第24話「嘘と夢」
24話「嘘と夢」
★★★
「はい…………今は落ち着いて眠っています。また、何かありましたら連絡します。すみません、失礼します」
リビングで電話をしていた泉は、相手が通話を切ったのを確認してから、スマホをテーブルの上に置いた。
はーっと深いため息を落としてから、泉は立ち上がり寝室へと向かった。音を立てないようにドアを開ける。サイドテーブルにある間接照明だけがついた寝室に入ると、まだ緋色は起きていないようで、すやすやと眠っていた。
泉はゆっくりとベットに近づき、膝をついて座り彼女の寝顔を見つめた。緋色はとても穏やかで落ち着いているようで、泉はホッとした。
「ごめんね、緋色ちゃん………また怖い事を思い出させちゃって。俺がしっかり確認しなかったから」
小さな声で寝ている緋色に謝罪をする。もちろん、彼女に届くはずもない。けれど、寝ている時でないと謝れないのだ。泉は、緋色の左手を両手で優しく包む。緋色の薬指にある指輪だけが冷たかった。
「君を守るって決めたんだ。もう、緋色ちゃんを苦しめるものから絶対に守りぬくから。だから………」
苦しげに声を出し、泉は緋色の左指にそっと唇を寄せた。
「もう苦しいことは忘れてくれ。思い出さないで………」
願い事を言うかのように、泉は目を瞑り祈りながらその言葉を残した。
☆☆☆
緋色が目をさますと、もうすっかり朝になっていた。いつも隣りで眠っている彼もいない。
ハッとして、時計を見ると午前10時となっている。半日以上寝てしまっていたのだ。
「うそ…………。会社に電話してない!」
緋色は飛び起きてサイドテーブルに置いてあるはずのスマホを取ろうとしたが、そこには見つからなかった。
部屋を飛び出し、リビングに向かうと緋色のバックがテーブルの上に置いてあった。そのから、バックを取り出そうとした時だった。
バックの隣に置き手紙とラップに包まれている、サンドイッチと果物が置かれていた。
置き手紙には「会社には休みの電話いれておいたからゆっくり休んで。昼過ぎには帰ってくるよ。家から出ちゃダメ!」と、泉の字で書かれていた。
泉が会社に電話してくれたのはありがたかった。緋色はスマホを開き、上司に電話をした。
昨日倒れてしまい、今まで起きれなかった事。自分が休みの連絡を出来なかった事を謝罪した。上司は『目が覚めたようで安心したよ。明日も無理そうだったら連絡して。有給は沢山残ってるんだ』と言ってくれたので、緋色はホッとした。そして、『愛音くんが君と話したいみたいだ。』と、愛音にも電話を変わってくれた。
「愛音先輩。今日は突然休んでしまいすみません。引き継ぎの連絡も出来なくて。」
『いいのいいの。それより大丈夫なの?倒れたって聞いたから心配してたのよ』
愛音は、心配そうに緋色に声を掛けてくれる。上司も愛音も緋色にとって大切な人だと改めて感じた。
「はい。もう元気なので。ご心配お掛けしました」
『緋色ちゃんは通院以外で全然有給使ってないんだから、明日も休めばいいのよ』
「ありがとうございます。でも、大丈夫ですよ。明日は出社します。また、明日からよろしくお願いいたします」
その後、愛音に引き継ぎをした後に緋色は電話を切った。
フーッと息を吐いてから、ソファに座った。
まだ、体が重く感じてしまう。ただ電話しただけなのに疲れたと感じてしまうぐらいだ。今日は仕事を休んでよかったと思った。
昨日の事は、緋色自身もよく覚えていた。
レストランに入店し、テーブルの上にあったキャンドルを見た瞬間から目の前が真っ暗になったのだ。
そして、意識は全く違うところへと飛んでしまった。
緋色は昔からキャンドルの光と、時計の針の音が苦手だった。キャンドルの光は見ないようにしていたし、時計の針の音もデジタル時計や電波時計が多くなり耳にする機会がなかった。
それに今気づいた事だが、泉の家にもこの2つは置いていなかった。
そして、緋色の反応を見ても、彼は落ち着いて対応してくれたようだった。
