援助 三

 お姫様の願いは言葉にしてみると、至って単純なものだった。


 姿見の向こう側から食料を買い付けて欲しいとのこと。


「十分な謝礼を用意します。ですからどうか、お願いできませんか?」


 そうして語る彼女の眼差しは切実だった


 必死な面持ちが可愛らしさマシマシ。


 これを断るなんてとんでもない。


「自分にできる範囲であれば、お手伝いさせてもらいますけど……」


「本当ですか!?」


 お姫様の顔にパァと笑みが浮かんだ。


 めっちゃ可愛い。


 小学生の女の子に興奮しているようで罪悪感を感じるぞ。いやしかし、自分もつい三年前までは小学生をやっていたのだから、そこまで負い目を感じることはないのではなかろうか。中学生なんて大人からしたら、小学生と大差ないと思うんだ。


「ただ、先立つものが乏しいので、そのあたりをどうにかしないとです」


「買い付けに必要な資金については、もちろん我々が用意します」


「え、でもこっちの世界ってお金とか違わなくないですか?」


「人間、貴方の世界では金や銀、プラチナ、ミスリルに希少価値はありますか?」


「銀は微妙ですが、金とプラチナはそれなりだったと思います。あと、ミスリルっていうのは存在してません」


「ミスリルが存在していないのですか? それでは魔道具の製作も、儘ならないように思われますが……」


 こちらの返答を受けて、なにやら難しい面持ちとなるお姫様。どうやらミスリルなる代物が存在していないことが不服のようだ。けれど、それも今考えることではないと思い返したようで、すぐに続く言葉をこちらに投げかけてきた。


「それらは食料と比べて、どの程度の価値がありますか?」


 これまた答えるのが大変な質問である。


 たしか金の延べ棒が一本三百万円くらいだと、前にテレビ番組でやっていたような気がする。純度にも左右されるとは思うけれど、仮に同じくらいのモノを用意できたとしたら、説明することはできるかも。


「これくらいの延べ棒一本で、ここに並んだ分量をあと十回くらい運べます」


 自身の正面に並んだ米袋を示して説明をする。


 一連のやり取りに差し当たり、自宅の庭から運び込んだものだ。こちらの強い願い入れもあって、早々に姿見経由で持ち込ませて頂いた。これで家族にバレて怒られるようなこともないだろう。


 運び込みに際しては、全ての米袋を縄で数珠つなぎの上、その一端を握りしめて鏡面に触れたところ、二十袋を一気に持ち込むことができた。どうやら自身が直接持ち上げずとも、一緒にやってきてくれるみたいだ。


「そちらの世界では随分と金の価値が高いようですね」


「そうですか?」


「ええ、こちらの世界より二倍から三倍くらい高いです」


「なるほど」


「食料を買い付けて頂けるなら、こちらからお渡しする金の半分は貴方の手に残してもらって構いません。ですからしばらくの間だけでも、食料を恵んでもらえませんか? どうか何卒、よろしくお願いします」


 かれこれ何度目になるだろう。


 お姫様は深々と頭を下げてみせた。


「人間、私からもどうか頼む。このとおりだ」


「儂からもじゃ。どうか姫様の頼みを聞いてくれんかの」


 彼女の傍らに立ち並ぶトカゲの人と猿人も同様である。


 ここまでされては、まさか断れない。


 どうせ中学三年の三月、受験も終えて時間ばかりが有り余っている。更に一緒に遊ぶ友達も失われて思える昨今、それならば人助けに、いいや、化け物助けに一肌脱ぐのも悪くないように思えた。


 だって、お姫様スーパー可愛いし。


「そういうことなら、こちらこそよろしくお願いします」


「本当ですか?」


「じつは向こうで暇をしていたんです」


「……人間、貴方に感謝します」


 一度顔を上げた彼女は再び頭を下げて、殊更に深々とお礼をしてみせた。


 長い金髪がふわりと揺れて、形のいいつむじがお目見え。


 他者からここまで強く何かを求められたのは、生まれて初めての経験かもしれない。正直、家族が相手であったとしても、こうまで強い感情を向けられた覚えはない。というか、対等な関係として意識された覚えがないのだ。


 そしてこれは、学校でも同じだったのかもしれない。


「ただ、荷物の運び込みについては、ちょっと問題あるかもです」


「それでしたら、こちらの世界からオーガを数名、共に向かわせましょう」


「……オーガ?」


「はい、貴方も医務室で一度は見ていると思うのですが」


「それってまさか、あの全身ムキムキで背丈のやたらと大きな……」


 脳裏に思い浮かんだのは身長五メートル近い大男の姿である。まさか、あのような化け物を共に連れて行ったのでは、食料を買い込むどころの話でない。人目につくや否や警察を呼ばれてしまうだろう。


