援助 一

「それで兄ちゃん、本当に全部ここに置いちゃってええんかい?」


「ええ、お願いします」


「なんや、自宅で商売でも始めるつもりか?」


「商売とは少し違うけど、まあ……概ねそんな感じです」


「その歳で思い切ったことをするもんだねぇ? まあ、こっちとしちゃあ商売繁盛で嬉しいけどさ。でも、ここで下ろしちゃったらもう返品は勘弁してくれよ? 袋が汚れるし傷がつくから」


「はい、そのあたりは大丈夫ッス」


 自宅前の路上に停められた軽トラ。その荷台に乗せられた品をしげしげと眺めては言葉を交わす。会話の相手は車両の持ち主であり、荷物の販売主である。自ら買い付けたとは言え、その光景は圧巻だった。


 荷物は一袋三十キロの米袋。


 それが合計で二十袋、トラックの荷台に乗せられていた。


 合計三十万円の買い物である。


 自身の財布から支払った額としては生まれて一番だ。財源を確保するに当たっては、小学校入学以来のお年玉や、小遣いの積み立てで貯めた貯金を全額引き出した。気分は街灯募金に諭吉を与える傷心のリーマンさながら。


「分かったよ、そんじゃあ下ろすとするかい。ああ、兄ちゃんも手伝ってくれないか? 流石にこれだけの荷物を一人で下ろすのは骨だ。手伝ってくれたら一袋余分にオマケしてやるから」


「本当ですか?」


「ああ、実はそう頼もうと思って積んできたんだよ」


「そういうことだったら、是非ともお願いします」


「それじゃあ荷台から下ろすから、兄ちゃんはそれを運んでくれんかね」


「分かりました。よろしくお願いします」


 軽トラックは道路脇の庭に接するように止められている。その荷台に乗った米屋のオヤジさんが、米袋を次々と路上に下ろしていく。自身はそうして下ろされた荷袋を片っ端から庭先の物置に運んでいく。


 一つ一つはお姫様にもらった原石と同じくらい。作業は黙々と続けられて、三十分ほどで全ての荷物が物置内に整列された。その頃には自分も米屋のオヤジさんも汗だくで、額をシャツの袖で拭うほどだった。


 支払いを済ませた俺は米屋を見送り自宅に戻る。


 次いで姿見を屋根裏部屋から庭に下ろした。


 鏡面が破損しないように、細心の注意を払っての作業だ。


 姿見の配置先は米袋の運び先と同じ物置内。


 これならテンポ良く運び入れることができるだろう。


「よしっ!」


 午後三時を少し回った頃合い、必要なものは全て揃った。


 姿見を通り抜けるにあたっては、衣類も一緒に向こう側に飛ばされた。少女からのお土産も同様である。それなら米袋だって同じだろう。そのように考えて、目の前に並べた一袋を両手に持つ。


 荷物は三十キロある。持ち上げていられるのは僅かな間だ。


 しかし、鏡面を抜ける分には十分だろう。


「よっしゃ……」


 プルプルと震える腕に鞭打って、肩を鏡面に触れさせた。


 すると直後に強烈な引力に身体を引かれる。


 瞬く間に視界が暗転、目の前が真っ暗になる。


 同時に地面が急に消失したかのように、足元に浮遊感が訪れた。肌に感じる大気の気温や湿度が急激に変化する。鏡の世界は今の時間、こちらの世界より少しだけ気温湿度共に低いみたいだ。


「……っ」


 数秒と要さずに足裏に固い感触が戻った。


 それは金属板でできた物置小屋の床とは異なり、石床の固く冷たい反発。前回のように転ばないように、慌ててバランスを取った。二度目の移動は先の帰宅と同様に、立ったまま行うことができた。コツを掴んだような気がする。


