青い肌の庭師

 七臥古物店には居住用のスペースがあるが、七臥家の本来の家は実は別にある。津雲は祖父母からそちらも相続しているのだが、行き来が面倒なので店休日にしか帰宅しない。

 営業日はいつどんな客が現れるか分からないという事情もある。祖父母もほとんど家の方には戻らなかったと記憶している。


「で、どうしたのさ二人して」


 店休日。

 今日はの予定もないので久々に帰宅していた津雲は、突然の来客に困惑していた。

 インターホンが鳴ったのでドアを開けると、豊島とリルが、家の前で睨み合っていたのだ。


「月報だ。店主の印鑑が要るらしい」

「ツクモが休みだと聞いたのでな! 誘いに来た!」


 二人はどうやらほぼ同時に来たらしい。

 互いに互いを不審人物と思ったようで、今でもじろじろとうさんくさそうに見ている。

 周囲から注がれる視線を感じて、津雲は頭を掻きながら取り敢えず一言。


「ともかく入って。近所迷惑になるから」







 居間に二人を通すと、リルは慣れた様子で茶の準備を始める。

 津雲も気にせず冷蔵庫からカステラを取り出して皿に盛る。


「えっと」

「豊島さんは座っててください。こたつ、温まってますから」

「あ、はい」


 豊島は手持無沙汰にしていたが、津雲に言われてこたつに入り込む。

 津雲がカステラの皿を、リルが湯飲みを置いてそれぞれこたつに入る。


「ツクモ。この女が新しい店の担当か」

「店主、この怪しい女は?」


 早速再開される睨み合い。津雲は緑茶を一口飲んでから、それぞれ紹介する。


「リル。こちら新しい担当の豊島とよしまさん。豊島さん、この娘はうちの仕入れ担当のリーダーで得田えだリルです」

「やっぱりか。これまでの担当で一番出来が悪そうだな」

「ふむ。仕入れ担当とは礼儀がなってなくてもなれるのか」


 何が気に入らないのか、二人とも視線を曲げようとしない。

 ひとまず豊島の持ってきた書類に目を通し、印鑑を押す。先日の霊薬に関しての私見が随分と入っているようだが、特に問題はないと判断する。

 これを見た上司が彼女をどうにかして諭すだろうし、最後まで彼女が納得しなければ辞めさせられるだけだ。

 問題は、休みにも関わらず人の家で睨み合う二人。美女が台無しだ。

 どうしたものかと考えていると、庭の方から気配。


「店主」

「奥山くん!」

「庭」

「そっか。よろしく頼むよ」


 庭に繋がるガラス戸を開け、ぬっと顔を入れてきたのは、大柄と言うのも生易しいほどの巨体の男性だった。


「ひぇっ!?」


 豊島が思わずのけぞる。

 その体の大きさもだが、奥山の肌は青みがかっていたからだ。


「ば、ばばばっ!」

「ああ、バケモノじゃないから。ちゃんと紹介するから」


 津雲はいよいよ溜息をついた。これでは仕事と変わりがない。






 奥山は静かに庭に佇んでいる。

 寒さに強い、というより寒暖をそもそも感じないらしい。羨ましい限りだ。


「彼は奥山おくやまガーニー。彼の両親が住んでいた世界ではブルーオークと呼ばれる種族だそうです」

「よろしく」

「よ、よろしくお願いします」


 口調は強気なくせに、めっぽう耐性の弱い豊島が、目を白黒させながら奥山に応える。奥山は、というよりブルーオークは口数が極めて少ないので、その辺りも含めて威圧感はある。

