襲来 二
自宅に戻ってからは、雨天も手伝い大人しく自室に籠もった。
ただ、漫画を読もうにも、ゲームをやろうにも、果ては教科書と向き合おうにも、一向に集中できなかった。何をしていても鏡の向こう側が気になってしまい、あちらの世界に思いを巡らせている自分がいた。
一週間という短い期間にもかかわらず、大した影響の受けっぷり。
というのも、彼らから与えられた自身に対する興味や感心は、過去に自分がこちらの世界で経験した何よりも、濃密なものとして感じられたから。誰かに必要とされることが、これほど喜ばしいものだとは思わなかった。
だから気がつけば、あちらの世界のことばかり考えてしまう。
なんて卑しいのだろう。
けれど、その気持ちを否定することはできなかった。
次に姿見を抜けたとき、そこに誰もいなかったら、きっと悲しい。
「…………」
食料以外にも、何かしら差し入れなど持っていったらどうだろう。
ふと思い出したのは小学生の時分、おもちゃのトランシーバーで仲間と連絡を取りながら、森の中を駆け巡っていた記憶だ。友人たちはエアガンやガス銃を持っていた一方、自分はお祭りの夜店で買った銀玉鉄砲を片手にはしゃいでいた気がする。
自分が撃った弾は誰にも当たらなかったし、思えば誰からも当てられなかった。
「…………」
冷静に思い返してみると、ヤバいな、俺の人生。
まあいいや、過ぎたことにクヨクヨしても仕方がない。
それよりも今は鏡の向こうの世界である。
思い立ったボッチ野郎は財布を片手に自室を出発した。
自宅は都内から少し離れた郊外の住宅地にある。目的地までは最寄り駅まで徒歩で移動の上、電車を乗り継いで小一時間ほど。現地は大振りの雨日だと言うのに、天候など関係なく人で賑わっていた。
やって来たのは日本有数の電気街秋葉原。
こちらを訪れるのは初めてではない。
しかし、無線機器をお買い求めするのは初めてのこと。店も碌に知らない。傘を片手にあっちへうろうろ、こっちへうろうろ、しばらくを彷徨う羽目になった。本屋なら随所に見受けられるけれど、無線機器を扱っている店は意外と少ないみたいだ。
そうこうしていると、路上で見知った相手と出会った。
「あ……」
「ん?」
山川とその仲良しグループの男子生徒たちだ。
彼らはこちらに気づくと顔をしかめた。
多分、先週までの自分だったら気づかなかっただろう。
ほんの些細な変化である。
「おぉ、奇遇じゃん? 休日にこんなところで会うなんて」
不自然にならないように、学校で接するのと同じように声を掛ける。彼らのグループの内一人は、同じ高校に進学すると聞いている。なるべく波風を立てないように、当たり障りのない対応を取らなければ。
「あぁ、浩二か……」
「なんで浩二が秋葉原にいるんだよ?」
「い、いや、ちょっと必要なものがあってさ……」
反射的に、トランシーバーを買いに、とか口に出そうになった。けれどその瞬間、相手もいないのにそんな物がどうして必要なんだ? みたいなツッコミが脳内で想像されて、もにょもにょと言葉を濁すに至る。
「まさかボラクエを買いに来たのか?」
「いや、今日はまた別の買い物で来たんだけど」
「そうか……」
どことなくホッとした面持ちで山川は応じた。
教室で田辺たちが噂していたことは、どうやら本当のようだ。少なくとも山川のグループとは、割といい感じの付き合いができていたと思うんだけれど、どうしてこうなったと思わざるを得ない。
軽く確認を入れてみようかな。
「あ、そう言えばさ、山川ってアキバ詳しいよな?」
「それが何?」
「無線を扱ってる店を知りたいんだけど、知らない?」
「…………」
正面に立った山川に尋ねる。
すると彼は押し黙り、こちらから視線を逸らした。傍らでは同じグループの男子生徒たちが、小さな声で互いに囁き合っている。その視線は時折、こちらをチラリチラリと盗み見ていたりして、なにやら不穏な気配を感じるぞ。
やがて、それを肯定するように山川が口を開いた。
「浩二、悪いんだけどさ、もう俺たちに話しかけないでくれる?」
「え?」
「いやだから、学校でも町でも、俺たちに寄ってくるなってこと」
おうふ、まさか面と向かって言われるとは思わなかった。
しかしどうして、今このタイミングでなのだろう。
そう疑問に思ったところ、答えは少しだけ遅れて伝えられた。
「お前、田辺たちと喧嘩してるんだろ?」
「喧嘩?」
「お前が田辺の彼女を殴ったって、昨日グルチャで回ってきたんだよ」
「いやいやいや、ちょっと待った。それはないでしょ!?」
「そのメッセージ、他学年にまで回ってるみたいだから、俺たちもお前と話をするのが嫌なんだよ。悪いけどこれからは近づかないでもらえないか? こっちも田辺たちに嫌われたくないし、変な噂とか流されたら堪らないから」
たぶん、エルフの人との一件で反感を買ってしまったのだろう。
それにしても大それたニュースだとは思うけれど。
「山川、それは違うんだって! 俺は何もしてないから!」
「……そうなの?」
「当然だろ? どうして俺が田辺の彼女を殴らなきゃならないんだよ」
「だけど、メッセージは回ってきたんだけど?」
「きっと田辺の勘違いだって! 普通、女の子殴ったりしないでしょ?」
「どうして田辺がそんな勘違いするんだよ? それこそ変じゃない?」
「いや、だからそれは……」
「っていうか、写真には普通に痣とかあったし、お前の話のほうが嘘っぽくない? 田辺の友達もその場面に居合わせたっていうし、この状況で信じろとか言われても、こっちとしては困るんだけど」
おうふ、俺の信用、めっちゃ低いぞ。
これといって嘘を吐いた覚えもないんだけれど。
常日頃から誠実に対応していた筈でございます。
どうやったら他人からの信用って得られるんだろう。
「おい、山川、もういいだろ? 早く行こうぜ」
「急がないとイベントが始まっちゃうし」
「っていうか、雨降ってるからさっさと中へ入りたいんだけど」
痺れを切らしたように、先方の仲間内から声が上がった。
これに促されるようにして、山川の足が動き出す。
「まあ、そういう訳だから……」
短く呟いて、こちらの脇をスッと通り過ぎて行った。
その背にかける言葉は見つからない。段々と小さくなっていく彼らの姿を目で追うことしかできなかった。それもやがて人混みに飲まれて見えなくなる。あとには雑多な喧騒と雨が地を叩く音だけが残された。
エルフの人から一方的に蹴り飛ばされた田辺の心境を思うと、こちらを悪く思う気持ちは分からなくはない。かなり景気よく吹っ飛んでいた。それも仲のいい友達の見ている前でのこと。メンツ、丸潰れだったろう。
本当に申し訳ないことをしたと思う。
「………」
彼女の頬の痣とやらについては謎だけれど、これは考えても仕方がない。画像を加工するアプリも最近は色々とあると聞くし、スマホを持っていない自分にはグループチャットのメッセージなど、遥か遠い国の出来事のように感じられる。
それこそ異世界の方が近く感じるくらいだ。
こうなるともう学内での立場は絶望的である。
メンタルも瀕死の重傷でございます。
代わりと言ってはなんだけれど、身体を動かして気分を紛らわせよう。
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