援助 二

「貴方の言葉通り、城の食料庫は人間の手によって焼かれてしまいました。更に町の周りは人間の軍勢に囲まれており、満足に作物を育てることすら叶いません。ですからこうして、食料を頂けるのは非常に嬉しいです」


「やっぱり大変な状況なんッスね」


「ええ、ですから貴方もこれ以上は、無闇にこちらの世界へやってくるのは止めた方がいいです。城の者たちは誰も気が立っています。人間である貴方を見たのなら、多くは問答無用で襲い掛かってくるでしょう」


「マジですか……」


「事情を知っている者は極僅かです。ですから不用意に立ち入らないほうがいいと私は思います。好意でやって来てくれた貴方にこう言うのは失礼かもしれませんが、その身を大事に思うなら、これ以上はこちらに出入りするべきではないかと」


 真剣な表情で語るお姫様を前に、やっぱり出過ぎた真似だったかと、申し訳ない気持ちになった。もしかしたら自分が友人たちに嫌われた理由も、こうした一方的な好意の押し付けが原因だったのかもしれない。


 高校では気張り過ぎないように気をつけていこう。


「善意でやって来てくれた貴方には感謝します。しかしながら、そちらの姿見にしても必ず人目に触れない場所に設けられているとは限りません。これ以上の行き来は止めた方がいいと私は思います」


「人間、お前の我々に対する思いは私も非常に素晴らしいものだと感じている。姫様もお前の身を気遣り仰っているのだ。それを理解したのならば、これ以降は無闇にこちらへ足を踏み入れるでない」


「分かりました。そうさせてもらいます」


 トカゲの人からも言われてしまった。


 なんかこう、色々と申し訳ないばかりである。


 だって彼女たちは好意から言ってくれているのだ。


「ただ、すみませんが向こうに用意した分だけでも、受け取ってはもらえませんか? 勢いに任せて準備してしまったので、自分一人では食べきれない量が残っているんですよ。これ以上は迷惑を掛けませんから」


「ん? まだあるのか?」


「これと同じのがあと二十袋ほど……」


 物置に用意した米袋を放置するわけにはいかない。家族が目撃したのなら、まず間違いなく問題になるだろう。そして、貯金を使い果たしたと答えたのなら、今晩は家から締め出されてもおかしくない。父親からは拳骨を喰らうだろう。


 だから、なんとしても家族に見つかる前に処理しなければならない。


 でも、お姫様が頷いてくれなかったらどうしよう。


 そんなことを考えていると、驚いた面持ちでトカゲの人が問い返してきた。


「に、二十袋もあるのか?」


「この町には数千人が住んでいると聞いたので、なるべく多めに用意しました。それでも大した足しにはならないかも知れませんけど、せめて町の人たちに一食分、行き渡ったら嬉しいなと」


 三十キロの米袋が二一袋。


 仮に人口が五千人であったなら、一人頭百二十六グラム分配できる。米屋の専門用語では一号弱。化け物たちが一度に食べる分量がどの程度かは知らないけれど、まあ、多少は助けにはなるんじゃないかなと考えた。


「やっぱりこの程度だと、腹の足しにはなりませんか?」


 ダイヤのお礼にしてはちっぽけな感が否めない。


 けれど、高校入学を来年度に迎えた自分にとっては精一杯の仕事だった。というか、勢い任せに買い付けてしまったけれど、自身にとっては全財産。虎の子の貯金を全て失ってしまって、親にはなんと言い訳をしようか。


 どこぞの募金に参加したとでも説明しようかな。おぉ、いい案だ。


「これと同じ量をあと二十も、たった数刻で用意したのですか?」


「本当はもう少し用意したかったんですが……」


「おぬし、もしかしてかなりの金持ちか?」


「え?」


「これだけの量の米を、この僅かな時間で用意するとは大したものじゃ」


「いえ、べつに裕福でも何でもないですけれど」


「本当かぇ?」


「むしろ中流階級より少し下のほうです。平たく言うと平民っていう言葉がしっくりくるんじゃないかなと」


「するとなんじゃ。おぬしの世界では平民の誰もが、これだけの米を用意できるのか? それもこの短時間で」


「二十袋も一度に買うような人は滅多にいないですが、ある程度の蓄えさえあれば、用意するぶんには問題ないと思います」


 するとお姫様たちは、大層驚いた様子で声を上げた。


 マジかよ、みたいな面持ちでこちらを見つめているぞ。


「それはまた凄いですね……」


「平民の子供の手で、これだけの米を用意できるのか」


「なんとも気になる世界じゃのぅ」


 三者ともグッとこちらを食い入るような眼差しだ。


 先方の雰囲気が今までとは変わったような気がする。


「ま、まあ、ある程度の蓄えがある子供なら……」


 頭上から見下ろしてくるトカゲの人のギョロリとした顔が怖い。


 猿人も笑みが消えると結構厳つく感じられる。


 お姫様は相変わらず愛らしい。


「なので申し訳ないんですが、こっちに持って来てもいいですか? 自宅の物置に放置したままなんで、親に見つかる前に場所を移したいんです。子供が勝手にやったことなんで、このまま放っておくと叱られてしまうというか、なんというか……」


 たじたじと身を引きながら、語らなくてもいいことまで語ってしまう。


 それもこれもトカゲの人と類人の顔が怖いからである。取り分け前者は今も手に槍を握っていたりする。過去に受けた眉間ツンツンの刑を思い起こすと、どうしても苦手意識が働いてしまう。


「姫様、これは……」


「チャンスだと思いますぞ」


「はい、きっと私も同じことを考えています」


 彼女たちは互いに顔を合わせて、小さく頷いてみせた。


 再びお姫様がこちらに向き直る。


「人間、貴方にお願いがあります」


「……なんですか?」


「どうか我々の国を助けてはもらえませんか?」


 その眼差しは真剣なもので、自ずとこちらも背筋が伸びるのを感じた。

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