その店は誰が見てもうさんくさい

「では、これは何だ?」


 厳しい顔で詰問してくる美女に、津雲はへらりと軽薄な笑みを浮かべて答えた。


「人魚の干し肉ですよ。こないだ来た蛙顔の旦那が置いていきまして」

「人魚ぉ!? これを食べたら不老不死になるとでも言うつもりか!?」

「おや、詳しいですね豊島としま刑事」

「と・よ・し・まだ! これでも大学時代は古史研究のサークルにいたんだ、そのくらいの知識はある!」


 適当なことを言うと承知せんぞと凄む女刑事に、なるほどと同情を顔に浮かべる。


「そらまた異色の経歴だ。だから七臥古物店うちなんかの担当にさせられるんですねえ。なむなむ」

「やかましい!」


 着任の挨拶という名の尋問を受けながら、豊島が手に取る品物を端から棚に戻していく。

 七臥古物店は、表向きは流行らないリサイクル店だ。地元の客が持ち込んだガラクタを二束三文で買い取り、少しばかり修繕してから二束三文で必要な客に売る。大手のリサイクルショップほどの知名度はないし、物品に溢れたこの時代、わざわざ古物店なんて古くさい名乗りをしている場所に好き好んで品を持ち込む物好きもほとんどいない。

 だが、世の中には後ろ暗い手段で調達した品を売りさばこうとする迷惑な者もいる。そういう時には知名度のないこういった店はねらい目らしく、時折厄介な品を持ち込んできたりするのだ。


「まあ、こちらの人魚の肉は、この国で採れたものじゃありませんのでね。そんな呪いの類とは無縁ですよ。意外と気に入る味かもしれませんし、おひとつ摘まんでみます?」

「だ、誰が食うかそんな得体の知れない肉!」


 建前上は、この店に警察の者がやってくるのはそういった犯罪者への対応だ。しかし、それは理由の全てではない。

 本日は店休日である木曜。シャッターも閉まり、店の中は閑散としている。

 が、この日は奥だけは別だった。顔合わせがあったからだ。

 本来、店主に認められた『本当の客』だけは、裏口から店の奥へと踏み込むことが許されている場所。


「さっきからでたらめばかりつらつらと! じゃあ何か、これはユニコーンの角だとでもいうのか!?」

「お目が高いですね豊島としま刑事。それは確かにルッカニーヤ森林で取れたユニコーンの角です。お買い上げ予定のお大尽が随分前に破産しちゃいまして、棚の肥やしになっちまってるんですよ。買います? お安くしときますけど」

「い・い・か・げ・ん・に・し・ろ!」


 生真面目さを形に組み上げたらこうなると言えそうな豊島刑事は、形の良い眉と吊り目がちの目尻を更に吊り上げて津雲を怒鳴りつけている。

 信じられないのも無理はない。この店は、そういう一般的な常識とは随分とかけ離れた業態なのだから。

 津雲は亡くなった祖父母が経営していた頃からこの店に入り浸っているので、担当が変わるたびに繰り返されたこのやり取りを、今度は自分が相手と出来ることを心から楽しんでいた。


「だから私は豊島とよしまだ! まったく、この店に失礼のないようにと言われてきたが、このような得体のしれないがらくたばかり、店の方が客に失礼ではないか!」

「そいつは手厳しいや」


 へらへらと笑う津雲に、より一層いら立ちを募らせる様子の豊島。

 津雲の言葉はどうにも豊島には響いていないらしい。笑顔を引っ込めればいいのだろうが、反発されるのがなんだか楽しくて仕方ないのだ。


「ここにある品物が本物であることは、店主の私とこれらを手になさるお客だけが信じていればいいことでしてね。まあ、あまりお気になさらず」

「やかましい! だいたいルッカニーヤ森林とはどこなのだ! 聞いたことがないぞ!」

「世の中ってやつは思った以上に広いんですよ。まだまだ未踏の秘境や見たことのない宝物ってやつがきっとあるに違いありませんね」

「ええい、ああ言えばこう言う!」


 憤慨する豊島だったが、津雲はいったん彼女への応対をやめた。

 ドアが開かれたからだ。二人がこの部屋に入ってきたのとは別のドアが。


「おや、いらっしゃい」

「!?」


 津雲の声に反応した豊島が、声にならない悲鳴を上げた。

 異相の人型が、ゆっくりとした足取りで店の中へと入ってくる。

 一言で表現するならば、頭の部分がイソギンチャクになっていると言えばいいか。目があるのかどうかも分からないが、一応棚や家具にぶつかることもなく、カウンターに向かってゆっくりと歩を進めてきた。

