交流 二

 地震が収まると、お姫様の私室にはすぐにトカゲの人が飛び込んできた。


 多分だけれど、彼女からラウドと呼ばれていた個体だと思う。


「姫様っ! ご無事ですか!?」


「はい、それよりも状況を報告してください」


「はっ! ただいま人間より前回と同様の攻撃を受けました」


「各所の被害はどうなっていますか?」


「どうやら結界を維持する陣の配置が人間どもにばれていたらしく、その内の二つに集中的に砲撃を受けてしまいました。結果、術者の幾人かが負傷して、現在は結界の大きさが従来の三分の一程度に落ちています」


「町の結界が破られたのですかっ!?」


「幸いにして城は残る三分の一に含まれていますが、町の外郭では既に人間の軍が大挙しております。我々も即座に防衛に向かいましたが、先手を打たれて苦しい状況にあるのは間違いないかと思います」


「まさか夜中に仕掛けてくるとは……」


 お姫様の顔がみるみるうちに青白く変化していく。


 かなり深刻な状況のようだ。


「とりあえず、私と一緒にテラスまで来てください」


「分かりました、すぐに支度をします」


 席を立った彼女は素早く着替えを始めた。


 これに居合わせた自分はといえば、お姫様が衣服に手をかけたところで、ラウドさんの手によって部屋の外に連れ出された。そして、廊下に出て部屋のドアを閉めた直後に、ドスの利いた声で言われた。


「人間、もしものときは頼んだぞ?」


「あの、それなんですけど……」


 先程のお姫様の主張が脳裏に思い浮かぶ。


 本人の意思を無視してまで、連れて行く訳にはいかない。けれど、やっぱり嫌だと断るのも気が引ける。そして恐らく、人外である彼女は自分なんかよりも、余程のこと腕っぷしに優れている。


 完全に詰んでいるぞ、お姫様の異世界亡命作戦。


「ラウド、支度ができました」


「はっ! それでは参りましょう」


 一体どんな魔法を使って服を着替えたのだろう。


 数分と要さず、普段着に着替えた彼女が部屋から現れた。


 ラウドさんはお姫様を先導するように歩き始めた。


 彼女は駆け足でこれに続く。


 こうなると自分は二人の背中を追う他になかった。


 辿り着いたのは城の正面に設けられた、かなり規模の大きなテラスだ。


 目前には地平線まで続く広大な夜空と、その下に広がる町並みが窺える。


「戦況はどうなっていますか?」


「はっ! 魔法に長ける者たちは、結界の規模拡大に向けて奮闘しております。そうでない者たちは町の内部に攻め込んで来た人間たちとぶつかっています。民も弱者を除いて外壁に付き、防衛に勤めているとのことです」


「何はともあれ、結界を復活させるのが第一です。私も行きましょう」


 お姫様がテラスの外枠に身を乗り出す。


 すると、その肩に手を置いてラウドさんが彼女を止めた。


「いいえ、姫様はここでお待ちください。既に人間は町の内部にも入り込んでいます。万が一にも姫様が討たれるようなことがあっては、この国は人間に奪われるまでもなく終わってしまいます」


「しかし、私ならばそれなりの戦力になるはずです。こうして何もせずに手を拱いてばかりはいられません。今も血を流し戦っている仲間がいるのですから、それに加勢せずに何が姫ですか」


「ですがお言葉ですが、姫様は成竜ではありません」


「そ、それは、そうですが……」


「どうか姫様は城に残ってください。これは国に住まう民、全員の意向なのです。我々はここが姫様の住まう城だからこそ守っているのです。その熱意を奪うようなことはしないで欲しいのです」


 そうして語るラウドさんはいつになく熱弁だった。


 お姫様が相手としては、破格の物言いだ。


「姫様はそこの人間と共に、ここで我々の戦いを見守っていてください」


「ま、待ちなさい!」


「人間よ、姫様を頼んだぞ!」


 彼は一方的に告げると、我々に背を向けてテラスの柵に手をかけた。


 そうかと思えば、これを一息に飛び越えて空中に躍り出る。まさかの飛び降り自殺に異世界一年生の自分は目を見開いて驚く。この人は何をやっているのだと、咄嗟に声を上げそうになった。


