第18話「好きの気持ち」
18話「好きの気持ち」
モヤモヤした気持ちのまま、数日が過ぎた。
泉と一緒に居た女の子は誰だろうか?
そんな事を考えていると、自然とため息が出て視線も下を向いてしまう。何となく泉と話す時もぎこちなくなってしまっていた。
泉は緋色の変化にすぐに気づいて「どうしたの?」と、聞いてくれるけれど、緋色はいつも答えられずに曖昧に濁してばかりいた。
それに、仕事終わりは毎日のように迎えに来てくれた泉だけれど、最近は仕事が合わないと言って、なかなか来てくれなく帰りも遅くなる事が多かった。
その事が更に緋色の不安を大きくした。
彼を疑ってるわけでもない。
けれど、恋愛での結婚ではない2人。
他に好きな人がいてもおかしくないのだ。
「はぁー………。」
大きなため息をついてしまう。
すると、隣のデスクに座る先輩の愛音が「どーしたどーした?」と、笑顔で話し掛けてきた。
緋色は驚きながらも、仕事に集中しないで上の空になっていたのに気づき、「すみません!」と、パソコンのキーボードに手をのせた。
すると、愛音は「違う違う。」と、笑いながら椅子をこちらに寄せて緋色に近づいてきた。
「婚約した女の子がため息なんて、どうしたの?今日も婚約指輪してないし。」
「仕事にしてくるのは、やっぱり気になって………目立つデザインですし。」
「婚約したって幸せを満喫する時期なんだから気にしなくていいのに。それに、あんなにイケメンの旦那様なのに。」
「…………私には勿体ないぐらいの相手です。」
「………なるほどね。」
緋色がシュンとしている姿を見て、愛音は何かを察したのか、ジッと緋色を見てからポンポンッと優しく肩を叩いた。
「今日は外でランチしましょ。私の奢りよ。」
「え、そんな………。」
「いいからいいから。私が誘ったんだから、気にしないで。ランチまでの時間で、その仕事終わらせましょ。」
「わかりました。愛音先輩、ありがとうございます。」
緋色が丁寧に頭を下げると、愛音はニッコリと笑って自分のデスクに戻っていった。
緋色は心の中でも愛音に感謝の気持ちを伝え、残りの仕事を終わらせようと、パソコンの資料に集中した。
「で、何かあったの?空手王子様と。」
「か、空手王子?」
「知らないの?ファンの間ではそう呼ばれているみたいだよ。」
「そ、そうなんですね。」
愛音とのランチは近くの定食のお店だった。
このお店の親子丼が絶品で、お昼時にはかなり並ぶのだが、今日は早めにランチの時間にしてもらったので並ばずに入店する事が出来た。
トロトロの卵と、大きめに切られた鶏肉を食べながら、愛音はさっそく話を切り出してきた。
愛音には、結婚相手が松雪泉だと話している。初めは驚かれたけれど、「いい人ゲット出来てよかったねー!」と、嬉しそうにお祝いしてくれたので、緋色は安心した。
「ファンの間でも、結婚はショックだったみたいだけど、一般人と付き合ってるってずっと話してたみたいだから、そこまで大事にはならなかったみたいだね。」
「そうなんですね…………。よかった。」
「それなのに。どうして、緋色ちゃんはそんな悲しそうな顔をしているのか、が今日の議題なのよ。さぁ、先輩に話してごらんなさいっ!」
箸でどんぶりをトントンッとつつきながらそういう目の前の先輩に思わず微笑んでしまう。愛音と話していると、緋色はとても明るい気持ちになれるのだ。優しく包容力がある頼れる先輩。泉と雰囲気が少しだけ似ているなと思ってしまう。
そんな先輩ならばきっと話しても大丈夫だろう。そう思い、この間見かけた光景を愛音に話した。
すると、愛音は「そんな事だったのー?」と驚いた顔をした後に、優しく微笑んだ。
「緋色ちゃんは本当に心配性だね。まぁ、そういう所が可愛いんだけどね。」
