七臥古物店は元気に営業中です
「やあ、田村のじいちゃん。どうしたのこんなに早くから」
「いやあ、津雲ちゃん。ゆうべ鍋に穴を開けてしまってなあ」
朝。津雲がいつも通りシャッターを開けると、七臥古物店は営業を始める。
表で待っていたのは、近所に住む田村老人だ。穴の開いた鍋をわざわざ持ってきている。
「あらら、こりゃひどい。鍋なら、こんなんどうだい」
穴の開いた鍋を受け取って、店に並べてある同じくらいの大きさの鍋を取る。
田村老人に渡すと、どうやらその軽さに驚いたようだ。
「ふへぇ、今どきの鍋はこんなに軽いのかねぇ」
「こいつはうちで引き取りでいいかい?」
「いいけど、穴が開いちまってもう使えないだろう」
「そりゃそうだ。でもこの鉄なら、引き取ってくれるところはあるんだよ」
こんこん、と鍋を叩きながら言えば、田村老人はようやく安心したようだ。
「それならぜひ頼むよ。津雲ちゃんの迷惑にならないなら大歓迎だ。それで、この鍋はいくらだい」
「そうだね、最近のって言っても中古だから、二百円でいいよ」
「二百円!? この軽いのがかい?」
「こっちの鍋の分も差し引いてるからね。よそだともうちょい高いよ」
けらけらと笑いながら、鍋をカウンターに置く。再び心配そうな顔をする田村老人に、津雲はほら二百円と手を伸ばす。
「安心しなって。これを引き取ってもらえば十分俺も潤うんだから」
「本当かい?」
「俺が田村のじいちゃんに嘘ついたことあったっけ?」
「津雲ちゃんが小ちゃい頃にはいくつもね」
「かなわねえなあ。じゃあ当時の迷惑料込みで百円でいいよ」
「おいおい、このまま話しているとタダにされちゃうよ。ほら、二百円」
苦笑とともに掌に置かれる二百円。津雲は笑みを浮かべてそれを懐にしまい込んだ。
「毎度あり」
木野こずえは、結局身分の復活は叶わなかった。
高千穂が骨を折ってくれなかったと言うより、既に殉職したものとして扱われている彼女が表に出ることが、あまり歓迎されなかったためだ。
一応、事情があって死んだことになったが無事だと本人が家族に伝えに行くことは出来たので、木野本人は満足しているそうだ。
結局、行き場のない彼女は七臥古物店のスタッフとしての新しい生活をスタートしている。
「ルムニダ、エッゲラント、セプーツ」
「発音が違うなあ。こんにちは、ご機嫌いかが」
「ルムニドゥア、エッグェラント、セプーツ」
「違う違う!」
昼休みにかこつけて様子を見に行くと、何やら広間で車座になっている。中央には木野。
受けているのは、仕入れ班の研修らしい。ヴァニラが担当している。周囲が茶々を入れるので、中々進まない。
ヴァニラの世界の挨拶を伝えているらしいが、ヴァニラと周囲が言っている方は津雲の耳には「こんにちは、ご機嫌いかが」としか聞こえない。
「お疲れさん」
「店主、皆に言ってよ! 邪魔ばっかりで全然進まないんだから!」
「いや。そもそも意味あるのか、それ」
「文化が違うことをはっきり教えるんだって長老の婆様からしつこくやらされたのよ、これ!?」
「だってほら、右手の扉を通ったらどの世界でも言葉は通じるしな」
愕然とするヴァニラに、周囲の面々が笑いを噛み殺している。全員が研修を受けた時に同じ目に遭っているのだ。だからなのか、何故だかいつも津雲くらいしか指摘しない。
木野はよく分かっていないらしく、津雲に困惑げな顔を見せる。
「別の世界の言葉は、扉が翻訳してくれるから勉強しなくても大丈夫ってことさ」
「!」
納得したらしい。ヴァニラほど恨みがましい顔をしていないのは、この手のからかいを受けた経験があるからだろう。
「店主、みんながいじめるぅ!」
「はいはい。みんなも大概にな」
いい返事が返ってくる。
よく見ると、にやにや笑っている中にはリルもいた。目が合ったので津雲が呆れた顔をすると、慌てて弁解を始める。
「ち、違うぞツクモ! これは大事な通過儀礼なんだ!」
その様子を、今度はヴァニラを含めた一同がにやにやと見守るのだ。
電気を点けると、右手の扉の周囲が赤く明滅した。
リルと手分けして棚のチェックをしていると、豊島が入ってくる。
挨拶を交わすが、何やら逡巡している様子。首を傾げると、意を決したように聞いてきた。
「その、こずえ先輩は?」
「元気にしてるよ。気になるなら顔を出してくればいいのに」
指摘すると、豊島は顔を赤らめてもじもじと。
「?」
「いやその。迷惑じゃないかな?」
「さあ? さっき顔を出して来たけど、何だかんだ楽しそうだったぞ」
「見て来たのか!? ずるい!」
そんな事を言われても。
棚のチェックを終えてカウンターに座ると、右手の扉が唐突に開いた。
革製だろう鎧を身に着けた少年が、きょろきょろと内装を見回しながら入ってくる。見るからにチョロそう、もとい純朴そうな風貌をしている。
「えっと、その」
「どうしたんだい?」
「クールプール様のお導きで……」
「ほう、クールプール神の。代価になる品はお持ちかな?」
「はい」
素直に、少年は腰に提げた袋から虹色の石をいくつも取り出してみせた。
随分と石の数が多い。なるほど、彼はクールプール神から思いのほか期待されているようだ。
津雲は人当たりの良い営業スマイルを浮かべて、棚のラインナップを変更する。
音を立てて入れ替わる棚に、少年は目を白黒とさせた。
「その石の数に応じて、好きな商品と交換致しましょう」
「す、すごい」
「では、改めて」
息を飲む少年に、津雲は笑みを浮かべて両手を広げた。
「いらっしゃいませ。ようこそ七臥古物店へ」
七臥よろづ古物店
閉店
七臥よろづ古物店 榮織タスク @Task-S
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます