第21話「7色のドレス」
21話「7色のドレス」
花の模様が配われている薄いレースのベール。
裾が長く広がり絨毯の上に流れるドレスは、胸元がベールと同じ刺繍が入っている。ウエストの部分からふわりと広がり、女性らしさを感じさせるデザインになっているドレス。
首元や耳にはキラキラと光る宝石がついたアクセサリーがついている。かすみ草がデザインされたもののようで、緋色のお気に入りだった。髪はハーフアップにされており、淡い色のドライフラワーが華やかに咲いていた。
楪家は呉服屋も経営しているという事もあり、和装での結婚式も考えた。白無垢も憧れている。けれど、泉が持ってきてくれた教会のステンドグラスがどうしても気になったのだ。あそこで式を挙げたら、きっと忘れられないものになる。あの場所で大切な人に幸せな姿を見てもらいたい。そう強く思っていた。父である望もドレスや白無垢などは、着たいものを本人が選べばいいという考えだったので、緋色は今身に付けているドレスに決めた。
教会の近くにある貸衣裳のお店に泉と訪れた際、何着か候補を決めて着させてもらったけれど、始めに着た今のドレスを泉が絶賛しており、緋色も気に入っていたので、その刺繍が華やかなウエディングドレスに決めたのだった。
「綺麗だよ。茜もきっと緋色の晴れ姿を見て喜んでいるだろうな」
「ありがとうございます、お父様」
緋色は背筋をピンッと伸ばしたまま、隣に立つ黒いスーツに身を包んだ望の方を見る。やはり、父親の前だと少し緊張してしまう。しかも、今は挙式の前という事もあり、嬉しさとそして寂しさが混ざったほろ苦いコーヒーを飲んだ時のような気持ちだった。
けれど、望の瞳が少し潤んでいるのを見て、緋色はホッとしてしまった。望も寂しいと思ってくれているのだ、結婚することを喜んでくれているのだ、という事を目の当たりにすると、ジンッとくるものがあった。
「泉くんは、緋色を幸せにしてくれるだろう。安心していい」
「はい………。お父様が彼を信頼しているのは、昔からの知り合いだから、ですか?」
望と泉が昔からの知り合いならば、望は彼と自分の繋がりをきっと知っているはずだと思っていた。このタイミングでならば、教えてくれるかもしれない。そんな風に思ったけれど、望は少し苦い顔を見せた。
「それもあるが………今、目の前の泉くんを信じなさい」
「はい………信じています」
望は嘘が下手だった。
それとも、緋色に嘘をつきたくなったのかもしれない。
けれど、昔の話を避けたのはすぐにわかった。そして、なくなってしまった記憶の事は忘れて欲しいような言い方に聞こえ、緋色は疑問が残った。
「さて、そろそろ時間だろう。花嫁がそんな難しい顔をしない方がいい。1番幸せな時間なんだ。楽しんできなさい」
「ありがとうございます。いえ、ありがとうございました、お父様。私はお父様やお母様と過ごした時間があったから今の私があります。感謝しています」
緋色がゆっくりと、そして深くお辞儀をする。お別れではないはずなのに、自然と込み上げてくる物があり、緋色は必死にそれを我慢した。
すると、優しい声が聞こえた。
「家も近いんだ。いつでも帰ってきなさい。茜にも会いに来てくれ」
「はい。喜んで」
緋色は潤んだ瞳のまま望を見て、ニッコリと微笑むと、望も目尻のシワを深くして微笑み返した。
緋色は望の腕に手を置き、重い扉が開かれた後に、ゆっくりと進む。パイプオルガンの音楽が鳴り響く憧れの教会に父と共に1歩ずつゆっくりと進んでいった。
いつものように優しい笑みで緋色を迎えた泉は「緋色ちゃんを幸せにします。」と、望に強く真っ直ぐとした彼らしい声でそう言うと、深くお辞儀をした。それを見て、望はゆっくりと頷いた後、緋色の手を取って泉の腕へと送ってくれる。それが、まるで「幸せになってきなさい」の言葉通りのようで、緋色はまた目頭が熱くなった。
ベールで薄く隠された表情。
涙がこぼれそうだったけれど、俯く事なんて出来ない。今はまっすぐ前を向いて歩くのだ。
そうすると、視線の先には綺麗なステンドグラスが色とりどりに光っており、緋色や泉を虹色に照らしてくれた。純白のドレスも、レースのベールも、ステンドグラスのように輝いていた。
「2人で幸せになろう。………緋色ちゃんの事は俺が守るよ」
