襲来 三

 山川たちと別れてからしばらく、界隈で無線機器を扱う店を発見した。そこで店員さんの案内に促されるがまま、トランシーバーの調達を行った。これと併せては、現地で運用可能な発電機もお買い求めさせて頂いた。


 資金にはお姫様との取り引きで得たあぶく銭を利用した。


 荷物の運搬はタクシー。


 大急ぎで自宅に戻り、庭の倉庫に設置した姿見経由で異世界を訪れる。


 鏡が設置されている場所は以前と変わりなかった。


 医務室に通じるドアをノックすると、呆れ顔の猿人が姿を現した。


「おぬし、また来たのか……」


「すみません、忙しいところ何度も訪れてしまって」


「いやまあ、儂としては別に構わんのじゃが」


 小部屋には日本から持ち込んだダンボールが並んでいる。


 猿人ガロンの意識も自ずとそちらに向けられた。


「それはなんじゃ? 食い物か?」


「食料とは違うんですけど、もしかしたら何かの役に立つかなと」


 説明をしながらダンボールの封を開ける。


 梱包から取り出した送受信機一組に電源を入れると、その片割れをガロンに渡した。既に購入時の包みは解いて、満充電の乾電池を詰め込んである。説明書も確認したので使い方は問題ない。


「それ、こうやって耳に当ててもらえませんか?」


「こうかのぅ?」


「そのままの状態で少しだけ待っていてください」


 彼の手にした端末が受信状態であることを確認する。


 それと対になるもう一方を手にして、集音部に語りかけた。


「もしもし、聞こえますか?」


「おぉ?」


 するとガロンに反応があった。


 どうやらちゃんと動作させることができたようだ。異世界というただ一点の理由から、正常に電波が伝搬するかどうか不安だった。距離的な確認は必要だろうけれど、機能面については問題なさそうだ。


「なんじゃ、おぬしの声が聞こえてきおった」


「鏡の向こうの世界で利用されている道具なんですけれど、こうして離れた人と会話をするためのものなんです。こちらの世界にもこういった道具や、あるいは同じような魔法とか、利用されていたりしますか?」


「いいや、その手の話は聞いたことがないのぉ」


「そうなるとやっぱり、手紙が主流なんですかね?」


「基本的には足の速い者が手紙を持って飛ぶことになっておる。声を大きくする魔法もあるにはあるが、それとはまた趣が違うしのぉ。儂も世の全てを知る訳ではないが、この手の道具は今まで見たことがない」


 よかった、どうやら無駄遣いにならずに済んだようだ。


 総額では結構な額になるので、割とヒヤヒヤしていた。


「それなりに数を持ってきたんですけど、使えたりしませんか?」


「そうじゃな。これは姫様に報告してみるかのぅ」


「本当ですか?」


「儂には使い方が分からんから、おぬしも一緒に来るといい」


「あ、はい」


 送受信機をこちらに返して歩き出した猿人ガロン。


 その後を追って廊下に出る。


 城内は相変わらず騒がしそうだ。その喧騒はつい先刻まで歩いていた電気街に引けを取らない。様々な化け物が入り乱れて戦争の支度をしていた。飛び交う怒声は前回お邪魔した時以上に勢いを増して思われる。


 ガロンに案内された先は、これまで訪れたことのない一室だった。


「姫様、少々よろしいですかのぉ?」


「どうぞ、入ってください」


 お姫様の返事を確認してドアが開かれた。


 背は低いけど横に図体のでかいガロンの背中に隠されて、室内の様子を窺うことはできない。ここは何の部屋だろう。そんなことを疑問に感じながら、僅かばかり垣間見える光景にあれこれと想像を膨らませる。


「ガロン、何か火急の用件でもできたのですか?」


「姫様にお話があって参りました」


「私に話ですか?」


「少々お時間をよろしいですかな?」


「ええ、構いません」


 ペコリと頭を下げた猿人ガロンは、こちらを自らの隣に引き寄せた。


 これを受けてお姫様も異邦人の存在に気づいたようだ。


 おや? といった面持ちとなり声を上げてみせたる。


「人間、貴方は元の世界に帰ったのではなかったのですか?」


 部屋にはお姫様の姿だけがあった。


 天蓋付きのベッドや光沢も美しい総木造りの机椅子、三面式の立派な鏡台など、家具の具合から察するに、こちらのお部屋は彼女の私室なのではなかろうか。身につけた衣服も部屋着を思わせる簡素なものだ。


