七臥よろづ古物店
榮織タスク
七臥古物店は今日も閑古鳥
その商人、神をも畏れず
その日、店のカウンターで
カウンターに置かれた五つの品をじっくりと吟味し、大きく息を吐き出す。
重い失望を乗せて、首を振った。
「残念ながら、全て偽物です」
「そんな!」
悲鳴を上げたのは、金髪碧眼の若い男性だった。緑がかった銀色の鎧を身につけて、大仰な身振りで津雲に食ってかかる。気持ちはわかる。彼らがこの品々を手にするためにどれ程の苦労を払ったのか、その薄汚れた様子を見れば察せられるというものだ。
「確かにこれは依頼された品のはずです! このように光る石が他にあるはずがありません!」
「ええ、確かに。これはうちの店が皆さんに回収を頼んだ品物によく似ています。しかし、本物とは違って、これには呪いが込められているんです」
「呪い!?」
「ええ。あなた方の土地でいう『
津雲は苦笑いを浮かべた。
男とその仲間たちは、津雲の言葉に石から距離を取る。
「勇者ジョッシュ殿。念のために確認しますが、あなた方は当店を騙すつもりでこれを持ち込んだのではないと」
「あ、当たり前でしょう! 偉大なる光の神が示してくれたこの店に、私たちがそんな不敬なことをするはずがありません」
「ええ、信じましょう。当店としても、あなた方がここと一緒に自爆しようとするとは思っておりません」
言いながら、ジョッシュたちが持ち込んできた石を、彼らが持ち込んだ袋へとぞんざいに放り込む。
悲鳴を上げる彼らに、津雲は安心して欲しいと告げる。
「ここではそういう危険な効果は、一時的に発揮されなくなるんです。これはあれですかね、当店があなた方のサポートをすることを快く思わない誰かのしわざですかねえ」
「ではこれは魔王が!?」
「おそらく。あなた方と一緒にここを吹き飛ばそうと考えたのでしょう」
一転、燃え盛るような怒りと憎しみを表情に浮かべるジョッシュ。無理もない。彼とその仲間が魔王から受けた仕打ちは、そういう感情を示すに余りあるものだと聞いている。
たとえそれが、神々の盤上で行われる戯れであったとしても。
「私としましても、今回の件を見過ごすわけにはいきません。という訳で、少々お付き合い願えませんか」
「?」
津雲の言葉に、ジョッシュは何事か分からない様子で頷く。
感謝しますとだけ告げて、津雲は椅子から立ち上がるのだった。
***
マイルズベイル界、ドリューシャン大陸。
かの悪名高い難攻不落の魔王城、その最奥にこの日、招かれざる客が訪れた。
「ゆ、勇者!?」
「魔王……」
青い肌を紫色に染めて驚愕する魔王と、複雑な顔でそんな魔王を見るジョッシュ。
そして睨み合う二人には構わずに、ジョッシュ達を連れてきた津雲は辺りを見回す。
「ああ、居た居た」
目を留めたのは、この場で最も背丈の小さな人物だ。紫色の肌に白い体毛、肌の色と同じ角が額に一本、背中には羽を生やしており、人と言うには異形にすぎる。魔族という種族だったか。
津雲はその人物ににこやかに笑いかけながら、ジョッシュから預かったままだった布袋を放り投げた。
「?」
「それ、用意したのあなたですよね?」
袋を受け取り、中身を見た途端に表情を変えて投げ捨てるその様子に、津雲は確信を深める。
と、脇で睨み合っていた魔王が津雲に向けて悲鳴じみた声を上げた。
「店主! 何故ここにこの男を連れてきた!? 約定はどうなっている!」
「ああ、その事なんですがね魔王の旦那」
津雲は平然と、あまりにも自然な態度で魔王の問いに答える。
「当店とそちらの約定では、そちらは輝く石に関わらない。代わりに当店もそちらの不利に直結する行動をしない、というものでしたが」
「そうだ! それが何だ、勇者を直接連れてくるとは! 約定違反にも程が――」
「そちらの方が、輝く石に似せた『
「何っ!?」
「それは、そちらの約定違反にも程がありませんかね?」
魔王が目を見開いた。
視線を件の魔族に向けると、とうとう狼狽えた様子で言い訳を始める。
「い、いえ陛下! 私はそのような意図で作ったわけではないのです!」
「馬鹿な! どのような意図があろうと、こればかりはやってはならぬことではないかっ!」
玉座から魔王が立ち上がると、凄まじい威圧感が周囲に放たれる。勇者であるジョッシュと津雲以外が、思わず膝をついてしまう程の。