「…………」


 姿見が設置されているのは、最後にこちらで確認した部屋と変わりない。


 手の平に強い痺れを感じて、両手に抱えていた袋をどさりと床に置いた。


 部屋には誰もいない。


「すみませーん」


 隣の医務室に続くドアを軽くノックする。


 すると、なんじゃぁ? という返事と併せて足音が近づいてくる気配。


 やがてドアは医務室側から開かれて、白衣を着た猿人が顔を覗かせた。


「おぉ? おぬしは先刻の人間ではないか?」


「どうもです」


 至近距離で眺めるその姿は、やはり慣れないものである。


 どこからどうみても化け物だ。


 思わず一歩後ずさりそうになったぞう。


「どうしたんじゃ? まさか忘れ物でもしたかの?」


「いえ、忘れ物じゃありません。そちらのお姫様にお土産をもらったまま、こちらは何もお返しができていなかったので、改めて持ち込ませてもらいました。よかったらこれ、もらって頂けませんか?」


「そちらの世界の土産とな?」


「食料庫が焼かれたとか何とか、そんな話を耳にしましたので」


「というと、そいつは食べ物かのぉ?」


「大したものじゃないですが、少しでも足しになればと思いまして」


「ふむ……」


「あ、もしも忙しいようだったら勝手に置いていきます」


「いいや、分かった。しばしここで待っているがいい」


 絶対にこの部屋から出るでないぞ、と念を押して猿人は踵を返した。


 彼は部屋のドアを閉じると共に、どこへともなく歩いていった。


 それから一人、姿見の部屋で待つこと十数分ほど。


 やっぱり忙しそうだし、止めておけばよかったかな、などと考え始めた頃合いのこと。今度は逆に医務室の方からコンコンとノックを受けた。返事をするとすぐにドアは開かれて、猿人やトカゲの人と共に、お姫様がやってきた。


「あの、忙しいところを何度もすみません……」


「ガロンから話を聞きました。なんでも食料を持ち込んでくれたのだとか」


「米といって自分が住んでいる国の主食にあたる食物なんですけれど」


「米? それはこちらの世界の人間がいう米と同じものでしょうか?」


「小さな粒上の穀物で、水で煮て柔らかくして食べるものです」


「なるほど、それなら我々の知る穀物と同様に考えてよさそうですね」


 どうやらこちらの世界にもお米は存在しているようだ。


 細かい説明をせずに済んでよかった。


「ところで貴方は、それを持ち込むためにわざわざやって来たのですか?」


「帰り際に食料庫が燃やされたとかなんとか、物騒な話を聞いていたので、少しでも足しになればと思い持ってきました。もしかして邪魔だったりしますか? 決して無理にとは考えていないんですけれど」


「いえ、決してそんなことはありません。袋の中を見てもいいですか?」


「あ、はい。どうぞ確認してみてください」


 お姫様が米袋に歩み寄る。


 護衛だろうトカゲの人も一緒に寄ってきた。


 猿人も気になるのか二人に並んだ。


 三十キロ入りのそれは、一般的なスーパーで市販されている米袋とは異なり、厚手の紙袋で作られている。その口の部分を縛る堅牢な紙紐を解いて、彼女たちの目に触れるように中身を晒してみせた。


「どうですか?」


 クパァと広げた先にある白い粒々をお姫様の前に向ける。


 事前に確認したとおり、ちゃんとお米が詰まっているぞ。


「たしかに米ですね」


「綺麗に精米されておりますね、姫様」


「ええ、私もそう感じました」


 米袋を覗き込みながら、少女とトカゲの人は軽く所感を交わしてみせる。


 どうやら評価は上々のようだ。


「こんな具合なんですけど、あの、どうでしょうか?」


「貴方の心遣い、とても嬉しく思います」


 少女が米袋からこちらに向き直った。


 ニコリと浮かべられた笑顔がとても可愛らしい。


 腰下まで伸びたブロンドのサラリと揺れ動いては、室内灯に照らされてキラキラと煌く様子のなんと綺麗なこと。こちらを見つめるのは、人間離れした縦長な瞳孔が印象的な瞳。その眼差しを受けて、思わず背筋がブルリと震えた。

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