 リルが耳長族であることも伝えた。何を思ったのか彼女もウイッグを外し、生来の髪と耳を見せている。津雲にとっては眼福なのだが、いいのだろうか。


「奥山は私と同じく、こちらの世界で生まれた。ツクモの家の護衛と、庭木の手入れをするのが役割だな」

「そ、そうなのか。というか、お前もか!」

「私はブルーオークじゃないぞ、耳長族だ」


 この期に及んで言い合いを続けるリルと豊島。

 奥山は二人の様子には頓着せず、随分と楽しそうに津雲に言ってくる。


「店主。この人、美人」

「そうだな。リルには負けると思うけど」

「リル、見慣れた」

「失礼だな奥山! ツ、ツクモは見る目があると思うぞ!」


 津雲とリルと奥山は、七臥古物店のメンバーの中では数少ない同世代の三人だ。

 その分会話には遠慮がない。奥山の好みは日本の顔立ちの女性なので、こういう話になるのは分かってはいたが。


「と、ところで店主」

「ん?」

「その、ブルーオークと言うのはあれか? ファンタジーとかで有名な」

「ゲームのやりすぎだよ豊島さん」

「うっ! そ、それにその女、見るからにエル――」

「耳長族な。私らの耳を見ると、大体みんなそう言う」


 豊島に向けられるリルの視線は何とも冷たい。

 津雲は仕方ないなと息を吐いた。これまでにも似たような反応をした者はいないわけではないので、分からなくはないのだが。


「こちらで創作されたものに近いからって、その価値観を押し付けるのは感心しないな豊島さん。リルの一族だって別に妖精や精霊の類じゃないし、部族の名前にはエもルもフも入ってない」

「そ、それはそうかもしれないが」

「あと、奥山のブルーオークのオークは木の方のオークね。奥山の種族は霊験あらたかな青いオーク樹を守護する一族なのさ」


 七臥古物店が保護している種族で、最も古いのがブルーオークだ。津雲の祖母のそのまた祖父の代に店に逃げてきた三十人のブルーオークが最初で、最初彼らは客だったらしい。

 レッドトネリコ族に追われて偶然店に飛び込んできた彼らは、レッドトネリコ族を倒す武器ではなく、身の安全を必要とした。

 その時手にしていたのが、種族名にもなった青いオーク樹の苗木だ。


「そこに生えてるやつね。彼らとその木の安全と引き換えにうちが雇ったってわけ」

「普通の樹だな」

「見る人が見たら、葉っぱだけでもくれって言うね。落ち葉でもいいからって」

「へぇ」


 奥山は、別世界の血が入っていない、この世界では唯一最後のブルーオークだ。

 他のブルーオークは耳長族や他の血が混じって、彼ほどの肌の青さと体の大きさは残っていない。

 一方で耳長族は、どうやらいくつもの世界に同系統の種族がいるらしい。時期や世界を問わず、商品として店に連れてこられる人の六割は耳が長く、いつからか自然とこの店では彼らを耳長族と呼ぶようになっている。

 あるいは、その中には自分たちをエルフと呼んだ者もいたのかもしれない。


「そんなわけだから、豊島さんもあまり怖がらないでやってくれるかな」

「善処する」

「感謝」

「お、おう」


 ちょっと信用できそうにないが、一応しっかりと頷いてくる豊島に津雲はそれ以上何も言わなかった。

 長めの髪を後ろで結ぶ奥山は、掘りの深い整った顔といい筋肉質な体つきといい津雲から見ても中々いい男だ。青い肌であることと背丈が二メートル三十あることにさえ目をつぶれば、これ以上の男などいないのではないか。

 はた目には分かりにくいが、豊島がいることで随分と上機嫌な奥山の方を見て、彼の淡い想いが成就するといいな、と思う。

 そして明らかに引いている豊島の様子に、これは望み薄かなと人知れず諦めるのだった。






 書類を持った豊島が帰宅し、庭の手入れを終えた奥山もいなくなって。

 帰り時を見失ったのか、こたつで一緒にテレビを眺めるリル。特に面白い番組ではないのだが、ちらりと見るとリルは随分と楽しそうにしている。

 津雲は津雲で楽しそうにしているリルがいれば、それだけで足りるのだ。

 と、そこで思い出す。


「そうだ、リル」

「なんだ?」

「そう言えば今日、誘いに来てくれたんじゃなかったんだっけ」

「あ」


 時計を見ると、もう昼を回っている。

 顔を上げたリルと目が合う。


「飯でも行くかい?」

「そうだな」


 リルがいそいそとウイッグをつける。

 津雲は湯飲みと皿を片付けながら、どこに行こうかと頭を悩ませるのだった。

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