ろくでもない顧客

霊薬とインチキ祈祷師

「品切れってどういうことだ!?」

「どうもこうも。元々めったに入荷する品じゃありませんし。先代からお聞き及びじゃありませんか」

「ぐぬっ! しかし、待っている者が多いのだ」

「それはそちらの都合であって、当店の都合ではありませんな」


 仕立ての良い和服を着ている初老の男に、津雲はにべもなく答えた。

 男は諦めきれないようにそれぞれの棚に視線を向けるが、そこに目当ての品がないことを理解したらしく溜息をつく。が、諦め悪く


「そうだ! 何か、似たような効能のある品はないだろうか!?」

「ありませんよ。あれがどれほど貴重な品か、おたくも分からないわけではないでしょう?」

「くっ! もし入荷したら、すぐに連絡をくれ! 金に糸目はつけん!」


 すごすごと出ていく男を感情のない目で見送った津雲は、おもむろに電話を取り出した。

 部屋の隅で大人しく座っていた豊島が何かを聞きたそうにしているが、それよりも先にやるべきことがある。


『もしもし』

「もしもし、津雲です。大飯崎おおいいざき華浄丸かじょうまるの顧客データをいただけますか」

「そうだ、大飯崎!」


 津雲の言葉に気になったことが解決したのか、豊島が大きな声を上げる。

 相手にも聞こえたようで、何やら面白がるような口調で聞いてきた。


『その声は、例の?』

「ええ、そうです。新任の豊島刑事」

『ということは、奥の事情を詳しく説明したのだな』

「最初に海洋人と顔を合わせましてね。それでもここに来たということは、それなりに適性があると判断しました」

『ほう、海洋人? それは最初から厳しいのに当たったな。それで、大飯崎の顧客だったか』

「残念ながら」

『あの男とまだ付き合いがあったのか』

「今回で切れて欲しいところですがね」

『それがいいな。いいだろう、しばらく待っておけ』


 電話が切れる。

 溜息交じりに電話を懐に仕舞うと、興味に満ちた目で豊島がこちらを見つめてくる。

 津雲は諦めて、豊島の方に顔を向けた。


「で、何を聞きたいんです?」







 大飯崎華浄丸は、祈祷師として知る人ぞ知る存在だというのが最も分かりやすい説明だろうか。

 どのような病や怪我でも、その祈祷によって癒やしてきた。顧客には政財界の要人もいるとされ、まずは顧客になるための条件すらあるという。

 詐欺師の疑いありとして警察からは常にマークされているが、証拠がないため逮捕にまでは至っていない。

 一説にはその祈祷に心酔する顧客が護っているとも言われる。

 七臥古物店とは互いの先代の頃からの付き合いだが、津雲はもちろん、先代店主の祖母も彼を好んではいなかった。






 豊島が大飯崎の事を知っていたのは、警察に所属しているからだろう。


「あいつの本名は飯崎いいざき虎雄とらお。あいつの父親にうちの祖父さんが世話になったことがあってね」

「世話に」

「あいつは単なるインチキ祈祷師だけど、親父さんは本物でね。その祈祷で、良くないまじないに侵された祖父さんの命を救ってもらったんだ」

「それは」


 一瞬だけ信じられないという顔をした豊島だったが、彼女はこの店に関わるようになってから信じがたいものに数多く触れている。そういうものなのだろうと納得してくれたようだった。

 疑問を飲み込み、次の質問に移ってくる。


「インチキというのは?」

「豊島さんが知ってるってことは、あいつの祈祷がどういう物かは知ってるね?」

「ああ。どんな病や怪我も、それを癒やすことができるという祈祷だ」

「それがインチキ。何しろ」


 と、津雲は机の引き出しを開けて、中から瓶をひとつ取り出した。

 中には不思議な色の液体が入っており、見る角度によって色が変わって見えた。


「あいつが祈祷に使っているのが、この薬だからね」







 霊薬。質の高いものはエリクサーなどと呼ばれる、異界の薬物だ。最高級品は死者さえも蘇らせると言われている。当然ながら他の世界でも重宝されるらしく、普通に待っていてはほとんど入荷することはない。

