交差 一

「人間、ありがとうございます。まさかこれほどの食料を買い付けてもらえるとは思いませんでした。本当に貴方にはいくら感謝をしてもし足りません。このとおり、国の民を代表して礼を致します」


 その日、一通りの食料を運び込んだ俺は、鏡の世界でお城に呼び出された。


 納品を終えた品々は、既に一部で城下の民に配給が進んでいるという。


 最初に運び込んだ米も今晩から食卓に出回る予定なのだとか。


「これでまた我々は、戦う力を得ることができます」


「いえ、こちらこそ貴重な体験をどうもです」


 お姫様の手には金の質入れ明細と食料品の購入レシートがある。このあたりは商いに同行した銀髪エルフの彼女からも、直々に確認と証言を行ってもらっている。決してちょろまかしてはいませんよと、お姫様の前で同行者本人から保証してもらった。


 お金のやり取りは、やっぱりちゃんとしなきゃだと思うんですよ。


 ちなみに今いる場所は、お城に設けられた謁見の間である。


 そこで王座の前に立ったお姫様から、感謝の言葉を受けているところだった。


「人間、想定以上の働きだ。私からも礼を言わせてもらう」


 彼女の傍らに立ったトカゲの人も、同様に労いの言葉をくれた。それが以前にも医務室で彼女と共にいたトカゲの人かどうかは、外見から判断することは難しい。けれど、何故だか同じ人物なのではないかと感じられた。


「自分なんかよりも、むしろ一緒に来てくれたエルフの方々のおかげですよ。お二人の魔法がなかったら、お預かりした金を向こうの貨幣に替えられずに、今頃は意気消沈して戻ってくるところでした」


「仮にそうだとしても、貴方の協力が前提の賜物ですよ」


 周りには自分を囲うように様々な化け物が犇いていた。


 正直、凄く怖い。


 オーガを超える、なんかよく分からない重量級すら見受けられる。


 小さなお姫様の家臣にしては、違和感も甚だしい光景だ。


「貴方が人間でなければ、大々的にその存在を国民に打ち明けることもできました。しかし、今の状況ではそれも難しくあります。その活躍を城内に留めなければならない私の懐の小ささを許してください」


「そんな滅相もない。っていうかお金、本当に半分もらっていいんですか?」


「窮地を救って頂いたのですから、当然の謝礼です」


 半分ピンハネしてもいいよ、という約束は依然として有効だった。


 日本円にして二千万円という大金である。この場合、税金の扱いはどうなるのだろうかとか、色々と不安で仕方がない。質屋でのやり取りは魔法で誤魔化しているから、手を付けずに自宅にしまっておけば、たぶん大丈夫だとは思うけれど。


「あ、それと明日からは昼間、どうしても外せない用事がありまして、こっちに来るのは日が傾き始めた頃になってしまうんですけど、それでもいいですか? できるだけ急いで帰るようにしますから」


「そちらの世界では、日が傾いても市が開いているのですか?」


「それは大丈夫です」


 厳密には市ではなく総合スーパーなのだけれど、規模としては彼女の言うそれと変わりないように思われる。ただ、放課後はあまり時間をかけられないのが難点だ。今後は土日を主体として、より大量の食料品を運び込む必要がありそうだ。


 ジャスコ最強、愛してる。


「ところで、この後で時間はありますか?」


「この後ですか?」


「はい、ささやかではありますが、晩餐の席を用意しています」


「あ、えっと、すみません。ちょっと時間を確認させてください」


 お姫様に言われて腕時計に視線を向ける。


 時計の針は午後五時半を示していた。


 夕食が目前に迫っている。


「…………」


 友達と遊ぶのが楽しくて、あと少しだからと、帰宅を遅らせた小学校の時分を思い起こす。夕食の時間を一時間ほど過ぎてから帰ったところ、夜中まで家に入れてもらえず、食事も抜きで、拳骨をもらったものだ。翌月のお小遣いも減らされた。


 そして、これは今でも変わらないと思われる。


「実はこれから家族と食事を取る予定があるんです」


「そうですか。それは残念です……」


「せっかく誘ってもらったのに申し訳ないです」


「いいえ、こちらこそ急な提案をすみませんでした」


 こちらの世界の料理にはとても興味がある。


 いつか機会があれば、ご相伴に預かりたいものだ。




◆ ◇ ◆




 それからの一週間は、鏡の世界と自身の世界との往復で過ぎていった。


 既に高校受験と合格発表を終えて、あとは卒業するだけの身の上だ。部活動も退部手続きを済ませている。午後二時過ぎに学業を終えたのなら、そこから先は自由時間だった。学校の宿題に時間を持っていかれることもない。


