三千世界は色々あって色々いる
来るのはファンタジー異世界とは限らない
ヴァニラを保護して十日ほどが過ぎた。
リルはぶちぶちと言いながら仕入れに出発し、豊島は相変わらず不機嫌そうな顔で津雲の職場に入り浸る。
ヴァニラは今、先輩方による研修を受けている最中だ。
彼女のいた世界とこの世界では、
なお、ミルビウッドは暫くしてから直接店にやって来た。ヴァニラの受け入れと聖剣の引き渡しについてひとしきり不満を垂れ流した後、諦めたように代価を支払って帰って行った。
愉快ではないが店主を敵に回すよりはマシ、という言葉は掛け値なしの本音だったのだろう。
自分の故郷を創った主神の態度を見たヴァニラと、曲がりなりにも神を名乗る人物と津雲が対等に会話するのを見た豊島の顔は何とも言えないものだった。
「神様を相手に随分とぞんざいな口を利くのだな、店主」
「無茶ばかり言うお客さんは、神様だろうと何様だろうとあんな扱いだよ。大体神様ってやつは自分の世界の人間に無茶を言い慣れてるから、ナチュラルにこっちを見下しにかかるのがほとんどでね。こっちが下手に出たら出ただけ厄介が増える」
「そ、そういうものなのか」
ミルビウッドが来店した後は、右手の扉から客がやって来ることもなく。この十日ほどは津雲も心穏やかに過ごせていた。
だからこそ、というわけでもないが。
何となく津雲は、今日あたり扉が開くだろうと予感していた。
『これはまた、随分とレトロな内装だ。
えすえふ。
それ以外にどう表現すればいいか分からない格好の人物が、右手の扉を開けて入ってきた。
豊島はこれまでの客層とまったく違う来客に、目を円くして硬直している。
パワードスーツと言えばいいか。全身をぴっちりと覆うラバースーツのような素材の上に、メカニカルな素材の部品をごてごてとくっつけている。頭は奥の見通せないヘルメットで覆われていて、どんな顔をしているかも分からない。
津雲の最初の感想は、重そうだなという身も蓋もないものだった。
「いらっしゃい。ここは七臥古物店。必要なものがあれば物々交換で承りますよ」
『おや、クレディットでの精算は受け付けていないのか』
「ええまあ。何しろ御推察のとおり、雰囲気を大事にしていますのでね。普通の精算では味気ないでしょう?」
『ふむ、そういうことなら仕方ない。物々交換と言っても、今は大したものを持ち合わせていないんだが』
相手の話に合わせて、情報通貨を使えない事情を演出する。別世界の情報通貨などもらっても、七臥古物店には何の意味もないからだ。
ともあれ、彼らの世界のテクノロジーやこの店に来た背景が分からなければ津雲も方針を決められない。
「
『そうか。ならば予備のスーツでも構わないか? 三世代前のものだが、それなりにメンテナンスしてある』
「もちろん。ですがその前に、ご入用の品はどんなものです? 先にそれを伺っておきませんと」
『おっと、そうだった。バルバサーのバッテリーが切れかかっているんだ。エネルギーパックの類があると助かるんだが』
「エネルギーパックですか。ええと、そうなると」
カウンターの下のボタンを操作し、棚を入れ替える。
客は棚が入れ替わる動きに何やら感銘を受けたようだ。
「こちらからどうぞ」
『これは細部まで随分とこだわっているな! それにしても』
しかし、大小さまざまな機械の箱が並べられている棚を見て、今度は首を傾げる。
『いくつか明らかに技術系統の異なるものがあるが、これは一体』
「まあまあ、あまり気にしちゃいけません。こちらも壊れてなければ引き取るって言ってしまっている手前、ちょっとばかり非合法な品も回ってくるもので」
『趣味的なこの内装を見れば、それは分かるが……』
津雲の言葉に納得は出来ないまでも、理解は示してくれたようだ。
棚を一通り見て回り、箱をひとつ持ってくる。
『これをいただきたい。ニック&ドリー工房のエネルギーパックを。チャージは済んでいるだろうか』
「少々お待ちくださいね」