「そ、そうでしょうか………?でも、泉くんはすごく楽しそうに話していて。」
「んー……じゃあ、緋色ちゃんは、今、私と話して楽しく笑ってるとするでしょ?それを遠くから選手が見ていたら、どう感じると思う?」
突然の質問に、ぽかんとしながらも彼女の質問を考えて恐る恐る答えを口にする。
「たぶん、女性同士なので何にも思わないと思います。」
「そこよっ!」
箸をビシッと緋色の方に向けながら、やや大きな声でそういう愛音。緋色は驚いて思わず体をビクッとさせてしまう。愛音はそれに構わずに、真剣な顔で言葉を続ける。
「友達や仕事仲間ならば普通に笑うわ。特に仲がいい同士ならね。それは異性でも同じ。緋色ちゃんだって上司とランチに行けば笑うでしょ。」
「そうですが…………。」
「それに、もし浮気するならそんな緋色ちゃんの会社の近くの、しかも大通りに面したカフェで会ったりしないわ。結婚しているなら、特にね。」
「…………そう、ですね。」
愛音の話を聞いていると「普通の結婚なら、そうだ。」と思ってしまう。
けれど、緋色と泉の結婚は違うのだ。
それを、彼女に話すわけにはいかない。
「んー………まだ納得出来ないの?」
「いえ、そんな事は……。」
「でも、泉選手って恋人を溺愛してるってよく話してるって聞くよね。」
「それは前の彼女さんじゃないかなって思います。私はすぐに婚約でしたし………。」
マイナスに考えてしまうの悪い癖だ。
記憶がなくなってしまい、不安になってしまうのを理由にして、緋色はいつも他人の顔色を伺ったり、自分に自信がなかったりしてしまう。
それは緋色自身でもわかっている事だった。
けれど、すぐにその性格を変えられるのならば、今こんなにも悩んでいないだろう。
緋色はとろとろの卵を少量すくって、口に入れた。出汁が聞いて、ほんのり甘い味が口に広がる。それだけで、少しだけ安心する。そんな温かみのある味だった。
「緋色ちゃんは、泉選手に選ばれたんだよ!それは変わらない事実。そして、泉選手のお嫁さんは緋色ちゃん。それも変わらない!だから、思い切って聞いてみたらいいんじゃないかな。泉選手は、しっかりと答えてくれるはずだよ。」
「………そうでしょうか………。」
「それとも浮気をして逃げていくような男の人なの?」
「そ、それは違いますっっ!!」
思わず食具を置いて大きい声で反論してしまい、緋色はすぐにハッとして両手で口を塞いだ。けれど、すでに遅く周りのお客さん達は何事かと怪訝な表情で緋色を見つめている。緋色は、「すみません………。」と、周りにお辞儀をしながら迎えに座る愛音を見ると、ニヤニヤと笑っている。
「………泉選手が大好きなんだね。」
「………わ、私がですか?」
「え………?」
「え、あ………大好きですよ。泉くんの事!」
焦って返事をする緋色を見て、不思議そうにしていた愛音だったが、「まぁ、頑張って。旦那さんを信じなきゃダメだよ。」と言ってくれた。
愛音に言われて、思わずドキッとしてしまった。
緋色は何故彼と他の女性が一緒に居て、悲しくなったのか。そして、その女性と自分を比べてしまったのか。
そんな事は考えもしていなかった。
けれど、その気持ちにぴったりの言葉を緋色は知っている。
「嫉妬」だ。
それを理解した瞬間に、緋色は顔が真っ赤になった。
「私………泉くんが好き………なんだ。」
言葉にしてしまうと、それは緋色の心にすっと馴染んでいた。
きっと少し前からその感情はあったのだろう。それに、緋色が気づかないようにと心に蓋をしてしまっていた。
けれど、その気持ちに1度気づいてしまったら、もう変えられない。
緋色は定食屋で真っ赤になりながら、しばらくの間、呆然としてしまった。
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