緋色が苦手なものを泉は知っていた。
緋色はそう理解した。
「やっぱり泉くんは、私の事知ってたんだなー。何で隠すんだろう?」
緋色はそう呟きながら、ソファの背もたれに頭を乗せて少し考えてみたものの答えは出なかった。
その時、「ぐーー。」と間抜けな音が聞こえた。緋色のお腹の音だった。昨日の夜から何も食べていないのだ。
緋色は、彼が準備してくれた朝食をありがたくいただくことにした。
ご飯を食べた後は、シャワーを浴びるとそれだけで疲れてしまったのか、ウトウトとしてしまった。
お昼過ぎには帰ってくると泉は置き手紙に書いてくれたので、待っていようと思ったけれど、緋色はいつの間にかソファに横になって寝てしまっていた。
夢の中で緋色はまた昨日と同じ夢を見た。
真っ暗な部屋に独り座り込み、ゆらゆらの揺れる小さな火を見つめ、部屋の鳴り響く時計の針が時を刻むのをただ聞いていた。
何が怖いのかはわからない。
けれど、怖くて震え涙が出てくる。
早くここから出たい。
出ないと酷い事が起こる、と頭では思っているのに、その場から逃げられないのだ。
喋ることも出来ずに、ただ震えている。
こんな夢なんて、見たくない。
早く目を覚ましたい。
でも、どうやったら起きれるのだろうか。
やっとの事で口を開けて、叫ぼうと思った時だった。
「緋色ちゃんっ!?起きてっ!………大丈夫だからっ!」
「はっっ………っっ………。」
泉の声が聞こえて、緋色はパチッと目を覚ました。
すると、眩しいぐらいの太陽の光と、愛しい彼の顔が目に入った。
「泉………くん?」
「よかった……今、うなされていたから心配したんだ。また、昨日みたいに何か思い出したの?」
泉は緋色の体を起こしながらそう質問してきた。彼の体に支えられながら起きると、いつもの甘い香りがする。この香りを嗅ぐだけで、緋色は落ち着けるような気がした。
「ううん。違うの。うとうとして寝てしまったら、また嫌な夢を見てしまって。起きたいのに起きれなかったから………起こしてくれて、ありがとう。」
「そっか。ほら、泣いてる。無理しないで」
「うん………」
緋色の目尻についた涙の粒を親指で拭い、泉は「ただいま」と頬にキスをしてくれる。緋色も固く微笑みながら「おかえりなさい」と、返事をした。
「また眠る?寝室に行こうか」
「もう大丈夫だよ。あんまり寝ちゃうと夜寝れなくなって明日の仕事辛くなるから」
「明日も仕事休めばいいのに」
「そんな。もう大丈夫だから」
心配そうにしている泉に、苦笑しながら答える。彼は自分の事になると、本当に心配性になるなと緋色は思った。
それはやはり過去の事故の事なのだろうか。
疑問ばかり残り、自分の記憶がない事が悔しくなってしまう。
「私がキャンドルとか時計が苦手なの、知っていたんだよね?このお家になかったし」
「………あぁ、そうだよ。楪さんから聞いていたんだ。事故でそうなったんだって」
「え………事故で………?」
泉の言葉に緋色は驚いた。
事故でそうなったというのは初耳だったからだ。それに、おかしな事もある。
緋色は不安になりながら、泉に再度質問を返した。
「ねぇ、泉くん。私の事故って………交通事故だよね?どうして、キャンドルと時計が関係しているの?それに、私はお父様に昔から苦手だって聞いてたの」
「え…………」
緋色の言葉に、泉はあからさまに動揺し視線が外れた。
けれど、それは一瞬の事だった。
「あぁ。そうだったね。ごめん……楪さんに聞いたのに間違っちゃったよ」
「あ、そうだよね。………よかった」
嘘だ。
やはり、彼は自分に嘘をついているのだ。
それが悲しくもあり、「どうして?」という疑問が残ってしまう。
彼の言葉は、どこから嘘で、どれが本当なのかわからない。
緋色は、大切な彼が何を思っているのかわからなくなりつつあった。
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