交差 二
「いちいち相手にすることなどない、さっさと行くぞ!」
心底憎らしげに呟いてエルフの人が歩き出した。
田辺たちを肩で押しのけて、無理矢理にでも前に進もうとする。お姫様の言葉に従えば、彼女たちエルフは我々人間よりも、遥かに強靭な身体能力を備えているのだとか。おかげで眺めていて、肝の冷える光景である。
「え? この子、何て言ってんの?」
「っていうか、もしかして怒ってる?」
「ねぇ何語? これって何語?」
化け物たちの国を助けたいと感じている一方、自分は今の生活も大切なものだと考えている。当然ながら田辺たちとの関係は重要だ。既に円満な交流は臨むべくもないが、それでも反感を持たれるような真似は避けたい。
来週には卒業式が待っている。
高校に入学してからも、決して彼らとは無関係でいられない。教員に掛け合って調べたところ、彼の仲良しグループのうち二人とは、同じ学校に進学することになっている。入学早々、変な噂など流されでもしたら大変なことだ。
けれど、そうした自分の懸念など、先方には詮無きこと。
田辺がエルフの人の手を強引に取ったから、あぁ、どうしよう。
「ちょっと待ってよ、少しくらいお話してもいいじゃん?」
本人は軽い調子でやったのだろう。
しかし、相手は人間絶対殺すウーマンのエルフさん。
「貴様ぁっ!」
彼に向き直った彼女は、振り返りざまに回し蹴りを放った。
田辺の脇を腕ごとガツンと一発、力強く蹴り飛ばす。
「っ!?」
「ちょ、ちょっとちょっと!」
不意を打たれた田辺は大きく身体を飛ばせた。ただ蹴りつけられただけで、つま先が地面から浮かび上がるとか恐ろしい。声にならない悲鳴を上げて、彼の身体はアスファルトの上を転がっていった。
居合わせた通行人から、何がどうしたとばかり注目が集まる。
その視線を一身に受けて、エルフの人は大きな声で叫んでみせた。
「人間如きが私の肌に触れるな! 汚らわしいっ!」
お姫様を交えた事前の話し合いでは、こちらの世界を訪れて以降は不用意に魔法を使わないようにと、エルフの人たちにお願いしている。けれど、こうなるとそれも怪しい。次の瞬間にでも、ファイアボールとかしそうだ。
そう、ファイアボール、普通にあるらしい。
魔法を使えない人に命中したら、炭化は避けられないそうで。
「死ねっ!」
「ちょっとまって! お願いだから止めてあげて!」
田辺とエルフの人との間に身体を滑り込ませる。
両手を広げてこれ以上は勘弁して下さいと申し上げ。
「そこを退け!」
「買い物を続けられなくなるよ! 君も困るでしょ!?」
「っ……」
自分の声は彼女以外にも聞こえている。
表立って変なことは言えない。
暗にお姫様の存在を引き合いに出して、どうにかエルフの人の怒りを抑える。人の国と戦争をしていることも手伝い、彼女たちは人間を殺すことに何の躊躇もないそうだ。それはきっと、こちらの世界でも変わらないと思う。
「くそっ……」
身振り手振りで行く先を促すと、彼女は渋々と歩きだした。
如何せんエルフの人は目立つ。
商店街を抜けてからは大通りを避けて、人目の少ない細い路地を選んで家を目指すことにした。場合によっては問題が起こるかも、とは事前に備えていたけれど、まさか田辺たちを相手に暴力を振るうとは思わなかった。
「あの、ちょっといいですか?」
「……なんだ?」
周囲に人気がなくなったことを確認して声を掛ける。
するとエルフの人は、ジロリと睨むようにこちらを見つめてきた。できれば彼女の神経を逆撫でるようなことは言いたくない。けれど、今後も同じようなことがあったら大変だ。最低限、こちらの意志は伝えておくべきではなかろうか。
「この世界の人間は、君たちに何か悪いことをしたんですかね?」
「黙れ、人間などどこの世界にいようと同じだ」
「だからって、問答無用で暴力に訴えるのはどうかと思うんですけど」
「口で言っても分からぬから、身を持って教えたまでだ」
「っていうか、彼らとは言葉が通じていませんでしたよね?」
「…………」
鬼だ、鬼がいる。エルフというより般若。
正論を投げかけるのは危険っぽい。
こうなったら泣き落としに方向転換だ。
「彼らは自分の友達なんです」
「友達?」
「ういッス」
「なにを言っている? あの人間どもは、最初から私しか見ていなかっただろうが。気色悪い視線を向けてくれて、思い出しただけで鳥肌が立つ。次に出会ったのなら、あの平たい顔を叩き切ってやる」
「…………」
彼女の言葉を受けて、田辺たちの態度を思い起こす。
ご指摘の通りだった。
最近、心が傷ついてばかりで困る。
「あの人たちは自分が通う学校で、いつも中心にいる人たちなんですよ。だから、こんなことがあったら次に学校に行ったとき、とても大変なことになっちゃうんです。ぶっちゃけ死活問題なんですから」
「死活問題?」
「ええ、そうですよ」
「馬鹿なことを言うな。あんな雑魚にどうして怯む事がある? オマエが我々の世界で親しくしているガロンなど、ああ見えて人間の魔法使いを幾十人と相手に立ち回る猛者だぞ? ヤツを恐れずして、何故人間の子供如きを怖がる必要があるんだ」
「あ、いや、そういう意味じゃなくて……」
「そんなに恐ろしいのならば、代わりに私が殺してやろう!」
今日の晩ごはんはウナギよ! みたいな感じで言われた。
ぐいと平坦な胸を張って、とても誇らしげである。
自信満々な表情がとてもプリティ。
「…………」
そうした彼女の姿を眺めていると、クラスメイトの皆もこれくらい真正面から意見してくれたらよかったのに、なんて見当違いな寸感が胸に浮かんだ。いいや、そういったことを相手に望む意識こそが、きっと自分の駄目な点なのだろう。
コミュニケーションって難しい。
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