第23話「異変」
23話「異変」
結婚式も終わり、緋色の生活も少しずつ日常に戻ってきていた。
2人での生活にも慣れてきて、緋色が体調を崩すことなく過ごしていた。
変わったことは、少しずつ緋色から泉に甘えられるようになってきた事だった。
彼が空手の試合などでいない事もあり、寂しくなると自分から言葉や態度で「寂しいから一緒に居たい」と伝えられるようになっていた。
それは、そう伝えた時に泉が喜んでくれるから言いやすいというのが大きいと緋色は感じていた。
忙しい時や疲れてる時に「寂しい」と言われても、余裕がなければどんなに愛している人でも、それが嬉しいと思えないだろう。けれど、彼は違った。
「ごめんね。休みの日は一緒に過ごそうね」と、優しく言って頭を撫でてくれたり、抱きしめてくれたりするのだ。それが嬉しいけれど、不安になり「鬱陶しくないの?」と泉に聞いたことがあった。けれど、彼は「なんで?俺と一緒に居られないから寂しいなんて、嬉しい事じゃない?」と話してくれたのだ。
そんな一言で不安もなくなり、彼からの愛情を感じてしまうのだ。
緋色の方こそ、彼にどっぷりと愛してしまっていた。
「美味しいレストランを見つけたんだ。今夜、そこに行かないか?」
2人の休みの日が重なったある日の朝。
ゆっくりと起きて、ベットの中でくっついておしゃべりをしていると、突然泉がそう提案してくれたのだ。
「ピザがおいしいお店なんだ。この間、試合が終わった後にランチに連れていって貰ったんだ。緋色ちゃんにも食べて欲しいなって思って」
「うん、行ってみたいな」
「よし、じゃあ決まりだね。予約しておくよ」
泉はそういうと、ベットの中で緋色の頭を撫でながら嬉しそうにそう言った。
もう昼になる前だというのに、こんなダラダラとした時間を過ごしてもいいのだろうか思ってしまうけれど、「この時間が幸せなんだよね」と、彼に言われてしまうと、止めたいと思わなくなるから不思議だ。それに、彼にくっついていられるのは、緋色にとっても日頃のご褒美のように思えてきていた。
「そろそろ起きないとね。さすがにお腹空いたかも」
「フレンチトースト作ろうかな。甘いの食べたいなぁ」
「いいね!じゃあ、起きよう。」
そう言って泉が起きる。彼は上半身が裸だった。彼の鍛えられた体を明るいところで見ると、緋色は今だにドキドキしてしまう。直視するのが恥ずかしくて、緋色が視線を反らすのを泉が見逃すはずもなかった。
「ねぇ、緋色ちゃん。一緒にシャワー浴びようか?」
「えっ…………」
緋色は彼のTシャツを着ており、下は下着姿だったため恥ずかしく自分のパジャマを探していたけれど、その言葉に思わず手を止めてしまった。
明るいところで裸になった姿を彼に見せたことがない緋色にとっては、衝撃的な提案で、どうしていいのかわからず戸惑ってしまう。
「えっと、その………まだ、恥ずかしいし………ハードル高いかな………」
「えー。体洗ってあげるから」
「………遠慮しておきます」
緋色は顔を真っ赤にして、彼に背を向けるとくくくっと笑いながら「残念だなー」と部屋を出ていった。
泉が諦めてくれた事に感謝し、彼が戻ってくる前にと、急いでパジャマに着替えたのだった。
その日は2人で家の掃除をして過ごし、早めに家を出て買い物をしながらレストランに向かうことにした。
秋も近づいてきたので、温かいカーペットやクッションカバーなどを購入し車に乗せて、どんな部屋にするかを話し合った。
そんな休みの日らしい1日も終わりに近づき、今日のメインであるレストランに到着した。
「地下にある店なんだけど、海外にあるような洋風のレストランですごくおしゃれなんだよ」
「楽しみだなぁー」
「緋色ちゃんはワインとか飲む?」
