霊薬の価値、信用の価値
翌日、津雲は店を臨時休業として外出していた。
豊島を伴って、昨日届いたリストの先を訪問したのだ。
一軒目と二軒目は門前払いをされたが、三軒目でようやく中に通される。
「七臥古物店の店主殿がお見えと聞いて、耳を疑いました」
「ご存知でしたか」
「お噂はかねがね。一度は伺いたいと思っておりましたが、紹介してくれる知人には恵まれませんで」
ベッドの上で朗らかに笑うのは、ひどくやつれた老人だった。
見るからに良くない病気だと分かるやつれ方だ。立ち上がることもできないと聞いているが、体を起こして笑う様子には、辛さは見えない。
「三森会長、ご病気は」
「ええ、膵臓に悪い病を抱えまして。例の祈祷師のことですね?」
「お分かりですか」
「二度、原因不明の快癒となりました。家の者が心服してしまいましてね。次もと声をかけたようですが」
呆れたように息をつく三森老人は、どうやら自分の病気治療にあまり興味がないようだ。
津雲はそこには触れず、質問を続ける。
「もしかして、場所は一緒ですか」
「はい。医者が不思議がっておりましてね。余命宣告するほどの病気でしたのに」
腰を軽く押さえながら答える三森老人。津雲は懐から瓶を取り出した。
「これに似た液体を飲みましたか?」
「飲みました。祈祷の際の特殊な御神酒と言われましたが、もしや」
「よろしければお飲みください。原液ではありませんが、祈祷師ほど薄めていませんのでおそらく治るでしょう」
「再発は業病ゆえ、というわけではないので?」
「別の場所で再発したなら業病かもしれませんがね。同じ場所だとすれば、その祈祷師があこぎな真似をしているということです」
「なるほど」
三森老人は躊躇なく瓶を受け取り、一息に飲み干す。
むせることもなく飲み下してすぐ、表情が変わる。
「お、お、お」
肌に赤みが差し、少しばかり生気が戻ってきたようにも見える。
上がる声も少しずつ高揚を感じさせている。しばらく震えていた三森老人は、ふいに力なくベッドに横たわる。
「ち、力が抜けてしまいました」
「お元気になられたら、ぜひ当店に足をお運びください。歓迎しますよ」
「まさか、店主殿じきじきにお誘いをいただけるとは。生き汚く生きてみるものですな」
「この薬はお分けできませんが、中々面白い品が揃っております」
「おや。駄目ですか」
「はい、駄目です」
津雲の答えに三森が笑みを浮かべた。少し後ろに控えている豊島が驚いたようで、軽く服を引っ張ってくる。
無視しても良かったのだが、何やら殺気じみたものが飛んでくるので一応説明を加えることにする。
「この薬、病や怪我なら治せるんですがね。寿命までは伸ばせませんので」
「それなら確かに、必要とはならんでしょうな」
愉快そうな笑い声を上げる三森の視線は、津雲よりもその後ろに注がれているようにも見えた。
三森邸を出る時、彼の家人から随分と感謝された。声を上げて笑うことなどこの数か月で一度もなかったという。
元気になったら店を訪ねて欲しいと伝えたが、どの程度本気にしたか。しかし、三森老人を心配する気持ちは真摯に感じられたので、津雲としては満足である。
「まったく、何という言い草だ」
豊島は三森邸を出てからずっとぐちぐちと小言を言ってきている。
どうも霊薬の件を知ってから、津雲に何かと批判的だ。
言いたいことは分からないではないが、答えは変わらない。それに、この後の様子を目にすれば少しは意見も変わるだろう。
津雲が次に向かったのは、郊外にある豪邸だ。和風のつくりではあるのだが、なんというか悪趣味な派手さがある。
「こういう成金趣味は格を落とすなぁ」
「ここは……」
豊島の疑問には答えず、表札の出ていないインターホンを押す。
しばらく待っていると、奥と繋がる。こちらが何も言わないうちに、何やら慌てたような声とばたばたという足音が聞こえてくる。