 しかし、その直後に彼の身体は変化を見せた。


 次の瞬間、巨大な竜に姿を変えているではないか。


「う、うぉお……」


 思わず声が漏れた。


 まさか変身するとは思わなかった。


 ラウドさん、めちゃくちゃ格好いいんですけれど。


「待ちなさい、ラウド! これは命令ですっ!」


 お姫様が声を張り上げる。


 けれど、これまで目の当たりにしてきた忠義が嘘のように、ラウドさんは彼女の意思を無視して空を飛んでいってしまった。ばっさばっさと羽ばたかれる翼が、お姫様の言葉の全てを掻き消しているように感じられた。


 彼の向かう先に目を凝らす。


 そこでは火薬の爆ぜるような音と共に、眩い閃光が繰り返し瞬く様子が窺えた。それが人と化け物との争いであると理解できたのは、界隈の建物より遥かに巨大な体躯を伴い、町を守るように動く異形の数々が見受けられたから。


 初めて目の当たりにする異界の戦争は、まるで怪獣映画のようだった。


「マジか……」


 金属のぶつかり合う音や、人のものとも化け物のものとも知れない怒声と悲鳴。大砲の打ち出される爆発音や、魔法と思しき何かしらが放たれる炸裂音。更には建物が倒壊する破壊音など、随所から様々な音が聞こえてくる。


 戦場はまだ遠く合戦の場はかなり先にある。


 だというのに耳に届くだけでも、とんでもない迫力が感じられた。


 また、町はある特定の場所を境にして、火の手が完全に防がれている。これこそがお姫様たちの語っていた結界の効能だろう。その境界は水と油の境界面のようである。人の出入りも制限されているのか、とても綺麗に映る。


「くっ……」


 すぐ傍らで、お姫様が悔しそうに拳を握っていた。


 ギリリと歯を食いしばっていらっしゃる。


「あの……」


「人間、私も出ます! 止めるのではありませんよっ!」


「ちょ、ちょっと待ってくださいっ!」


「待ちませんっ!」


「お願いします! とりあえず話を聞いてっ!」


 今にも駆け出さんと足を浮かせたお姫様。その腕を大慌てで取った。


 すると彼女は珍しくも憤怒の形相でこちらを睨みつける。


 いつも優しかった相手に睨まれるというのは悲しいものだ。


「なんだと言うのですかっ!」


「君はこの城の総大将ですよね? そんな人が前線に立ってどうするんですか。大将なら大将らしく、自分の仕事をまっとうするべきだとは思いませんか? まさか自身に与えられた仕事を放棄するつもりですか?」


「前線に出向く以外に、どんな仕事があると言うのですか!」


「全体の指揮とか、そういうの色々とあるんじゃないですか?」


「この状況で伝令を運んでいる余裕はありませんっ!」


「いえ、その為に自分も色々と持ち込んだと言いますか……」


「もし仮にそうだとしても、今の状況で私から何が伝えられるというのですか。私が指示を出さずとも既に皆々は、結界の修復と侵略への防戦、共に理に叶った動きをしています。ならば一人でも多く、その現場に走るべきではありませんか!?」


「だったら尚更、全体を見て効率を考えるべきだと思いませんか? お姫様が一騎当千の最強ドラゴンだったら、自分も止めることはしません。けれど、ラウドさんとの話を聞いた感じ、そういう訳でもなさそうじゃないですか」


「そ、それは……」


「だからどうか、自分と一緒に頑張ってもらえませんか?」


「しかし私はっ……」


「決して損はさせません。無線の送受信機は皆さん、首に掛けるように指示していると聞きました。それだったら君の声を聞かせてあげるだけでも、現場の方々はきっと、これ以上ない励みになると思うんですよ」


「…………」


 ラウドさんとの約束を最後まで守ることはできないと思う。


 けれどせめて、彼らが己の領分を全うするまでは彼女を支えたい。


「……わかりました」


「本当?」


「そういうことなら、さ、さっさと行きますよっ!」


「ういッス」


 走り出したお姫様の後を追いかけて、テラスから城内に戻る。


 先を進む彼女は健脚であって、こちらは背中を追うので一杯一杯だ。その勢いといったら、五十メートル走の全力疾走を延々と続けているようなもの。途中の階段など、三段飛ばし、四段飛ばし、あぁ、見失いそうである。


 やはり彼女も大した化け物だった。


 惜しげのないパンチラ、本当にありがとうございます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る