第20話「求める唇」
20話「求める唇」
泉は、緋色を抱き上げる。
鍛えている体なので、緋色ぐらいの体重はすぐに持ち上げられるようだった。
彼の膝の上に座らされ、そしてそのまま腕の中にすっぽりと埋まってしまう。
その安心感から、緋色はゆっくりと涙が止まっていく。
「緋色ちゃんの方から、好きって言って貰えるなんて………。本当に嬉しいよ」
「待って………。その、一緒にいた女の人の事。教えてほしい」
「そんなに気にしてたんだね。もちろん、話すよ」
泉は緋色の眦についた涙を人指し指ですくい取ると、苦い顔をしながら説明をし始めた。緋色は彼の胸に頭を預けながらその声を聞いた。
男らしい少し低い声。けれど、明るさもある、緋色の好きな声を。
「緋色ちゃんが見たのは、俺の空手の後輩だよ。稽古をしている道場の後輩で、俺が育てたような子なんだよ」
「………あの子、空手やってるんだ」
人は見かけによらぬもの、とは言うがまさしくその言葉通りだった。緋色が見た女性は髪は明るい色に染めており、メイクも服装も派手めのものだった。空手をやっている人のイメージとは合わなかったので驚いた顔で泉の顔を見ると、「空手をやっていても、髪を染めてもメイクをしてもいいんだよ。俺はまぁ、元からこの色だけど、今はそういう人も多いんだよ」と教えてくれた。
「相談したいことがあるからって、急遽会うことになってあの日に待ち合わせしたんだ。話しは空手の事だよ。あの子は恋より何より空手が好きでね。メイクとかも好きみたいだけど。だから、俺と会えて嬉しいってよりは、空手の話が出来て嬉しいって笑顔だと思うよ」
「………そうだったんだ………。私の勘違いなんだね」
緋色は自分が勘違いをした上、勢いで告白までしてしまった。
それがとても恥ずかしくて、俯いてしまう。それを見て、泉はクスクスと笑いながらも、「その勘違いのお陰で、両想いになれたから俺は嬉しいけどね」と、言った。
その言葉で、緋色の勘違いした恥ずかしさはなくなり、泉と同じように幸せを感じ始める。
好き、という気持ちで繋がり、本当の意味での恋人になり、夫婦になったのだ。
彼のぬくもりが、今まで以上に幸福さを増して胸が熱くなる。
「そう、だね………。私も、嬉しい」
どんどんと小さい声になり、消えそうな音量になってしまったけれど、泉にはしっかりと聞こえていたようだ。
泉は、「あー………可愛すぎるだろ」と緋色をさらに強く抱きしめた。
緋色はわたがしのように甘い香りに包まれ、泉の鼓動と、その言葉を聞いて思わずニヤけてしまう。
「緋色ちゃんとの結婚はきっかけだったかもしれないけれど、これで本当に好きになっての結婚なったね。………結婚式前に、こうやって気持ちを知れて、俺は本当に嬉しいんだ。」
「…………私も自分気持ちがよくわからなかったんだけど、惹かれ始めているのは感じていたの。それは、泉くんが優しくしてくれて、私を大切にしてくれるって感じたから。仕事も忙しいのに、おうちの事を手伝ってくれたり。心配もしてくれる。そして、愛を感じられる事をしてくれたり言ってくれる。そんな泉くんの気持ちが伝わって………、泉くんの事が好きになったんだと思う」
緋色は自分が思っていた気持ちを正直に話した。少しでも本心が彼に伝わればいいなと思ったのだ。
すると、泉は片手で緋色の体を支えながら、自分の顔を手で覆った。そして、「それは反則だよ………」と、呟いたのだ。
そして、手を口元にずらす。すると彼の頬が真っ赤になっているのがわかった。
「緋色ちゃん………今のはずるいよ」
「ず、ずるい……?」
「俺は緋色ちゃんが好きって言ってくれるまで待つつもりだったし。………結婚式までは我慢するつもりだった。けど、君も好きになってくれたのなら、欲しいって思っちゃうよ。今の君は特別に可愛すぎる」
「………ぇ………」
緋色だってもう大人の女。
彼の言葉の意味をわからないほど幼稚ではなかった。彼の腕の中で逃げ場もなく、緋色は真っ赤になったままに彼の顔を見つめる。
お互いに照れ顔で見つめ合い、まるで学生の恋愛のようだった。そんな初々しくも、甘い雰囲気に、緋色は嬉しくなりつつも戸惑っていた。
「………そんな顔しないで。決心が鈍りそうだ」
「あ…………」
緋色の顎に指を置き、泉は熱を帯び潤んだ瞳で緋色を見つめていた。
このまま彼にキスをされてしまえば、きっとそのまま全てを彼にあげることになる。
それが嫌なわけもなく、好きだと思った相手と触れ合いたいと思うのは、男女も同じはずだった。
けれど、緋色は思いもしない告白で、想いがやっと通じあった夫婦になれた。
それだけでも急展開なのに、さらにそれ以上の事になると頭がパンクしてしまいそうだった。
だが、彼の誘いを断るのも悪いし、もっと泉とくっついていたいのも本心。
彼の腕の中で、どうしていいのかわからずに目をキョロキョロさせたり、彼の服を握りしめてしまっていると、そんな緋色の様子に気づいた泉がフッと微笑んだ。
そして、緋色の前髪の上から額に小さなキスを落とした。
「大丈夫だよ。今日はしない」
「………え」
「でも、結婚式の後は覚悟しててね。楽しみに待ってた分、君を沢山感じたいから」
「っっ!」
焼けるように頬を赤くする緋色に、泉は楽しそうに笑いながら顔を近づける。
「だから、今日は沢山キスをしよう。それで我慢するから。………緋色ちゃんも、我慢してね」
「…………うん」
緋色も彼を求めていた事をわかっていたのかと思うと、羞恥心を感じてしまうけれど彼と一緒だと思うと嬉しくなるから不思議だ。
早く泉を深く感じたくて、彼の唇の感触を待ちながらゆっくりと瞳を閉じた。
静かな夜に、お互いの名前を呼ぶ声と、荒くなっていく吐息、そして水音が響く。
何度も何度も重なりあう唇は、ぬるりとした感触になり緋色は、全身がぞくりと震えた。
そんな感覚さえも幸せを感じ、緋色は彼の肩をしっかりと掴んで、この甘い時間がもっともっと続くようにと、彼を求めたのだった。
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