「泉くんは車だし………また今度にするよ」
「気にしなくていいのに」
そんな他愛ない話をしながら、地下へと向かう階段を下りる。赤と白の煉瓦の壁が古びた雰囲気を出してた。木製のドアには「open」と書いてあるプレートがかかっており、泉はそのドアを開けてくれる。
緋色は先にその店に入ると、照明がやや暗いおしゃれな雰囲気の店内が目には言った。白のシャツに黒のズボン、エプロンをした紳士的な店員が緋色を迎えてくれる。が、緋色はそれよりもお店のテーブル一つ一つに置いてある、あるものに目がいってしまい、それを呆然と見つめた。
「…………蝋燭…………」
円形のガラスの中でゆらゆらの揺れる火。その店にはキャンドルのぼんやりとした光りで包まれていたのだ。
それが何かを頭で理解した瞬間、緋色の胸はドクンッと大きく鼓動した。
そして、体が震え、目の前の視界がぐらりと歪んで立っていられなくなる。
緋色はふらつきながら、逃げるように後ろへと足を向けようとした。
「あ…………っっ…………いや…………」
「お客様?」
緋色の異変に気づいたスタッフが近寄ろうとすると、緋色は「いやっ…………こわい………」と、ビクッと体を震わせ、手で頭を覆うようにガードした。
「緋色ちゃんっ?!」
後ろにいた泉も緋色の異変に気づき、緋色の体を支えながら彼女の顔を見つめる。目の焦点が合っておらず、緋色の顔色は真っ青で、体も小刻みに震えていた。
泉は咄嗟に店内を見てハッとする。
「キャンドル…………。お昼に来た時にはなかったのに」
泉はそう呟き、緋色の体を抱き寄せる。
緋色は自分が今どこにいるのか、誰と一緒にいるのかわからなくなっていた。ただわかるのは、暗闇に光る複数のキャンドル。そして、カチッカチッと鳴る時計の音。その場所に独りで踞っているという事だった。それがどこなのかはわからない。けれど、怖くて仕方がなかった。
「あの、お客様。大丈夫ですか?」
「………すみません。妻の体調がすぐれないようで。今回の予約はキャンセルさせてください。お代は支払いますので」
「いえ。今回はけっこうですので、お大事にしてください」
「………申し訳ないです。ありがとうございます」
泉は店のスタッフに頭を下げると、緋色の肩を抱いて店を出た。
「緋色ちゃん、大丈夫?」
「ぃゃ…………こわい…………っっ………や…………」
「ごめん…………怖い思いをさせて。俺がしっかりしてなかったから」
緋色の耳に誰かの優しい声がした。
そして、甘い香りと温かい体温。
真っ暗な視界と、キャンドルの光りの中でも、何故か安心出来るものだった。
「ゆっくり深呼吸するんだ」
「………あ…………だれ…………」
「俺だよ………泉だ」
「……………………」
その声を聞いて、ゆっくりと呼吸を整える。すると、先ほどまでの景色に光りが差し込み、誰かの顔が見えた。それが男性だとわかると、緋色はビクッと怯えてしまう。けれど、よく見るとそれは緋色が大好きな人だった。
「いずみ………くん?」
「あぁ………よかった。俺だよ………」
「うん…………よかった………泉くんだ…………」
緋色は安心したのか、体の力が抜けた。
それを泉が支えて抱きかかえる。
「もう大丈夫だから。ゆっくり休んで」
「ん…………」
いつもの優しい声と甘い綿菓子の香り。
それが緋色を現実へと戻してくれる。
緋色はそのまま、ゆっくりと瞳を閉じて、そのまま眠ってしまった。
そんな緋色を見つめながら、泉は悔しそうに歯を食い縛り緋色を強く抱きしめた。
「くそっ………まだ、ダメなのか………」
緋色の体の震えや真っ白だった顔は、ゆっくりと元に戻っていた。
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