第11話「質問」
11話「質問」
宝石はこんなにも美しかっただろうか。
左手で華やかに輝く指輪を見て、緋色は小さく微笑んでしまう。
プロポーズを受けることは、知らない間に心のどこかでもう決めていたのかもしれない。
いつかは結婚しなければいけない。好きな人などいない私は、きっと誰かが決めた人を暮らすのだろう。そう覚悟して生きてきた。
だから、誰と結婚しても同じなのだ。
そんな風に始めは思っていた。
けれど、どうしてだろうか。
隣にいる泉と出会ってから、一緒に過ごす時間が楽しくて、結婚したらどうなるのだろうかと幸せな未来を想像できた。
結婚してからでも恋は出来るのかもしれない。
そんな風に思えたのだ。
「その指輪、気に入ってくれた?」
「え………うん…………。もしかして、変な顔してた?」
「変な顔ではなかったけど、微笑んでくれてた。」
嬉しそうに微笑みながら運転をする泉。
彼は私の婚約者になった。
出会って1週間で結婚が決まり、あっという間に正式に夫婦になるのだろう。そう思うと不思議な気持ちだった。少し前の緋色には想像も出来ない事だった。
「緋色ちゃんに見て欲しい場所があるんだけど………よってもいいかな。」
「うん。泉くんに任せるよ。」
そう返事をしたけれど、もう少しで緋色の自宅へ到着する道だった。今日のデートはもうおしまいなのかと、少し残念に思っていただけに、緋色は嬉しくなった。
「ここだよ。」
「え…………ここ…………?」
泉が車を停めた場所。
そこには、小さいけれど綺麗な2階建ての家があった。塀が高くて中はよく見えなかったけれど、庭もあるようだった。駐車場にも厳重な扉がついており、泉が先ほどリモコンのようなもので、扉が開けていた。
「ここ、俺の家なんだ。」
「泉くんのおうち………。」
緋色はそれを聞いて驚いてしまった。
まさか、すぐに自宅に案内されるとは思ってもいなかったからだ。
「ちょっ………ちょっと待って!私、今日は心の準備が出来てないし。それにお土産のお菓子とかも持ってきてないわ。………挨拶の言葉も考えてないし。」
あたふたと焦る緋色を見て、1度ポカンとした後、はははっと泉は笑った。
「ごめん。勘違いさせたね。ここは実家じゃなくて俺の自宅だよ。ここに一人暮らししてるんだ?」
「こ、ここで一人暮らし!?」
緋色はご両親に挨拶するのだと思ってしまい、焦っていたけれどそれは早とちりだったようだ。安心しつつも、彼の言葉に更に驚いてしまう。
白くて綺麗な家が彼の物だというのだ。自分より若い彼がすでに家を持っているというのは驚くしかない。
「…………すごいわね………。」
「まぁ、そこそこ売れてるから。」
と、冗談混じりにそう言うと、泉は車から降りたので、緋色も同じように駐車場に降りた。そこから庭が繋がっているつくりになっていた。ただ木が塀に沿って並んでいるだけの小さなスペースだったけれど、それでも緑があると、落ち着いた雰囲気になる。
「緋色ちゃん、こっちだよ。」
泉に呼ばれて玄関に向かう。扉は木で出来ており、中央にはステンドグラスが嵌め込まれていた。青と緑と白の花が咲いている。
「緋色ちゃんが良かったら、だけど………俺と緋色ちゃんが一緒に住む家だよ。」
そういうと、そのドアの鍵を開けた。
泉がドアを開け、その部屋に入る。そこは、木の香りがするとても広々とした玄関だった。正面には2階に続く階段もある。
緋色は、その家の中を呆然と歩いていた。
ここが自分の家になると思うとそわそわしてしまうが、それとは違って妙な気持ちになっていた。
「帰ってきた。」という思いだった。
「こっちがリビングと、キッチン。」
泉に案内されると、そこは白を基調とした部屋だった。木もたくさん使われた部屋や家具だったけれど、白いソファやテレビ台などがあり清潔感のある室内となっていた。
キッチンも白で綺麗に整頓されていた。
「1階は、お風呂とトイレ。あとは和室があるよ。」
「………広い家だね。」
「2人で住むには十分な広さではあるね。次は2階に行こうか。」
1階をぐるりと回った後、廊下に出て2階に上がる。そこには、4室ほどの部屋があるようだった。
「2階にもトイレがあるよ。あとは寝室と、俺の書斎。」
