昔馴染みが来たら宴会をする
リルは須佐の顔を見るや、露骨に厭な顔をした。
須佐がこれまで七臥古物店にかけてきた迷惑を知る者の中で、最も直接的に感情を表に出すのが彼女だ。
別の世界に立ち去った神々は、この世界とのつながりを半ば断ち切られている。しかし、まったく他の世界由来の神よりは縁が深いせいか、それなりの力を行使できるのだ。
そのため、七臥古物店のスタッフの大半は、須佐の威圧に勝てない。一度でも顧客になった世界相手なら、英雄だろうと神だろうと相手に一歩も引かない彼ら彼女らが、須佐の正面に立っただけで震えあがってしまう。
その威圧にも怯まず対応できるのは、この世界で生まれた津雲やリル、一部のブルーオークだけだ。店主である津雲や、元より感情表現に乏しいブルーオークと比べて、耳長族のリルは好き嫌いをはっきりと表情と言葉に乗せる分、発言にも遠慮がない。
「なんだ、スサの老神。またツクモに迷惑をかけに来たか」
「ほうほう、中々女っぷりが増したじゃねえかリル坊。
「ふなっ!?」
「なんじゃ、まだか。津雲坊の代わりにわしが手練手管を仕込んでやろうか」
須佐も負けてはいない。下品なセクハラを真正面から叩き込み、リルの顔を赤くさせて反論を封じる。
が、豪快に笑う須佐の表情が凍りつき、笑顔のままだらだらと冷や汗を流し始める。
津雲がその首筋に刃を当てて、あまつさえ軽く引いたからだ。
「うちはセクハラ厳禁でやっとりましてね、腐れジジイ」
「つっ、津雲坊!? 本気が混じっとらんか!?」
「この際、この腐れジジイを首だけにしてお送りしたら、婿さんたちから感謝されないかなあ」
「わ、悪かった! わしが悪かった!」
須佐は慌てて両手を上げる。津雲の言葉に本気の殺意を感じたからだろう。
次はないよと静かに笑うと、須佐は顔を真っ青にして分かったと悲鳴を上げた。
店を臨時休業とし、自宅に須佐を連れてきた津雲は、七臥古物店の全スタッフを招集した。
仕入れ班の全員と、店と津雲の家を護衛しているブルーオークたち、そして仕入れ班を引退して内向きの仕事をしている耳長族に情報収集担当の有翼族。
七臥古物店と運命を共有している四十五名が、津雲の自宅に集まっている。
山ほどの酒と食材を持って。
「おぉい、ベリウス。酒がなくなったぞぉ」
「自分で取ってこい!」
「こらこら、喧嘩はいかんぞ」
「酒、美味」
津雲の号令もないまま宴会に突入する。これもまたいつもの流れだ。
須佐はこれでも非常に高位の神なので、やって来るたびに店には何らかの幸運が舞い込む。
その性質が気に食わないと言い張るリル以外は、おおむね須佐の来臨を歓迎していた。
「スサ様、お見えになったからにはぜひこの肉を」
「美味ぇな、これ何の肉だ」
「私どもの故郷の味、ザヒー肉の炙りです。リルが仕入れてくれましてね」
「おっと、リル坊の身内かい。……いい加減あの二人どうにかしてやれよ」
「叔父にあたります。……いやあ、あれでお互いまだ確信が持てないとかわけの分からない供述をしておりまして」
須佐の相手を年かさの耳長族たちが受け持ち、仕入れ班の者たちが料理に酒にと走り回っている。仕入れ班は半分が耳長族で、他はセリアンスロープや有角族、異界ヒューマンと人種が異なる。耳長族は寿命が長く、こういう時ばかりは年功序列が発生しがちだ。
とはいえ、須佐の悪い影響が広まるを防げるのであれば年功序列も悪くない。
「さてと、ちょっといいかい」
自室に戻ってあれこれ漁っていた津雲は、少しばかり遅れて宴会の輪に入る。
声を張り上げたわけではないが、一声かけるだけで周囲は一瞬で静かになった。
「悪いけど、酔いつぶれる前に話しておくよ。今日からちょっと、特別な仕入れを行います。ひとつはそこの須佐の爺さんが持ち込んだ依頼。善良な神様をスカウトしたいらしい。もうひとつはあの薄気味悪い黒づくめが持ち込んだ依頼。邪神をスカウトしたいみたい。正反対の依頼だけど、考えようによってはどっちの神様を連れてきても買い手がつくって話だと思うことにした」
「神様案件は、ご先代以来初めてですね店主。光栄ですが大変だ」
「どっちもややこしい客でしかないから、光栄とかないかな。黒づくめのやつが変な因果をこれ以上紡ぐ前に、とっとと終わらせてしまいたいところ」
耳長族の長老格からの言葉に、渋い顔で首を振る津雲。須佐を前に無礼な物言いだが、長老格は琴線に触れたらしくご先代に似ておられると笑う始末。