感情のままに魔法を放とうとする魔王に、津雲は気の抜けた声をかける。
「まあ、ちょっとお待ちくださいな」
「何だ店主! 我はその痴れ者に罰を与えねばならない!」
「魔王の旦那は今回の件、ご存知なかったということでよろしいですか?」
「む、無論だ!」
「であれば、最初ですし今回はなかったことに致しましょ。勇者殿ご一行はこのまま連れて帰りますし、今後は二度としないように、ということで」
魔王が魔法を放とうとする姿勢で固まる。津雲の提案に驚いたようだ。
「よ、良いのか?」
「ええ。ですが」
津雲はどこからともなく一振りの刀を取り出した。
白木の鞘で鍔もなく、ぱっと見ただけではすこし反りのある杖のようでもある。
「そちらの旦那は駄目です」
流れるような動きで刀を抜き放ち、虚空に滑らせて鞘に戻す。それだけの作業。
「
その動きによって生み出された不可視の何かが、誰に知覚されることもなく空間を走り抜けた。
「あ、うああっ?」
魔族が突然辺りの様子をきょろきょろと見回し始めた。
「身の丈に合わない真似をしちゃいけませんよ、旦那」
「オーガが笑っている? どこだ、誰が」
「鬼が、笑うぜ」
「聞こえる……! 誰だ、俺を笑うのは! 誰だああっ!」
耳を塞ぎながら、ぶんぶんと首を振る。
その顔の中心に縦に線が走り、ずるりと音を立てて上下にずれた。
「あっ」
断末魔のようなものはなかった。
糸の切れた凧のように倒れ、青みがかった血が流れ出てくる。
「魔王の旦那」
「なっ、何だ!?」
津雲の一言ひとことに慌てる魔王の様子に、困惑を隠さないジョッシュ一行。
他に居並ぶ魔王の配下たちも、津雲はおろかジョッシュ達にも手出しをしない。この場で彼らの生殺与奪を握っているのが、今ばかりは主の魔王ではないと熟知しているからだ。
「これで手打ちということで」
「分かった。今回の件については謝罪する。二度とせぬ故、許してほしい」
「ええ」
頷いて、津雲はジョッシュの方に向き直る。
「じゃ、帰りましょうか」
***
津雲と勇者が帰った後。
体を休めるとして寝室に戻った魔王が、ベッドに座ってひとつ息をついた。
「失敗か。店主が代替わりしたと聞いていたが、新しい店主も相変わらず隙のない」
死んだ魔族は、魔王の意を受けて津雲の命を狙っていた。
直接的な支援をしていたわけではないとは言え、光の神が用立てた石を代価に便利な品を勇者に売りつける店と店主は、魔王にとっても極めて目障りな存在だったからだ。
津雲に斬られた魔族にしても、魔法で死なない程度に痛めつけておこうと思っていたのだが、当てが外れてしまった。
「ち、次はあの店主だけを狙うか。勇者と一緒にと考えたのが失敗だった」
「――嘘をついちゃあいけないな、魔王の旦那」
「っ!?」
今一番聞きたくない声が聞こえた気がして、魔王の肩がびくりと跳ねる。
辺りを注意深く窺う魔王だったが、津雲の姿はない。
「そ、空耳か?」
「鬼が笑うぜ?」
「!」
がばりと体を起こした、その眉間を何かが通りすぎた。
「オーガの声? な、何がおかしい!?」
どこからともなく聞こえてくる、オーガ種らしきものの笑い声。
耳を塞ぐが、声は消えない。
強く耳を押さえると、視界が奇妙な形にずれた。
「お、あ、あ」
回復をと思った時には、既に遅かった。
地面が近づいている。魔王の最期の思考はそこで終わった。
***
ジョッシュ達を地元に送り届けて店に戻ってきた津雲は、席に座ってひとつ息をついた。
「やれやれ、やっぱり魔王も一枚噛んでたか」
魔王が命を失ったことで、勇者ジョッシュたちは英雄と遇されることになるはずだ。約定さえ違えなければ、まだまだ光の神と闇の神の悪趣味な遊戯は続いていたことだろうが。
どちらかの神から苦情のひとつも来るかもしれないが、それこそ望むところだ。
「さて、どれくらいふんだくれるかな」
誰もいないカウンターで、津雲は一人にやにやとその時を待つのだった。
東京の片隅に、知る人ぞ知る一軒の店がある。
店の名は七臥古物店。表向きは流行らない古いリサイクルショップ。
しかしてその実態は、数多の世界とこちらの世界を繋ぐ扉のひとつであり、あらゆる世界の曰くある品が際限なく集う場所なのである。
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