、世話された」


 と答えたことだろう。あれで結婚願望とモテ妄想の強い男だから、津雲が令嬢を紹介された話もちゃんと聞いていなかった可能性がある。津雲の後ろに控えている自分の容姿に、誰かが惹かれたとか思い浮かべていたのではないか。

 それはそれとして、奥山の発言を訂正しないクミンリーやエヴェッドの意図が分からない。彼らは仕入れ班の一員なのだから、口は奥山より数段上手なはずだ。

 それでも、慌てて確認してくるリルの剣幕に、もしかしたらちょっとは脈があるかもと思ってしまうのだ。口許に笑みを浮かべて、首を振る。


「デューフォルク財団もボルモア家もお嬢さんを紹介してきたよ」

「や、やはり!」

「その後、うやむやになったけど」

「うやむやだと!? ……うやむや?」

「うん。ほら、何かどっちも仲悪いじゃない。互いのお嬢さんに文句つけるわ喧嘩になるわでもうね」


 お互いが暴れ始める前に、七臥古物店の一行は会場から逃げを打ったのでどう決着がついたのかは分かっていない。結局そのあと帰るまで、どちらの令嬢とも会うことはなかった。

 どうやら二人とも直接対決をして、ダブルノックアウトしてしまったらしいとは小耳に挟んだのだが。


「じゃあ、連中の話は」

「奥山くんに詳しい説明を求めるのは、リルが悪いと思うんだ。クミンリーやエヴェッドについてはよく分からないけど、からかわれたんじゃないかな」

「あ、あいつらぁっ!」


 顔を真っ赤にして怒り出すリルに、津雲はふわっと笑いかけた。

 彼女は何というか、そういう感情を津雲にあまり見せないのだ。朝からちょっと得した気分になる。


「な、何を笑っているんだツクモ!?」

「まあまあ、怒っているリルも綺麗だけど。こっちだって帰りが遅かったから心配したんだよ。無事でよかった」

「っ!? そ、そうだった。遅れてしまって済まない。余計な厄介ごとを増やしてしまった」

「リルが無事なら別にいいよ。そうだ、餅食べる?」

「……いただく」


 津雲が差し出した餅を受け取り、同じように口に運ぶリル。

 ひとつ平らげる頃には、彼女の怒りも治まるだろう。






 豊島がしばらく休暇を取ったという連絡が来たのは、リルがそれはそれとしてクミンリーとエヴェッドと話をつけに出て行った直後だった。怒ってはいないようだったが、二人と豊島の早期復帰を祈る。

 自分の発言が原因で先輩がインキュバスに連れ去られたというのは、本人にしてみればショックだろうと思う。が、津雲や七臥古物店の面々にしてみれば、自分が引っかからなくて良かったね、という程度の話でしかない。