と、ブルーオークの一人が続く。
「店主、方針」
「仕入れ班は、貸しのある神々に確認をとって欲しい。生まれたばかりの善良な神がいたら、お預かりしたいと。貸し二つくらいを代価に。三つは多いかな。その分はこの爺さんと婿さんにそのまま放り投げる形で。邪悪な方も、いくつか心当たりがあるから、別の世界から全部回収できると楽だね。とは言え、タイミングよく手に入るとは限らないから、こっちの世界でも神生みを始めた馬鹿がいないか探す方針で」
「了解」
一同が頷く。須佐は津雲の貸し二つという発言に再び顔を青くしていた。
神にとって、別の世界の存在に借りを作るというのは、随分と大きな問題であるらしい。津雲には実感はないのだが、何やら神々同士でも貸し借りによって力関係が変わるのだとか。
「引き取りには同行します。なので仕入れ班の方を優先かな。
「すぐに終わるかもしれないが?」
「それならそれで構わないさ。今どき神生みをする連中なんてのは、人の命をむやみに消費するような連中だからね。仕入れ班が終わる前に特定できたら、当局に準備をさせる時間に充ててくれ」
有翼族の
取り敢えず方針の説明は終わった。津雲は須佐から離れた席に座って、差し出された器を手に取る。渡してくれたのはリルだ。
「じゃ、今日は英気を養おう」
「おう!」
深夜、静かになった庭先で。津雲はちびりちびりと酒を飲んでいた。
手元には日本酒の瓶とぐい飲み。置いてあるのは二つで、どちらにも酒を注いである。津雲はその片方を飲みながら、庭先のブルーオークの聖樹を眺めていた。
ふらりと背後に気配。
「そろそろあれも神を産みそうだな」
「やらんぜ。あれはうちのだ」
「要らんよ。あれはお前のだ」
どかりと、座る気配。
須佐は津雲の横に置いてあったぐい飲みではなく、自分の持ってきた茶碗にとぷとぷと酒を注ぐ。
「いいのか?」
「何が」
「盃が一個しかないぞ。八重と郷太の二人分要るじゃろ」
「いいんだよ。こっちは祖父さんから譲ってもらった方。俺が飲めるようになってからは、祖父さんと祖母さんはひとつのぐい飲みで互いに飲んでた」
「そうか」
須佐はふわりと笑いながら、こちらに茶碗を掲げてくる。ぐい飲みを軽く当てると、固い音。
ぐいっと一息で飲み干す須佐に、津雲はペースを変えずにちびちびと。
「無事に店を継いだんじゃな」
「店に呼ばれた、って祖母さんは言ってたな」
「じゃろうな。お前は歴代の店主と比べても誰よりこの店に向いとるよ」
「そうかね」
どうやら須佐がここに来たのは、津雲のことが心配だという気持ちも少しばかりあったらしい。
何やら照れ臭くなったので、顔をブルーオークの方に向ける。
「まあ、婿に追い出されたのは事実なんじゃが」
「台無しだよ色々」
このまま朝まで飲んでもいいが、明日には一つ目の異世界を訪問する予定だ。
津雲は祖父母用のぐい飲みをあおると、立ちあがった。
「須佐の爺さん、寝間はそこを使ってくれ。布団はいらないんだよな?」
「うむ。ごつごつした方が寝やすいわ。覚えていてくれたんじゃのう」
「ま、あんたは歴代の店主のツレだって言うしな。……その酒は飲んでしまって構わないが、他から出して盗み飲みは駄目だぜ」
「心配するな。わしゃ八本頭ほど酒飲みじゃねえわ」
津雲は頬を掻きながら、ぐい飲みを流しに置いて部屋へと戻るのだった。
「注いで欲しければ言えば良かったじゃろうに」
「うるさい」
津雲のいなくなった縁側で、須佐がぼやく。
返事をしながら、リルがこっそりと物陰から現れる。
「飲むか?」
「飲まん。ツクモがいないのに飲む理由がない」
津雲がいないと本当につれない少女だ。
と、何やらリルは須佐をじろりと睨みつけてきた。
「どうした?」
「ツクモは、立派に店主をやっている! お、お前に心配されると、自分が未熟なのではないかと気にしてしまうだろう!」
「おっと、それは済まなかったのう」
「以後気をつけろ! 以上だ!」
それだけ言うと、リルは足音を立てて去って行った。
須佐は小さく笑いながら、ブルーオークの聖樹に語り掛ける。
「本人に言ってやれって話じゃねえんかな。のう?」
ブルーオークの聖樹の葉が、返事をするようにさわさわと揺れた。
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