 放課後は自宅に向かい一直線。


 鏡の世界に足を運んでエルフの二人と合流し、傾国の食料調達に励んだ。


 そんな一風変った生活習慣を送り始めて、五日目となる金曜日の放課後。


 それは起こった。


「あれ? 浩二じゃん」


「あ、本当だ」


「えっ? なんでアイツが女連れなの?」


 場所は街の一角である。


 田辺とその仲良しグループと遭遇したのだった。


「あ……」


 気づかない振りをして通り過ぎれば良かったのに、思わず声を上げてしまった。そして、気づけば彼らと目が合っていた。彼らは学校帰りらしく、制服姿でアイスクリームなどパクついている。


 対してこちらは、一度帰宅しているから私服だ。


 しかも隣には銀髪エルフの人。


「こんなところで何やってんの? 浩二」


 普段なら先方からこちらに近づいてくることはない。しかし、今日に限って彼らは歩み寄ってきた。しかもかなり意欲的に近づいてくる。まず間違いなく、隣を歩くエルフの人を珍しんでのことだろう。


 色白い肌と長い銀髪はどうしても人目を引く。


 幻術の魔法についても、買い物中はお世話になっている一方、路上ではその使用を控えていた。なんでもそれなりに大変な行いらしく、ずっと使っている訳にはいかないのだそうな。魔力なる不思議パワーを消費するとのこと。


「人間、知り合いか?」


「……学校の友達、かな」


 十数メートルほどあったお互いの間隔は、あっという間になくなった。


 こちらの行く手を遮るように男子生徒が数名並んだ。


「もしかしてデート? 私服に着替えちゃったりして」


「っていうか、めっちゃ可愛くない?」


「どこの国の人? お肌凄く綺麗だね」


 傍から見たら、不良に絡まれた苛められっ子、みたいに映るかも。


 いやいや、そういうの駄目でしょ。


 最近どうにも自虐っぽいぞ。


 前向きに幸いであった点を上げるなら、彼らの言葉がエルフの人には届いていないこと。彼女たちの言語を理解できるのは、こちらの世界において今のところ自分だけ。お姫様の言葉に従えば、召喚の儀の副作用。


 同時に自身の言葉は、こちらの世界の人たちには本来の日本語として響く一方で、鏡の世界の人たちには、現地の言葉で聞こえているのだという。詳しい原理は不明だけれど、まあ、そういうものだと素直に受け取ることにした。


 この点については、当然ながらエルフの人も把握している。


「ごめん、今ちょっと急いでるんだよ」


「なんだよ? せっかく会ったんだし、俺たちにも紹介してくれよ」


「そうだよ、お前一人で楽しんでんじゃねぇよ」


「俺らって同じクラスの友達だろ? 一緒に遊ぼうぜ」


 先週の土曜日、牛丼屋でクラスメイトと遭遇して以降も、自分は学内で普段通り振る舞っていた。だからだろう、彼らも遠慮なくこちらに声を掛けてくる。もしかしたら、全部承知した上でかもしれないけれど。


 しかし、それにしてもグイグイとくる。


 過去にこれほどまで、田辺たちから能動的に話しかけられたことはない。


「いや本当に、これから急ぎでやることがあるんだって」


「そんなこと言うなよ浩二、たまにはいいじゃん?」


「っていうか、マジで可愛いわ。何歳? 俺らとタメだったりする?」


 本来なら嬉しいはずの距離感が切ない。


 っていうか、田辺ってもう少しクールなキャラだと思ってた。


 それだけエルフの人が魅力的ってことなんだろう。


 一部商品は既に店舗から発送が行われており、なるべく早く自宅に戻る必要がある。彼らと遊んでいては、本日分としてお姫様から仰せつかった運び入れが、まず間違いなく間に合わなくなる。


 しかも明日は朝から晩まで雨の予報。


 搬入効率の低下が見込まれているので、本日の頑張りは大切なのだ。


「カラオケ行こうぜ? 俺、海外の歌とか聞いてみたいな」


「あ、それ賛成。俺も聞いてみたい」


「俺らが奢るから、それでいいしょ? 一緒に遊ぼうよ」


「おい、この者たちは何と言っているんだ?」


 一連のやり取りを受けて、エルフの人から疑問の声があがった。


 その顔には苛立ちが見て取れる。人間嫌いを公言して止まない彼女だから、一方的に絡まれている今の状況を不快に思っているのは間違いない。お互いに言葉が通じていなくて、本当によかった。


「き、君のことを褒め称えているっていうか……」


「はぁ? 人間風情が何を喚いているんだ」


 途端に彼女の顔が怒りに染まった。


 やはり、エルフの人たちの人間嫌いは本物だ。

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