「戦場で便利な道具を持ってきました。よかったら見てもらえませんか?」


「そちらの世界の道具ですか?」


「ええ、そうなんです」


 ベッドの縁に腰掛けたお姫様の下まで歩いていく。


 彼女もこちらに合わせて立ち上がった。


 ガロンから回収した送受信機の片割れを手渡す。際しては互いの指先が少しだけ触れたりしてドキっとした。ただし、相手は微塵も気にした様子はなく、手にした筐体を興味深そうに眺めるばかり。


 一度でいいから異性をドキドキとさせてみたいものだ。


「これは何ですか?」


「離れた相手と話をする道具です。耳に当ててもらえませんか?」


「……こうですか?」


「あ、もうちょっと下です、こんな感じッス」


 自分の持つペア端末で具体例を示す。


 同時に彼女から離れて距離を取る。


「こうですか?」


「そう、そんな感じです」


 お姫様が筐体を耳に当てたのを確認して準備完了。


 先ほどと同様、送受信機に向かい語りかける。


「もしもし、聞こえますか?」


「ん? 人間、貴方の声が中から聞こえてきました」


 彼女の反応も猿人ガロンと同じような感じ。


 キョトンとした面持ちとなり声を上げてみせた。


「結構な距離まで届くんですけど、どうですか?」


「なるほど」


 実演を受けて通信機の機能を理解したらしい。なにやら関心した面持ちで、手にした筐体を眺め始めた。あまりボタンをポチポチ押されると、自身も把握していないモードになってしまいそうでちょっと怖い。


「少しは使えそうでしょうか?」


「これはどれくらい数があるのですか?」


「数十組ほど持ってきました」


「それはまた結構な数ですね」


「ええまあ、考えなしに買ってしまったもので……」


 学校の友だちとのトークで受けたメンタルへのダメージ。これを癒やすべく衝動買いに走った次第である。いざ万札を放出してみると、思いのほか気持ちがいいもので、得体のしれない快感を覚えた。


 勢い任せに結構な額を使ってしまったので、ちょっと後が怖い。


「我々が守るべきは町全体です。これは存外便利かもしれません」


「それはよかったです」


「一度皆を集めて話をしてみましょう」


 お姫様の一存を受けて、会議室に皆々で集まる運びとなった。


 今度は自身もテーブルを囲って同席。


 ポジションはお姫様の隣である。


 会議室に集合したのは面々は、数刻前にこちらを訪れたときと同じ顔触れに思われた。化け物たちの個体を識別することは非常に困難であるけれど、なんとなく雰囲気が似ているように感じられた。


 そして、皆々の前でこれまでと同様に送受信機の実演を行った。


 得られた反応は化け物によってバラバラだ。


 関心を持ってくれた者がいれば、こんなものを使ったところで何ができると突っぱねた者もいた。取り分けお顔が凶悪な化け物こそ、また図体が大きな化け物こそ、後者の傾向が強かったように思える。


 小一時間の論議で賛成反対共に入り乱れた。


 最終的にはとりあえず使ってみよう、という話の流れになった。


 当初自身が考えていたほどの食いつきは得られなかった。自分たちが仕えているお姫様が持ってきた話だから、とりあえずは賛同しておこう、みたいな雰囲気が感じられたのは、きっと間違いではないだろう。


 いずれにせよ無駄遣いにならなくてよかった。


 そして、いざ運用を行うとなれば、利用方法の伝達が必要だ。


 日本語で書かれた取り扱い説明書を読める者はいない。その役目は当然ながら自身の役割である。比較的人間に近しい体格で、細々とした指の扱いが可能な化け物たちに簡単な使用方法を教えることになった。


 皆々頭が良くて、一度教えると大多数はすぐに使い方を憶えてくれた。

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