「…………うん」
緋色は視線を少しずらして、泉を見る。
それはとても幸せな表情で、緋色からの「好き」と告白した時と同じ顔をしていた。
それを見ただけでも、緋色は幸せだなと実感出来た。
沢山の人ではない。けれど、大切な人たちに祝福されるこの時間は、緋色にとって何よりも大切な思い出になったのだった。
挙式の後は参列者と写真を撮った後に、直接お礼の言葉を伝えられる時間があった。
望の他にも、職場の上司や愛音、そして、泉の空手の先生など数人が参列してくれた。そして、もう1人望と同年代ぐらいの女性が来てくれていた。
「緋色。この方が施設でお世話になっていた方だよ。」
「今日はお招きありがとうございます。とても素敵な式だったわ。結婚おめでとう。緋色さん、泉さん。」
「ありがとうございます。」
「わざわざ来ていただき、ありがとうございました。」
柔和な雰囲気を持つその女性は、緋色と泉の言葉を聞きながらもニコニコと微笑んでいた。そして、ジッと顔を見つめた後に懐かしそうに目を細めた。
「緋色さんは覚えていないかもしれないけれど、あなたはとっても真面目でしっかりとした女の子だったわ。本が大好きで、わからない言葉があった時のために隣に辞書を置いて本を読んでいるのを見て驚いたもの。それに、私たちの手伝いもしてくれて。本当に助かっていたわ。」
「………すみません。その頃の記憶も全て事故でなくなってしまって。それでも、小さな頃の話しが聞けて嬉しいです。」
「そうだったわね………。残念だけど、これからたくさん幸せな事を経験して思い出を増やしていけるといいわね。」
その施設に勤めている女性は、悲しげに目を伏せながらそう言った。彼女も緋色の事故の事は知っているようだった。
「それにしても、まさかあの松雪泉さんと結婚するなんて。驚いたけれど、施設の人たちも喜ぶわよ」
「………私も彼のような有名な方と結婚する事になるなんて、思ってもいませんでした。でも、泉くんに出会えてよかったです」
「そうね。………泉さんと一緒なら幸せになれるわ。応援している。………今度は2人で施設に遊びに来てくださいね」
「はい。ぜひ、お邪魔します」
隣りで話しを聞いていた泉は、そう返事をしてくれた。緋色は、自分が幼い頃育った場所を見てみたいと思っていたので、その話しはありがたい事だった。
いつか2人で訪れてみたいと思った。
もしかしたら、無くしてしまった記憶を取り戻すことが出来るかもしれない。そんな、淡い期待を持っていた。
左の薬指には、2つの指輪が輝いていた。
淡い照明を受けて、ほんのりオレンジ色に色づいているように見えた。
緋色は先ほどからその指輪を見つめては、思わずニヤついてしまう。それを見て、「そんなに嬉しい?」と、泉に問われてしまった。
「うん。………だって、やっと結婚指輪をつけられたから。嬉しいよ。」
少し照れくさくなりながらも、正直な自分の気持ちを伝える。結婚指輪が出来上がってからも、1度サイズを、確認しただけで結婚式のために大切に保管してあったのだ。そのため、ずっと楽しみにしていた彼とのお揃いの指輪が自分と泉の薬指にあると思うと、幸せで口元が緩んでしまう。
「………そういう可愛い顔は2人きりになってから見せて欲しいよ」
「え…………。」
彼の甘い言葉に、緋色はドキッとしてしまう。
今は教会の近くにあるホテルに来ていた。
小さな湖の畔にあるこじんまりとしたホテルだった。外装も内装も洋風でとてもお洒落だ。1つ1つの部屋も大きく、別荘のよう、な作りになっているため人気のホテルだった。
今は大きな窓から湖が見える、レストランに2人はいた。向かい合って座りながら少し早めの夕食を食べようとしていたのだ。
「ご飯なんか食べないで、早く部屋に行きたいよ」
「だ、だめだよ。ここのご飯も楽しみにしてたでしょ?」
緋色が真っ赤になりながら、彼の甘い提案を拒むと、少し残念そうにしながらも泉は「そうだったね」と微笑んだ。
そして、小さな声で、緋色だけに聞こえるように言葉を残した。
「夜のお楽しみ、だね」
色気のある声と、熱っぽい視線を感じ、緋色は落ち着いて食事が出来そうもないな、と思った。
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