津雲はカウンターの下の引き出しから、掌に乗る程度の大きさの小箱を取り出す。
カウンターに乗せられた箱の上に置くと、小箱がひとりでに開き、黒い水晶体がくるくると回りながら浮かぶ。
『ちょっと待ってくれ。それはまさか、モースインダストリーのマテリアルチャージャー!?』
「やっぱりご存知でしたか」
『待て、待ってくれ! そいつはモースインダストリーが惑星ごと破壊された原因だろ!? 今じゃ星ひとつと同価値だと言われるアイテムだぞ!? 何でこんな店に!?』
「それはもう、こんな店だからこそじゃありませんか?」
程なく水晶体が音もなく小箱に収納された。客が思わず手を伸ばすが、津雲はその前に素早く小箱を回収する。
『なあ、店主』
「駄目ですよ。こいつは棚になかったでしょう? この店では棚にないものは商品じゃないんです」
『言い値を払うよ』
その言葉には取り合わず、引き出しに小箱をしまう。
客は諦めきれないようで、自分のポーチからあれこれと次々に取り出す。
『クレディットは受け付けないんだよな? 旧式のスーツ以外にもいくつかあるんだ、これを手付にしてくれれば、後で全財産を現物にしてくるから!』
「こちらのスーツでお支払いでしたね。ありがとうございました」
『店主!』
どこまでも取り合わない津雲に、カウンターを叩く客。
ヘルメットで表情は見えないが、熱意だけは無駄に伝わってくる。
無意識だろうか、客が腰に手をやった。ホルスターが見えている。それを見た豊島もまた腰に手を添える。
『なあ、こんなことを言いたくないが、この店にそのアイテムは釣り合わない。頼むよ、これ以上を言わせないでくれ』
「それを抜いたら、おたくはお客じゃなくなるが……それでいいのかい?」
津雲は少しだけ声のトーンを落とした。
これは警告だ。少しだけ殺気を乗せて、その目を見つめる。
察しの悪くない相手であれば、そこで気づいてくれるが。
『っ! す、すまない』
幸運にも我に返ったらしい客が、慌てた様子で後ずさる。
津雲は無言でカウンターの上を指した。売買の完了した箱もそうだが、出された品々は引き取るべきものではない。
頷いてポーチにそれらをしまい始めた客は、早口で言い訳を続けた。
『凄いモノを見たせいで、どうかしていた。悪かった』
「ま、仕方ありませんね。忘れましょ、お互い」
『ああ。それじゃ。また来るよ』
「ご縁があれば」
そっけなく告げると、何度も頷いて右手の扉の向こうへ去っていく。
静寂が戻ったところで、津雲はカウンターを動かしながら豊島に向き直る。
「もう大丈夫だよ、豊島さん」
「あ、ああ。危うく覚悟を決めるところだった」
「そりゃ危ない」
もしもあの客が抜いていたら、豊島は撃っていただろう。だが、おそらく実弾ではスーツを破くことすら出来なかったに違いない。
ぎりぎりの所で平和裏に終わってくれてよかった。
「あの小箱は、そんなに凄い品なのか?」
「まあね。あのお客の世界でも、造られた当時は五千年くらい先のテクノロジーだって評判だったみたい」
「五千年って言われても」
「光を材料に、無尽蔵にエネルギーを生産して供給する充電器だと思ってくれればいいよ。燃料問題が解決するね」
実際は、解決するどころの騒ぎではなかったらしい。一度に供給できるエネルギー量も膨大なのだ。備忘録には、小箱ひとつで惑星ひとつ分のエネルギーを賄えるほどだと書かれている。
小箱を持ち込んだ人物は、どういう思いで置いていったのか。
「なあ、店主」
「だから駄目だって。持ち出し厳禁」
ブレない豊島に、津雲は苦笑を漏らした。
不機嫌そうな顔をするが、今回に関しては安心して諦めさせられる。
「というか、この世界では使い物にならないからねコレ」
「何故だ!? 発電所に接続すれば――」
「全国の電線が一斉に焼け落ちると思うよ。強すぎて」
テクノロジーのレベルの違いは、伊達ではないのだ。
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