 津雲は瓶をゆらゆらと揺らしながら、渋い顔で続ける。緑色や青色に変化する液体は、とても体に良いようには見えない。


「飯崎に売ったのは、中級品だね。さすがに死者を呼び戻すことは出来ないけど、病気や怪我なら大体治るよ」

「すごいな。そんな便利なものがあるのか」

「中級品くらいなら、ある程度手に入れるツテがあってね。大事なお客様用に取り置きしてるんだ。これはそのひとつね」

「ツテって」

「仕入れ先のひとつさ。こっちの品との物々交換で、中級の霊薬を作ってくれるんだ」


 津雲が霊薬を机に戻すと、豊島は何かを考え始めたようだ。

 大体言いたいことは分かるので、特に遮ることもなく次の言葉を待つ。


「店主。それを一般に流通させることは出来ないのか?」

「何本必要になると思う?」

「え?」

「それ程の薬、どれくらいあれば流通できると思う?」

「どれくらいって言われても」


 豊島の言葉に、真剣な顔で返す津雲。

 困惑する豊島だが、構わず続ける。これは大事なことなのだ。


「現地での仕入れだって、無限に出来るわけじゃない。それに、この霊薬は今のこの世界のルールとは違うものだ。安易に流通させていいものじゃないのさ」

「ならば、難しい病気の人に限れば」

「その線引きは? それと、突然薬の調達が出来なくなったらどうする?」

「それまでに、こちらでも作るとか」

「作れるといいね」


 津雲の突き放した言葉に、豊島は不機嫌そうな顔を見せた。

 言葉だけでは納得出来ないようだ。しかし、今はどれだけ言葉を重ねても納得はさせられないだろう。


「ま、この店に一年関わって、それでも同じことが言えるんだったら改めて考えてもいい。仕入れのスタッフたちと会ってからでもいいよ」

「私の意見は変わらない」

「そう」


 それならそれで仕方ない。豊島は店のスタッフではなく、あくまで警察からの協力者でお目付け役なのだ。

 だが、意見を変えられないのであれば、おそらく彼女は担当を長く続けられないだろう。


「それもまた、いいか」


 津雲は静かに会話を打ち切るのだった。






 懐の電話が鳴る。

 出ると、電話向こうの人物は挨拶もせずに切り出した。


『大飯崎の客。そして身内か本人が重い病気という人物が三人ほど見つかった』

「早いね」

『奴も七臥を真似て、客を絞っていたからな。調べるのは難しくなかったよ』

「そっか」

『メールで送る。確認するといい』

「ありがとう。代価は?」

『要らんよ。先代には随分と借りとる』


 ぷつりと、電話が切られる。程なく携帯が震え、メールの受信を知らせてくる。

 添付されているリストを確認すると、百人くらいの名前が並んでおり、そのうち三名の名前に印をつけられていた。

 その誰もが、一度は名前を見たことのある有名人だ。津雲は記憶を頼りにリストを睨みつける。


「なるほど。やっぱりか」


 古物店の客の名前はなかった。少々値は張るが、古物店の客ならば霊薬を直接買うことができる。祈祷師に頼ったりはしないだろう。

 それ以外に、リストには名前が被っている人物が何名も見つかった。

 そして印がついている名前は、少なくとも誰もが二度以上インチキ祈祷の世話になっている。


「あいつ、調達を急ぐわけだ」


 津雲は厳しい顔で三人の名前をメモすると、まだむくれている豊島に声をかけた。


「豊島さん」

「なに」

「この三人と連絡が取りたいんだ」


 メモを渡し、首を傾げる豊島に告げる。


「上司に伝えてくれればいい。すぐに段取りをしてくれるからさ」


 津雲はいつも通りへらりと笑ってみせたつもりだったが、豊島は顔を青くして何度も頷く。

 慌てて電話をかけるために部屋を出ていく豊島を見送りながら、津雲は不快感を露わに呟いた。


「あのインチキ祈祷師、舐めた真似をしてくれたもんだ」

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