七臥古物店 スタッフ名鑑
仕入れスタッフは耳長族
七臥古物店の周囲には、少し古いつくりの日本家屋が立ち並んでいる。
これといった共通点は見いだせず、名義上はどれも個人所有の邸宅なのだが、実際は全て七臥古物店の所有する建物である。
この事実は、代々の古物店の店主とその家に住んでいる本人たち、そして一部の古くからの常連くらいしか知らない。
「ツクモ! 帰ったぞ!」
「やあ、おかえりリル。怪我はなかったかい?」
「もちろんだ! 今日も色々と仕入れてきたぞ! 褒めろ!」
店に運ばれてくる品物は、美術品や薬品の類ばかりではない。生物だって商品として交換されていくことはままあった。
こちらの世界では生き延びることの出来なかった動物や、まったく違う生態系の中で育った植物。そして、人間。
生国を滅ぼされて奴隷にされた者であったり、食用として捕獲された『生きた保存食』であったりと、立場や来歴は様々だ。
古物店としては、相手が品と見定めたものである限り取引をするのがルールなので、結局は受け入れるしかない。
「流石はリルだね。どれも随分と値打ちがあるよ」
「ふふ! そうだろうそうだろう!」
とはいえ、店もそれらの人物を売り物として並べるのには抵抗があった。そもそも最初に扉を通ってこの地に現れた人物こそが、初代店主の奥方だと言われているのだ。
そこで代々の店主たちは、店の周囲の土地を少しずつ買い受け、そこに売られてきた人々を住まわせることにした。
以後、大小様々な問題をなんとかやり過ごしながら七臥古物店は繁盛していき、現在では店の周囲は事情を知る者たちから七臥長屋と呼ばれるようになっている。
古物店に『保護』された者の多くは、自分たちの命と尊厳を守ってくれた店主に感謝した。いつしか彼らの一部は古物店の仕事の手伝いをするようになり、それ以外の者も自分たちの楽園である店と長屋を守るためには労を惜しまない。
「ところでツクモ」
「どうしたの?」
「私が仕入れに行っている間に、何やら知らない女が店に入り込んだ形跡があるのだが」
すんすんと小ぶりの鼻を鳴らしながら、リルが口を開く。
普段は茶色のウイッグで隠している白みがかった金髪に、細められた緑色の瞳。仕入れに行く時と戻ってきた時だけ見る凛々しい彼女の姿が、津雲は昔から好きなのだ。
街に出ると一回の外出で五回は声をかけられるという美貌でじっと見つめてくるリルに、にこやかに答える。隠すことはひとつもない。
「警察の新しい担当が女性だね。そう言えばリルとは入れ違いだったかな」
「そうか。では次に来る時には挨拶をせねば」
「明日の朝には来るよ。基本的には休み以外は毎日顔を出すから」
「仕事熱心なのだな」
リルが薄く笑みを浮かべると、部屋の温度が少し下がったような気がする。
一緒に仕入れから帰ってきた耳長族の二人が、寒かったのかぶるりと体を震わせた。
「おっと、ごめんごめん。暖房弱かったか。まだまだこっちは寒い時期だからね。そうだ、餅食べる?」
「寺井さんの店のだな? ぜひいただこう」
リルたちが今回向かった世界がどんな世界だったかは分からないが、彼女の好物である寺井さんの店の切り餅がない場所だったのは確かだ。
津雲はオーブンの暖気をしてから、餅を取りに行くべく冷蔵庫へと向かった。
残されたリル以外の耳長族の二人が、やれやれと溜息をついた。
聞きとがめたリルはじろりと睨みつけるが、二人ともどこ吹く風だ。
「何で店主はこう、鈍いのかなぁ」
「駄目だよジャーイ。リルは店主には何があっても殺気を浴びせたりしないんだから。どうやってるか分からないけど、器用だよね」
「本当に!? 健気というかなんというか」
「うるさいな」
顔を赤らめるリルに、二人はにやにやとするばかりだ。
ジャーイと呼ばれた方の長身の女が、笑みを深めながら告げる。
