援助 四
翌日、鏡の世界から二人の協力者がやってきた。
共にエルフを名乗る女の子たちだ。どちらもまだ十代前半を思わせる若々しい風貌の持ち主である。たぶん自分と同じくらい。どうして力仕事を前提として若い女性なのかというと、男性は大半が出払っており、人手が足りなかったとのこと。
ちなみに二人とも人間離れして可愛い。
片や金髪ショート、片や銀髪ロング。
アジア人からすると、とても印象的に映る二人組だ。
一緒に写メって誰かに自慢したくなるくらい。
あぁ、スマホさえあればなぁ。
「これは、ここでいいのですか?」
「あ、はい。倒れないようにがっちり固定してもらえたらと」
「分かりました」
「それとすみませんが、どちらか一人、ここで姿見を見張っていてもらえませんか?万が一これに何かあると、向こう側に戻ることができなくなっちゃうんで、申し訳ないとは思うんですけれど」
「そういうことであれば、私がその任に就かせて頂きます」
「それでは私がオマエと共に食料の買出しに向かおう」
「どうも、ありがとうございます」
エルフの人たちの役割分担が決まった。
ぶっきらぼうな物言いの銀髪ロングな彼女と一緒に家を出発する。
丁寧語が印象的な金髪ショートの彼女は物置で留守番だ。
二人に協力を願った立場上、姿見は必ずや守らなければならない。店舗から自宅まで商品はトラックで運んでもらう予定なので、彼女たちの役割は鏡の見張りと、トラックからの荷下ろしがメインである。
あとは認識阻害なる魔法によって、自宅にいる母親の目を誤魔化すこと。
家を出発した自分と銀髪の人とは、住宅街を並んで淡々と歩む。
向かう先は自宅からほど近い商店街にした。そこなら質屋もあるし、米屋から八百屋、肉屋、魚屋、雑貨屋と一通り揃っている。また、大手チェーン店では頼めない即日での配送も行ってくれる。距離も徒歩圏内だ。
「…………」
「…………」
時刻は午前十時を少し過ぎた頃合い。
よく晴れた青空の下、本日は絶好のお買い物日和。
ただし、これに臨む我々の雰囲気は微妙だ。
何故ならば会話がない。
共通の話題はおろか、エルフさんたちは人間を毛嫌いしているという。それはトカゲの人たちの比ではないというから困ったものだ。出会ってから今まで交わした言葉も、本当に必要最低限のもの。
初めて紹介を受けたときは露骨に顔を顰められた。
それでもどうにか意思疎通できているのは、ひとえにお姫様の威光があってこそとなる。この人間の言うことをちゃんと聞くようにと、再三にわたり説得してくれたおかげで、こうしてご同行を願えている。
「…………」
「…………」
片道一キロ半の距離を何を語るでもなく歩く。
時間にすると往復二十分弱のお散歩だ。
見目麗しい共連れを思えば、本来なら気分が盛り上がりそうなものである。異性との交流に事欠いて生きてきた自分にとっては、こうして一緒に歩いているだけでも、快挙に他ならない。
けれど、先方の顔に張り付いた硬い表情を思うと、どうして接したらいいのか困ってしまう。機嫌の悪そうな面持ちを眺めていると、本日の天候を話題に上げることさえ憚られて止まない。
キョロキョロと周囲の様子を窺っているのは物珍しさからか。
一方で道行く人々は、彼女の美貌に引かれてチラリチラリと視線を向ける。一人一人は一度や二度でも、それが重なれば結構な数だ。そうした視線がエルフさんの負担になっていないことを今は祈るばかり。
そうこうするうちに、目的地となる商店街に辿り着いた。
「ここで仕入れを行うのか?」
「そんな感じッス」
果たして彼女の目にはどんな風に映っているのだろう。
まあ、どうでもいいか。
さっさと買い物を終わらせて家に帰ろう。
「取り急ぎ質屋に入って、お姫様からもらった金をお金に替えます」
「……分かった、オマエに任せる」
目付役の了承を得て、商店街に軒を連ねた一軒に足を向かわせる。
いらっしゃいませーという掛け声と共に、カウンター奥に控えた丸眼鏡の男性がこちらに顔を向けた。エルフの人を視界に捉えて、その表情に驚きが浮かぶ。多分、初顔合わせで自身が浮かべたのと同じような面持ちだ。
「すみません、ゴールドって売れますか?」
「……ゴールドですか?」
「ええ、これをお願いしたいんですけど……」
エルフさん監修の下、店員の人に声を掛ける。
鞄から取り出した金の延べ棒をカウンターに並べた。すると店員さんはこれ以上ないほどに訝しげな面持ちとなり、我々と延べ棒との間で視線を行ったり来たり。え、オマエ、これ本物かよ? と訴えんばかりの反応だ。
「いくらくらいになりそうッスかね?」
「……お客さん、保護者の人は?」
「やっぱり必要ですか?」
「なんの遊びだか知らないけど、ふざけてるなら警察を呼ぶよ?」