 これを機に、自分が配属された店の危うさについて少しでも自覚してくれればいいなと思う。

 昼も近い。そろそろ昼休みにしようかなどと時計を見たところで、ふいに背筋に奇妙な悪寒を感じた。

 覚えのある寒気だ。大概はそう、ではない場所からわざわざ現れるのだ。


「やあ、店主」

「いらっしゃい」


 案の定、声は背後から聞こえた。

 この世界には定住していないが、色々な世界を渡り歩く声の主は、時折こうやって現れては津雲を驚かそうとするのだ。

 今日は黒づくめの格好だ。浅黒い肌に黒一色の服。黒が好きだというのは知っているが、正直なところあまり似合ってはいない。


「今日は何がご入用で?」

「生きのいい神様を一柱ひとり二柱ふたり。新しい星に根付かせたいんだけど、どうもいまいち信仰が定着しなくてねぇ」

「あんたのとこは使い潰すからあまり紹介したくねえんですよ。善良な神様とか、そもそも求めてないんでしょう?」


 席を立って、棚に向かう。

 心当たりはなくもないが、この黒づくめに託すには少しばかり善良に過ぎる方々ばかりだ。


「神というのは、畏れられて一人前だと思うよ? 手も足も出ない恐怖がいつか畏れに変わるのさ」

「本物と神様論を戦わせるつもりはありませんて。取り敢えず、これどうぞ」


 棚に置かれていた、イソギンチャク人が持ち込んだいつぞやの神像を手に取って、放り投げる。

 イソギンチャク人も見るからに邪悪な風貌だったが、この神像もかなり良くない来歴なのが雰囲気で分かる。


「ほう、中々私好みの神像だね。信徒を徐々に鱗ある陸上生物に変えていく力が込められているよ」

「イソギンチャクの姿をした海洋人が持ち込んできたやつですよ。なるほど、連中が異界に放逐したがるはずだ」


 黒づくめは楽しそうに揺れながら、神像を懐に仕舞い込んだ。

 代価を払う様子はないが、津雲も求めようとは思っていない。今回は、本来の要望ではない品で一旦お帰りいただくだけだからだ。


「まあ、おたく好みの邪神が生まれそうになったらご報告しますよ。遠慮なく持って帰ってください」

「頼むよ。私はこの神像から新しい神を捏ね上げるとしようか」


 何とも耳障りな笑い声を上げながら、を通って去っていく黒づくめ。

 津雲は頭を掻いた。あの黒づくめが来ると、どうも面倒が舞い込むからだ。この場所に干渉は出来ないようだが、代わりに奇妙な因果を置いていくらしい。

 ほどなく、が開いた。


「よう、いるか津雲坊つくぼう

須佐すさの爺さん?」

「おう、元気そうじゃな津雲坊。そろそろ嫁取りの時期か」

「うるさいよ」


 現れたのは、白髪の老人だった。

 いや、人ではない。かつてこの世界で荒ぶる神と呼ばれた偉大な神の一柱ひとりだ。

 技術の発達と、それに伴う信仰の希薄化。生きにくくなったこの世界から、別の世界に旅立った神々は多い。

 須佐と呼ばれた老神もその一柱ひとりだ。日本が倭と呼ばれていた頃から信仰されていた神々は、七臥古物店のが開通してから時折店に遊びに来るようになった。

 この老神、人柄は悪くないのだがとにかく声が大きい。もう少し小声でと頼むのだが、どうやら極力抑えてこれらしい。


「姉者は来とらんか」

「そう言えば最近は来てないね。便りがないのは元気で順調な証拠じゃないかな」

「あのババアも大概引きこもりじゃからな。屋敷で干からびとっても不思議じゃねえわい」


 ここにはいない姉へ悪態をつきながら、須佐老神は棚を見回す。


「何じゃ、品ぞろえ悪いのう」

「うるさいって。今日は何が要るんだい」


 欲しいものがないと、まず品ぞろえが悪いと暴言を吐くのも相変わらず。

 軽く流して何が必要か聞けば、須佐は軽く視線を逸らした。


「うむ。新しい神をな、招きたいんじゃが」

「あんたもかい」


 思わず津雲はそうぼやいた。黒づくめはつくづく余計な因果を持ってくる。

 そして、その言葉を聞き逃す須佐ではない。


「なんじゃ、他にもそんな客がおったのか。分かっとると思うが、わしの方を優先せえよ」

「大丈夫だよ、欲しがる神様の層がかぶってないから。とは言え、神様がらみの案件がそう簡単に転がってるわけもないし」

「どっかから売られてこんかね、神の一柱ひとり二柱ふたり

「出回りゃしないよ。どこの世の中に善良な神様を追い出す世界があるのさ」

「それもそうか」


 要望は同じものだが、必要としているのは対極だ。

 須佐が欲しがっている神様の性質を熟知している津雲は、準備をするしないの前に確認しておくことがあった。


「大体、婿さんとかどうしてるのさ。確か一緒に渡ったんだよね?」

「連中、わしには運営に関わるなってうるさいんじゃよ。今朝も方針で揉めてな」

「また喧嘩したの!? 今回はどうなったのさ」

「新しく出来た島の神をな、七臥の店で紹介してもらってこいと言われて放り出されてしもうた」


 娘婿と折り合いが悪い須佐は、喧嘩するたび娘婿を別の世界に放り出したり娘婿から放り出されたりする。今回は後者ということになる。

 こうなると始末が悪い。必要な品を手に入れないと、元の世界に帰ってくれないのだ。

 しかも今回必要なのは神様だ。津雲は内心で黒づくめにあらん限りの悪態をついた。


「ではしばらく厄介になるぞ、津雲坊。飯は三食、肉がついとるとなお良いの」

「やかましいわ」


 勝手知ったるとばかりにキッチンに向かい、冷蔵庫の物色を始めた須佐の後頭部を無遠慮に蹴り飛ばしながら。

 津雲は出来る限り迅速に新しい神様を探し出すことを心に決めたのだった。


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