「で、今回こそ店主に手渡すんだろ?」
「な、何の話だ!?」
二人はリルが別の世界でこっそりと津雲へのプレゼントを買ったことを見抜いている。と言うより、耳長族仲間では有名なのだ。
「今日も渡せなかったら、またリルの部屋にオブジェが増えることになるな」
「いいんだよルペ、それはそれで。店主好みの品を飾れば、『リル、趣味がいいんだね』って褒めてもらえるんだから」
「なるほど!」
「お前らッ!」
リルが怒鳴りつけるのと、津雲が戻ってきたのはほぼ同時だった。
津雲は目を円くして、三人を交互に見やる。
「どうしたんだい、リル。めずらしいね」
「あっ、ツクモっ!?」
声を荒げるリルをほとんど見たことのない津雲に、これまた珍しくあたふたとしてしまう。
津雲は皿に積んだ餅をオーブンに手際よく入れながら、リルに笑いかけた。
それだけでリルの顔面は、先ほどとは別の意味で温度を上げる。
「お腹が空くと気が立っちゃうから。もう少し待ってね」
「あ、いや、その」
「あとは海苔と醤油があれば完璧だな。リル、醤油は砂糖入れるかい?」
「う。お願い」
「りょーかい」
再びキッチンへと姿を消す津雲。
リルはそれを赤い顔で見送ると、静かにジャーイたちに振り返った。
激変するリルの表情に、二人の顔から血の気が失せていく。
「覚悟はできているな?」
「て、店主にバレるよ!?」
「なあに、そんなヘマはしないさ。私にツクモの前で恥をかかせてくれた礼だ」
こきり。リルの指の関節が硬い音を立てた。
「あれ? ジャーイとルペは?」
「やっぱり寒いから、垢を落とすついでに風呂に入ると言って戻ってしまった。すまない」
津雲がキッチンで砂糖醤油を作って戻ってくると、部屋に残っていたのはリルだけだった。リルの説明に、津雲は思わず頭を掻いた。
若い女性にはそういう配慮も必要だと分かっていたのに。
「あ、それは気が利かなかったね。リルもそうする? 報告と餅は後でも――」
「いや、先に餅と報告だ」
「そう?」
「ツクモの餅を楽しみにしてたのだぞ、私は」
「そっか。それは嬉しいな」
箸を使って、オーブンから柔らかくなった餅を器用に取り出し、皿に乗せる。
次に焼く分の餅を放り込んで、皿は醤油皿と海苔の乗った盆の上へ。
召し上がれとリルの前に置くと、何やら悩んでる様子で。
「次も焼くから、遠慮しないで食べてね」
「ありがとう。それでだな、ツクモ。た、食べる前に!」
「ん?」
「これっ!」
意を決したらしいリルが、腰に提げていた袋をむしり取るようにして、津雲に差し出してくる。顔は真っ赤だ。
受け取ると、何やらほのかな甘い香りが漂ってきた。
「あ、いい香り」
「そうだろう!? マーゼヴィーク界にしかないという特産のハーブティだ! ぜ、ぜひツクモに飲んでほしくて」
「お土産かい? 嬉しいよリル、ありがとう」
「本当か!」
感極まった様子のリル。そこまで大げさにしなくてもと思うが、津雲としても彼女の気遣いは本当に嬉しい。
リルは仕入れに行くたび、自分の自腹で何かしら買い込んでくるのだが、その趣味が実に津雲と合うのだ。今回もきっと外れはないだろう。
「餅に合わないといけないから、今すぐ淹れるのはやめておこう。今度一緒に合う食べ物を探そうか」
「そっ、そうだな!」
「さ、固くなる前に食べちゃおう」
「ああ! あちち!」
満面の笑みで餅を頬張るリルを眺めていると、津雲もまた幸せな気分になる。
次に二人で茶を飲む時を楽しみに空想しながらだと、特に。
「どっからどう見ても夫婦にしか見えないってのよ」
「あれで付き合ってないってのが信じられないってのよ」
部屋の外に放り出された二つの奇妙なオブジェのそんなぼやきは、多分お互い以外の誰の耳にも届かなかった。
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