エピローグ
エピローグ
緋色の調子が良くなってから、助けて貰った椋という警察官のところへ行き、事情を説明した。
緋色の事件を担当していたのが、椋の先輩の滝川という男だったようで、椋もその事件を知っていた。
そのため、緋色にはなるべく負担がかからないようにと、短い時間で話しを終えてくれた。
「君を誘拐した男の話。してもいいか?」
「………はい。大丈夫です」
帰り際に椋はそういうと、捕まっている男について教えてくれた。わざわざ調べてくれたというのだから、優しい人だ。
「しばらくは出てない。2回も同じ事をしているんだ。反省していないと判断されても仕方がないからな。それに、今回は薬もやっていたようで、出てきてもしばらくは病院に行くことになるだろうな」
「そうですか………」
緋色は少し安心しながらも、鼓動が早くなっているのを感じた。そして、少しだけ手が震えている。
すると、隣に座っていた泉が緋色の手を掴みニコッと微笑んでくれた。それを見ただけで緋色は少しずつ落ち着きを取り戻していった。
そんな様子を見てか、椋は安心した様子で柔らかい表情で微笑んだ。
「きっと君達なら大丈夫だろう。乗り越えられる」
「はい………」
椋の言葉に、緋色は力強く頷いた。
隣にはずっと見守ってくれた彼が居る。これほど力強い事はないのだ。
辛い事を思い出さないというのは難しい。けれども、そんな時に支えてくれる人がいる。甘えてもいいよ、と言ってくれる恋人がいる。
それが、緋色にとってとても大きな力となっていた。
「また何かあったら連絡してください。必ず、助けます」
「そうですよ!椋先輩は強いですからね」
「まぁ………空手の日本選手には負けますよ」
後ろに座っていた後輩の遥斗の言葉に、椋は苦笑しながらそう言って、2人を見送った。
秋の高い晴天の下、緋色と泉は手を繋いで歩いていた。道路に敷き詰められた落ち葉を踏んで歩くとサクサクッと音がする。秋の音だ。
「今度また白碧蒼の本を書こうと思ってるんだけど、次は………」
「だ、だめだよ!私は白碧蒼さんのファンなんだから、新刊になってから本屋さんで買うまで内容は知っちゃだめなの!」
「えー。誰よりも先に読めるのに?」
「う………だ、だめ!」
「じゃあ、サイン付けてあげる」
「え、本当に!?じゃあ、少しだけなら………」
「ははは。本当に好きなんだねー」
緋色の返事に、泉は楽しそうに微笑んだ。
いつもと同じ穏やかな時間。
けれど、今までとは少しだけ違う。
前よりもずっとずっと彼が大好きで、愛しくて、大切になった。
幼い頃、赤ちゃんだった彼を見て、緋色は可愛いと思うと同時に何故か「守らなきゃ!」という使命感が芽生えたのだ。
こんなにも小さい赤ちゃんが両親を知らずに施設に来たのだ。誰かが支えなければ、可哀想だと思った。
両親の代わりにはなれない。ならば、せめてお姉ちゃんになろう。そう思った。
今思えば、自分の寂しさや悲しさを癒すために、泉の世話に没頭したのかもしれない。
それでもよかった。
大切な家族が出来たのだから。
そして、今では本当の家族になった。
運命というのは不思議なものだなと緋色はしみじみと感じていた。
「緋色ちゃん?どうしたの、ボーっとして」
「ん………少し考えてたの」
考え事をして黙り込んだ緋色を心配して、泉は顔を覗き込んだ。
緋色はにっこりと微笑む。
「もし、本屋さんとか司書さんになれたらね、白碧蒼のコーナーを作るの!一つ一つの物語にポップとかでおすすめを書いて、お客さんに「白碧蒼さんの物語は素敵です!」って、伝えたいなーって考えてたの。どうかな?」
緋色が自分の夢を語ると、泉は少し照れながら「それは嬉しすぎるかも。楽しみだよ」と、微笑んでくれた。
少し先の未来を考えて、幸せな気持ちになれる。それがとても贅沢な事のように感じてしまうけれど、当たり前にしていきたい。
そのために、2人が支え合って生きていくのだ。
「泉くんは前回の空手の試合出れなかったから、次こそは優勝だよね!」
「俺が出れば優勝するよ」
「ふふふ。さすがだね」
緋色と泉は笑い合い、2人の家へと帰っていく。
繋いだ手はもう離される事はない。
嘘つきだけど優しい彼も共に、緋色は昔も今もそしてこれからも歩き続けるのだ。
(おしまい)
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