1番広い部屋は寝室。大きなベッドと大きな窓がある。クローゼット以外はサイドテーブルとテレビがある以外は何もないシンプルな部屋だった。泉の書斎は小さかったけれど沢山の本に囲まれた部屋だった。机にはノートパソコンが置かれており、背もたれが長い立派な椅子もあった。
「部屋はあと2つだよ。書庫にもなっている部屋と…………。」
「ここ………。」
緋色は最後の一室に誘われるように向かう。ここは知っている気がする。
「緋色ちゃん?」
彼が自分を呼ぶ声がする。けれど、緋色はゆっくりとそのドアに近づき、自分でその扉を開いた。緊張しながらそのドアの先を見つめる。
すると、そこには何もないただ広い空き部屋があった。
「え…………。」
緋色は何故か喪失感を感じ、悲しくなってしまい声が出た。ここには、何かがあると思っていた。けれど、何もない。それが、とても切なくなるのだ。
「緋色ちゃん………ここは空き部屋だ。」
「そうだね。ごめんなさい、勝手に開けてしまって。」
「いいんだ。………ここは緋色ちゃんの部屋にしたいなと思ってるんだ。」
「そ、そうなんだ。窓も沢山あって、いい部屋だね。嬉しいな。」
「………よかった。」
緋色の様子がおかしかったのに気づいたの、泉も少しよそよそしい雰囲気で話をしてくる。やはりこの部屋には何かあったのかもしれない。
緋色はそんな気がした。
リビングに戻ると、泉はコーヒーとお菓子を出してくれた。昼食を遅めにとってしまったため、夕飯の時間でもまだお腹が空かないからと、お菓子を買ってきたのだ。2人でソファに座り並んで話をした。
彼の家にいる事がまだ不思議な気分だった。
「突然家なんかに連れてきちゃってごめんね。どうかな、ここの家で暮らすのって………。」
「私の部屋は小さいし…………泉くんがいいのならここに住まわせて欲しいな。」
「それは大歓迎だよ!」
「…………ありがとう。今日、こうやってお家を見ておけてよかった。けど、こんなに近いなんて思ってなかったわ。」
「うん。そうだよね………。」
泉はそう返事をすると、コーヒーを一口飲んだ。
緋色がプレゼントした眼鏡はまだずっと着けており、温かいコーヒーを飲んだからか、少しだけレンズが曇った。
「緋色ちゃんがよかったら、早めに引っ越ししない?もちろん、楪さんに結婚の挨拶をして会社とかにも連絡してからでいいから。」
「……そうだね。早めに引っ越し出来るようにするね。」
「もちろん、引っ越しの手伝いはするよ。」
「ありがとう、泉くん。」
緋色はそう微笑むと、泉はホッとしたように微笑み返した後に、緋色を優しくと抱きしめた。まだこうされるのには慣れておらず、緋色は体を硬くしてしまうと、泉は困ったように声を掛けた。
「そんなに硬くならないで。まだ、緊張しちゃうんだね。」
「だって………まだ、泉くんとは会ったのは2回目だよ?」
「そうだったね………。そんな感じはしないけど。」
泉が言う通り、彼と会ったのが2回目だというのは信じられない思いだった。電話を毎日していたからかもしれない。
けれど、彼とは何か深い繋がりがあるような気がしていた。
「今だに信じられないよ。君が俺のものになるなんて……。」
「それは、私も同じだよ。結婚するんだね。」
「そうだよ………。だからって、急がなくていいからね。ゆっくりお互いを知っていこう。聞きたいことがあったら聞いて、思ってることがあったら話していこう。」
「…………。」
結婚したら、何事も話し合って2人で助け合って生活をしていくのだ。
気持ちを伝えて、お互いを知っていく。
それならば………彼に聞きたいことがある。
今のうちに泉に聞いておいた方がいいのではないか。
いや、知りたいと緋色は思っていた。
彼が優しくそう言ってくれたのだ。
今がチャンスかもしれない。
そう思って、緋色は口を開いた。
「い、泉くん。」
「ん?どうしたの………?」
「泉くんに聞きたいことがあったの。どうしても気になってたこと。」
「…………うん。どんな事?」
泉は優しく微笑みながら緋色を見つめていた。
彼に聞いてもいい事なのだろうか。
自分の勘違いだったらどうしよう。
そう思いながらも、緋色は思い切って口を開いた。
「泉くんは………私が記憶がなくなる前にも、私に会っていたの?私が知らない、私を知ってる?」
ずっとずっと気になっていた事を、彼の腕の中でやっと問う事が出来たのだった。
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