交流 三
辿り着いた先は、お城に生えた一際高い塔の最上階。
大して高さのない柵を越えて、眼下に広がる光景に思わず唾を飲み込む。現代の高層建築物と比較すれば低いけれど、それでも数十メートルの高さがある。ちょっとした強風で落下しそうな危うさが恐ろしい。
無線機の中継機を設置するには、最適なロケーションではなかろうか。
木箱を加工して作られた木製の庇と、その陰に設けられた機器一式を確認して、手早くセットアップを行う。説明書を見ながら事前に進めておいたので、そこまで苦労することなく疎通は確認できた。
同時に十台までの全二重通信を可能とする、業務用の無線機である。
その母艦とも言える機器がこちらにはいくつか並んでいる。
電源は小型のエンジンバッテリーから取っている。今にして思えば、いくら気分が高ぶっていたとはいえ、大層な買い物をしたものだ。スタンドでガソリンを調達した事実と併せて、後々問題になりそうで怖い。
「ここに向かって話しかければ、君の声が仲間に届くから」
簡単な説明と共に、送受信機を取りまとめた束を渡す。
同時に外部スピーカーの電源を入れると、一斉に音が鳴り始めた。耳にした直後はノイズかとも思ったけれど、それぞれが町のあちらこちらに散った端末から送られてくる戦いの気配であった。
怒声だったり、破壊音だったり、悲鳴だったり。
そうした音を耳にして、お姫様が声も大きく叫びを上げた。
「み、皆っ! 頑張ってくださいっ!」
手にした端末を握りしめて、火の手が上がった町に向かい訴える。
その表情は今にも泣き出してしまいそう。
「私はこの国を終わらせたくありません! だからどうか、皆っ!」
するとスピーカーの向こう側から反応があった。
『お、おいっ、姫様の声が聞こえたぞ!?』『姫様? 姫様なのかっ!?』『誰かっ! この近くに姫様が居るぞ! お守りしろっ!』『姫様だっ! 姫様の声がこれから聞こえてきたぞっ!』『あの妙な人間が持ってきた箱から、我らが姫様の声が聞こえるっ!』
化け物たちのものと思しき声が、いくつも連なるように聞こえてきた。
そして、これは中継機を介したことで、それぞれの端末間でも双方向で響き合った。お互いの耳に届く離れた場所で戦う仲間の声に、各所から驚喜の叫びが上がる。その様子を確認して、お姫様もまたスピーカーに耳を傾けた。
「に、人間! 皆の声が聞こえます、聞こえてきますっ!」
「それはなによりッス」
こちらが想像した以上に、鮮明な現地の音が届けられる。
トランシーバーなんて久方ぶりに使った。小さい頃に触れたおもちゃは、もっとノイズ混じりで悲惨なものだった。けれど今回導入した機器については、かなりクリアな音質で向こうの声を伝えてくれる。
なんて凄いんだ業務用。
店員さんの言うことを素直に聞いておいてよかった。
「このまま語りかければいいのですか?」
「たぶん、姫様が話しかけるだけでも意味があるんじゃないかなと」
そんな気がした。
だって皆さん、とても嬉しそうだったもの。
「皆、聞いてくださいっ! 私は今、城で皆の戦いを感じています。自ら戦いの場に赴けないことを許して下さい。ですがこうして、皆の勇士はしっかりと伝え聞いています。だからどうか、皆は皆の為に頑張ってくださいっ!」
『ぉおおおっ! 姫様だ! 姫様が俺たちの戦いっぷりを見守っているぞ!?』『皆の者、人間などに負けるでない! 我々には姫様がついているっ!』『同士よ! 国を、民を守るのだっ! 我らが姫様の為にっ!』
『いけぇえっ! すすめぇえっ! 絶対に城に近づかせるなぁっ!』『この程度の敵が捌けない道理など無いわぁあっ!』『殺せ、殺せっ、殺せぇえええっ! 姫様の為に人間どもを殺し尽くせぇええいっ!』
お姫様が何かを口にするたびに、誰とも知らない声が数多上がる。そこには泣き言など一つも混じっていない。誰もが己を鼓舞させんと威勢の良い咆哮を上げて、彼女の語りかけに応じていた。
両者のやり取りは繰り返される。