「その理解で間違っていないと思います」


「ま、待ってください。それだけは駄目です!」


「何故ですか?」


「こっちの世界には彼みたいに大きな生き物はいないんです。だから、お手伝いをしてもらう前に、大変な騒ぎになっちゃいます。下手をすれば国に連れて行かれて、こっちに戻ってこれなくなるかもですよ」


「……そちらの世界にはオーガが存在しないのですか?」


「オーガ云々の前に、貴方みたいに頭から角を生やした女性や、そちらの全身を鱗に包まれた方々もいません。そもそも地上を二足歩行で歩き回っているのは、人間くらいなものなんです」


「世の中に人間しかいないのですか?」


「厳密には違うんですが、そう認識してもらって間違いないと思います」


「それはまた、とても変わった世界ですね……」


「自分からすると、こちらの世界の方が変わって思えますけど」


「そうですか?」


「え、ええ……まあ、お互い様だと思います」


 これまでに何度か顔を合わせているけれど、依然としてトカゲの人や類人は眺めていて不安を感じる。身の危険を覚える。問題のオーガとやらに至っては、できることなら二度とお会いしたくない。


 この世界の人間たちは、こんな化け物を相手によく戦争など決意したものだ。しかもその原因は、人間と彼らとの一方的な隷属関係にあるというから驚きだ。開いた口が塞がらない。むしろ逆の方が自然な気がする。


「しかし、そうなると下手に手伝いを出すことは難しいですね」


「せめてこう、もう少し人の姿に近ければ言い訳もできるんですけれど」


「人に近い姿ですか……」


「姫様、それでしたらエルフたちに頼んでみてはいかがでしょうか? 力仕事を任せるにはいささか他不安が残りますが、人間と比較してもよほど丈夫にできています。外見も多少耳が長い程度です」


 お姫様と共に頭を悩ませていると、トカゲの人が口を開いた。


 聞こえてきたのは自身も馴染みのあるワードである。


「なるほど、エルフですか」


「彼らの人間嫌いを思うと難しいかもしれません。ですが、姫様が直々に声を掛けたのであれば、決して無下にはしないでしょう。事情は彼らの明日にも関わるのですから、きっと頷いてくれる筈です」


「……わかりました。彼らに頼んでみることにしましょう」


 ひとしきり頷いたところで、彼女がこちらに向き直った。


 どうやらお手伝いさんはエルフな方々に決定のようだ。


「あとで適当な者を呼び出しておきます。それを貴方に確認してもらって、差し支えがないようであれば、向こうでの手伝いとさせてください。城内にいる者たちで、できる限り人間に姿形の近い者を探してみます」


「あ、はい。よろしくお願いします」


「いえ、こちらこそよろしくお願いします」


 ところでお姫様、一体何歳くらいなんだろう。こうして話をしていると、まるで大人と向き合っているような頼もしさを感じる。人間とは違うのだし、実年齢と外見に乖離がある可能性は十分に考えられた。


 ただ、尋ねるのは怖いので想像するだけに留めておこう。


 もしもアラサー超えとか言われたら、ちょっと複雑な気分になりそうだし。


「ところでこの後なんですけれど、自分はどうすればいいですか?」


「時間は大丈夫ですか?」


「もう少しくらいなら、お付き合いできると思います」


 腕時計の針は午後四時を指し示している。


 叔父に買ってもらったものだ。


 夕食まではあと一、二時間ほど余裕があるぞ。


「それでしたら、必要となる費用の受け渡しや、買い付けてもらいたい食料の細かな説明をしたいのですが構いませんか? 口頭で伝えるには難しい話だと思いますので、詳細を書きとめようかと考えています」


「それでしたら是非お願いします」


「では、すみませんが私と一緒に来てください。城の者にも貴方を紹介したいと思います。その姿は人間そのものですから、我々の身内に貴方が討たれるような事態を防ぐためにも、顔合わせが必要かと思います」


「そ、それはたしかに大切ですね」


「大広間での出来事を見ていた者たちは大勢いますから、そこまで大変ではないと思いません。どうか肩の力を抜いて接してやって下さい。貴方の話を聞く限り、最初は恐ろしく映るかもしれませんが、誰もが根は良い者たちです」


「分かりました」


「それではこちらです、どうぞ」


「あ、はい」


「ラヴド、万が一に備えて、貴方はしっかりと彼を守ってください」


「はっ、心得ております」


 そうして夕食までの時間、お城で彼女たちと過ごすことになった。


 際しては一緒に晩餐を囲ってはどうかとお誘いを受けたけれど、こちらについては家庭の事情から丁重にお断りさせて頂いた。門限を守らないと小遣いを減らされてしまうのだから仕方がない。


 いつか田辺と同じように、夜の街で外食などしてみたいものだ。

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