「店主! 手に入ったのか!?」
中から転がるように出てきたのは大飯崎本人だった。
津雲は薄っすらと笑みを浮かべて、平坦な口調で告げる。
「ま、詳しい話は中でしましょうや、虎雄の旦那」
大飯崎改め、飯崎虎雄の家に通された津雲と豊島はこれまた華美な装飾の施された部屋に通された。応接室のつもりらしい。
飯崎は二人を部屋に通したあと、そのまま居座ってそわそわと津雲の言葉を待っている。
茶の一杯でも出せと言いたくなったが、あまり長居したいものでもない。津雲は静かに切り出した。
「随分とあくどい真似をしたものだね、虎雄の旦那」
「な、何の話だ!?」
じっと見つめるが、飯崎は心当たりがないとばかりに声を上げた。
津雲にとってもその反応は予想通りのもので、動じることもない。
「あんた、祖母さんがあんたに用立てた今までの霊薬、勝手に薄めたね?」
「っ!?」
「あの薬は強すぎるから、薄めて使うのは正しい。しかし、あんたがこれまでに相手した顧客の数、うちが卸した霊薬の量と比べるといささか多すぎる」
「何故そんなことを知っている!?」
「あんた、今時祈祷師なんてものがどれほど怪しい名乗りか分からないのか? 少し調べりゃ誰が関わったかくらい、すぐに分かるさ」
徐々に逃げ場を奪われていることを理解しているだろうに、飯崎は頑として認めようとはしない。
むしろ、代替わりを理由にしてこちらを騙そうとしてくる。
「き、気のせいだろう。きっと店主が知っているものとは別に手配してもらったものがあるのさ。そうに違いない」
「祖母さんはあんたに渡した霊薬の数と時期を全部メモに残していたがね。根拠はもう一つあってね、先ほど三森会長に会ってきたよ」
その言葉に、飯崎が今度こそ顔色を変えた。
反応から見るに祖母のメモではなく、三森老人に会ったことの方を問題だと認識しているようだ。
「三森会長はまったく同じ場所に同じ病気を再発したそうだ。霊薬を薄めすぎると怪我は治るが、病気については一時的な改善しか見込めなくなる。祖母さんはそれも説明していたはずだね?」
「う、うう」
「あんたのその反応を見ると、何度も同じ客から金を搾り取ろうと思ったってところか? あるいは原価を抑えて荒稼ぎしようとした結果、この悪だくみに気づいたってところかね?」
「うるさい! 霊薬があるならさっさと寄越せ! 金なら言い値で払うと言っているだろう!?」
痛い所を突かれたようで、飯崎は大声を上げてきた。
津雲は表情を変えもせず、威圧してくる飯崎に向けて首を振った。
「霊薬はある。だが、あんたに売るつもりはないね」
「何を!?」
「あんたの手元には霊薬の残りはもうないか、随分と少ないようだ。どの客に急かされているかは知らないが」
隣に座る豊島の方をちらりと見る。津雲と飯崎を厳しい顔で交互に見ているが、どちらが悪いとするか決めかねているようだ。
飯崎が激昂している。喚き散らした後に大きく息を吸い込んだタイミングで、ぽつりと一言。
「何人死んだね?」
「あ?」
「あんたの祈祷のあと、再発した人は何人死んだね?」
生活のレベルを見れば、彼がどれほど客に銭を吹っかけているかはすぐ分かる。
一度目は払えても、二度目の支払いが出来なかった客もいたはずだ。
そしてそれは、彼がちゃんと霊薬を使っていれば避けられた死なのだ。
「あんたがそれをどう使うかはあんたの勝手だ。それは祖母さんの頃から決めているうちのルールだ」
「ならば!」
「だが、売る相手を選ぶのは店主である俺の勝手さ。あんた以外にも買いたがる客は山ほどいる。あんたという客を減らせば、あんた以外に譲る相手が増える」
津雲は目を細めた。そして問う。
「で。答えてくれ。何人死んだね?」
飯崎はその問いに答えることが出来なかった。
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