過去に猿人ガロンから確認したところ、敵との戦力差は単純に兵数を比較して十倍以上とのこと。しかし、届けられる言葉に憂いの色はまるで感じられない。誰もがやったれやったれと血気盛んに声を張り上げている。
『姫様っ! どうか私たちの戦いをどうか見守っていてくだされっ!』『人間どもに目に物見せてやるのだ! 姫様をお守りしなければ!』『こうして姫様の声が聞こえるだけで、活力が湧いてまいりますなっ!』『うむ、まだまだ若いもんには負けんぞう!』
『こちら正門付近、まだまだ余裕でやれますぞぉっ!』『こちら南門付近、正門の者たちに負けるな!』『若い連中が加勢にきた! どこか力が欲しいところはあるか?』『それなら北門に回してくれ。人間どもが押し寄せてきやがった!』
やがてお互いの通話が伝搬し始めたことで、自身が想定していた本来の使い方が、現場単位ではあるけれど、段々と運用され始めた。どうやら戦場に出ている彼らも、手にした物体Xの効果効能を理解してくれたようだ。
仲間の元気な声を聞いたことで、お姫様も落ち着きを取り戻す。
「人間、貴方が持ってきた道具は大したものですね」
「役に立ったようでなによりッス」
当初は化け物たちの素っ気無い反応から無用とも考えた。
けれどなかなか、いい仕事するじゃないの。
「戦場にいる仲間を、こんなにも近くに感じられるとは……」
「…………」
それからしばらく、彼女はスピーカー越しに仲間の声に耳を傾けていた。
しかし、これだけではあまり意味がない。
せっかく現場の方々が利用に慣れてきたのだから、ぶっつけ本番ではあるけれど、本格的に運用してはどうだろう。こちらのお姫様の指示であれば、たとえどんな内容であったとしても、きっと誰もが二つ返事で応じてくれるに違いない。
そんな彼らがリアルタイムの中央統制を得たのなら、戦力はこれまで以上に増強されるのではないかなとか。
「早速ですが、本格的に指示を出してもらえませんか?」
「……私がですか?」
「他に誰もいないんですけれど」
「そ、それは……」
「これまで全体の指揮は誰がやってたんですか?」
「現場にいる部族長たちが、それぞれ部族単位で指揮を執りつつ、お互いに連携しておりました。父上も彼らと共に先頭に立って戦っていたので、誰かが全体を俯瞰して指示を出すようなことは、恐らくほとんどありませんでした」
「なるほど」
戦国時代、二陣営に複数の武将が入り乱れての戦みたいな感じだ。
彼女のパパが国一番の戦力であった経緯を思えば、それも仕方がない判断のように感じられる。だってそれが一番効率がいいのだから。しかし、今は違う。だからこそ相応の手を打つべきだと思います。
可愛い女の子がトップに立って陣頭指揮とか、個人的に凄くグッとくる。
軍服コス、最高でしょ。
「それじゃあ、この場は君の出番ですね」
「しかし、指揮とはいっても何をすればいいのか……」
とりあえずヨイショしてみた。
だが、お姫様の面持ちは覚束ない。
「この世界では怪我の治療に魔法を利用すると、ガロンさんから伺いました」
「はい、骨が折れた程度であれば、すぐに癒やすことができます」
つい数日前、脇腹に矢を受けて死にかけた雑魚ヒューマンがいた。それを僅か数時間で、傷跡一つ残さず治療した匠の技を思い起こして問いかける。あれだけの勢いで怪我を治せるなら、前線担当者もローテーションを組めそうだ。
「だったらまずは、怪我をした方々の対応を優先しましょうよ。城の中に怪我人の収容所を設けて、そこに魔法の治療ができる人たちを集めます。各所からお城に負傷者を運搬するのは、争いに参加できない人たちを集めてグループを作りましょう」
「なるほど、分かりました」
「あとは空を飛べる方々に、高いところを飛んでもらって町の情報を……」
こちらの言葉に頷いて、お姫様が端末に向かい指示を出す。
たとえ顔が見えなくても、君主の声を聞き間違える者は一人もいなかった。彼女の言葉を信じて、現地では化け物たちが行動を開始する。これに手応えを感じて、自分は次に何をするべきか頭を巡らせ始めた。
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