「…………」
店員さんの表情には、目に見えて苛立ちが浮かび上がった。
テメェ舐めてんのか? みたいな。
想定したとおりの反応である。
そりゃそうだ。
自分だってこれはないわと思うもの。
そこで当初の予定通り、お目付け役のエルフさんに視線を向ける。
「あの、お願いできませんか?」
「わかった」
エルフの人の魔法におまかせコースだ。
未成年の自分が金品を質屋で売り払えるとは思わない。そこで何かしら上手い方法はないかとお姫様に相談したところ、幻術や精神感応なる魔法の存在を教えてもらった。相手を騙してあれやこれや、こちらに都合のいいことを行う方法だという。
まさか両親に質屋まで付き合ってもらう訳にはいかない都合上、今回はこちらのお世話になることにした。質屋の店員さんには申し訳ないけれど、異世界の人たちも切羽詰まっているようなので、ごめんなさいと心中で頭を下げつつの行いだ。
ちなみに入店以前、監視カメラを誤魔化すための幻術魔法も行使済みとなる。こちらは事前に自宅でトイカメラを利用して効果効能のほどを確認している。自宅で家族の目を誤魔化しているのも同系統の魔法だという。
異世界、なんて素晴らしいのだろう。
もしも叶うことなら、この技術を用いて夜の街に遊びに行きたい。
「ちょっとお客さん、なんだか知らないけど……」
苛立ちも顕著に声を上げてみせる質屋の店員さん。
これにエルフの人が、幻術の魔法と共に伝えた。
「黙れ、人間風情が」
「…………」
おぉう、こりゃ凄い。
店員さん、一発で黙ってしまったよ。
ついでに僅か一言で、エルフさんの人間に対する心象もだだ漏れ。
めっちゃ嫌悪感の感じられる物言いだった。
きっと自分に対しても、表には出ないだけで色々と溜め込んでいることだろう。そう考えると、彼女と行動を共にしている時間はなるべく短く留めたい。さっさと換金を済ませて買い出しに向かうとしよう。
ところで、今まさに店員さんは彼女の言葉に頷いてみせたが、異世界の言葉がこちらの世界で通用しない点は確認している。自分の言葉が両方の世界で理解を得ている一方、各々の世界の人たちは、それぞれでしかコミュニケーションが取れない。
お姫様によれば、我が身のそれは召喚魔法の賜物だそうな。
だから今の反応は、エルフさんの魔法が確実に掛かったことの保証とも言えた。
◇ ◆ ◇
お姫様からお預かりした金のインゴットは、約四千万円になった。
内半分を本日中に現金でゲット。
残りは翌日以降に受け取る運びとなった。
本来であれば現金で受け取ることに抵抗を覚える額だ。っていうか、こんな大金をよくまあ店内で管理していたものである。一千万くらいなら即日現金で融資する店舗もあるらしいけれど、それも業界大手の仕事。近所の質屋の底力を見た気分だった。
そして、当然ながら財布には入らない。
ヤクザ映画などではジュラルミンケースに札束を入れて運ぶシーンがたびたび見られる。実際に納めてみると、これが四分の一ほど埋まった。一杯まで敷き詰めたのなら、一億円くらい収まるのではなかろうか。
ケースは質屋の在庫からお買い求めさせて頂いた。
ちなみに売買に関わる個人情報は、店員さんに名義をお借りすることになった。後々問題になるのではないかと疑問に思わないでもないが、エルフさんが魔法を使ってグイグイと話を進めるものだから、自身は流されるがままに過ぎていった。
とてもではないけれど、口出しできる雰囲気ではなかったのだもの。これヤバいやつだと思いつつも、エルフさんと店員さんの間に立って通訳。目の前に札束が積まれるのを眺めることしかできなかった。
気分的には銀行強盗。
そして以降は当初の予定通り、商店街での買い出しと相成った。
こちらでも質屋と同様に、エルフさんの魔法が大活躍を見せた。
お買い求めしようとする量が半端ないので、子供相手には誰もが首を傾げる。それでも現金を見せつければ、買って買えないことはないだろう。けれど、後々になって問題になると面倒なので、こちらでも幻術魔法のお世話になることにした。
それはもう商店街の商品を丸っと買い込む勢いだ。
他人の財布でするお買い物が、こんなにも気分のいいものだとは思わなかった。
また、商店街で手に入れることができなかった商品については、近くにある大手総合スーパーまで足を伸ばした。商品の持ち帰りについては、商店街での配送各車に頼み込んで、どうにかこうにか相乗りとさせてもらった。
運送ドライバーには男性が多かったのでエルフさんの美貌様々。
更に魔法の力も手伝って商店街無双。
正直、自分より彼女の方が余程のこと役に立っている。
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