 腕らしきものや足らしきものもあるものの、ほぼ全て触腕のようにも見えるので、果たしてこれを人型とカテゴライズしていいものかどうかも怪しい。


「ァェ」

「ああ、陸上ではしゃべれないタイプか。何と何との交換をお望みだね?」


 カウンターに座りなおして、客に声をかける。

 会話が成立することは期待していない。不思議とこちらの言うことは全て間違いなく相手に伝わっているのは経験則として分かっていて、そしてそれで十分なのだ。

 イソギンチャク人間が、懐なのか体内なのか分からないところに右手らしき触腕を突っ込んだ。もぞもぞと動かし、中からそれなりの大きさの彫像を抜き出す。

 大きさは三十センチほど、随分と精緻な彫刻をほどこしてある。

 材質は石にも木材にも金属ともつかない何か。それより気になるのは彫刻だと分かるのに、それでいて呼吸をしているようにも蠢いているようにも見えるその生々しさだ。


「また厄介おもしろそうな品を持ち込んだねアンタ」

「お、おい店主」

「ふむ。中々いわくのありそうなものだなあ。よし、これと何を交換したいかは自分で決めてくれて構わない。。さ、どうぞ」

「ヒィッ!?」


 軽く頷くように頭を動かし、ゆったりと振り返ったイソギンチャク人間。豊島は目が合ったとでも感じたか、悲鳴を上げて腰に手をやった。が、そこまでだった。

 最後の引鉄は磯臭さか触腕の奥に蠢いていたおぞましい何かだったか、意識を喪失して膝から崩れ落ちる。


「おっと、その姐さんは駄目だぜ。何しろだろ?」


 豊島に触腕を伸ばそうとしたイソギンチャク人間にそう告げると、見透かされたことが不快だったのか奇妙な音を立てた。

 しかし津雲の言葉を無視することまではせず、しばらく棚の辺りに正対した後、右の触腕を伸ばして一掴みの肉を手にした。


「ほう」


 先ほど、豊島を怒らせた人魚の干し肉だ。

 どうやら同じの出身ではないらしい。当然だろう、このような禍々しい彫像を持ち込むような者が、人魚と共存できるはずもない。

 イソギンチャク人間はそのまま干し肉を懐に仕舞うと、出て来たドアに向かって歩き出す。先ほどよりも随分と素早い。


「まいどあり」


 取引はなされた。置かれた像と人魚の肉との交換だ。

 随分と邪気が強い。あるいはこれをここに置くことで、津雲やこの店に何か影響を及ぼそうとしたか。


「さて、こいつを求めるのはどんなお客だろうね。楽しみだよ」


 口元を緩める津雲に、生きているはずのない像が恐れ蠢いたように見えた。


***


 豊島が目覚めたのは、津雲が像を棚に置こうかなと席を立った時だった。


「あうっ。……う?」


 何が起きているのか分からないといった様子で辺りを見回し、津雲の顔を見て何かを思い出したらしい。

 まずぺたぺたと自分の体を触りながら無事を確認し、怯えたような怒ったような目を向けてくる。


「あ、あいつは」

「帰りましたよ。さっきの人魚の肉を持って」

「帰った?」


 どっと汗を流しながら、豊島はこわごわ口を開く。


「何なんだ。何なんだ、あれは」

「お客ですよ。それだけです」


 津雲は平然とそれに返す。

 ここに来た者は、総じて何かを必要としている者だ。金か、物か。それによって棚に並んだ品物を持ち帰る者は、全て客として扱っている。それがどれほどおぞましい者や、どれほど危険な者であっても。


「あいつは」

「はい?」

「人魚の肉を、どうするつもりなんだ?」

「さあ?」


 持ち帰ったあとの品物の使い道は、こちらが関知することではないし、してもいけない。

 持ち込まれる品には極めて重大な破壊をもたらすものもあるし、逆に失われた命を呼び戻すほどの薬もある。危険なのだ。


「あちらのドアから来て、あちらのドアから帰る。その人たちの持ってきた品と、持ち帰る品について店は意見を言いません。あ、私らが来たドアの方から来た場合は違いますよ。物によっては絶対に出せませんので」

「あのドアは何だ? あんな奴が出てくるなんて」

「内緒です。ま、次に来た時にでも教えるとしましょ」


 その返答に満足な回答を望めないと察したらしい豊島が、今度は持ち込まれた像に視線を移す。


「その像と肉を交換したのか」

「ええ。これはおそらく神像ですね。この神々しさというか禍々しさ、本物が宿っていてもおかしくはないかな」

「本物!?」

「自分の手元には置いておけないと思ったんですかねえ。どう考えても人魚の干し肉とは釣り合わないと思うんですけど」


 朗らかに笑う津雲に、豊島は胡乱な目を向けてくる。

 どうやらもう、ここの品々が偽物であるとは思っていないようだ。


「神の宿った神像を、あいつもお前も。そんなふうに軽々しく扱うのか」

「こいつは手厳しい。でもまあ、そりゃここに限った話じゃありませんや」


 津雲は今日初めてまじめな顔を作って、豊島に告げた。


「今どき、カミサマだって商売の品目でしてね」

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