交流 四

「人間、負傷者の搬送と治療が始まりました!」


「あ、はい。どうもです」


 お姫様と協力して指揮に臨むことしばらく。試行錯誤の末に段々と感覚が掴めてきた。こちらが想定したとおり現場が推移していくというか、ある種の手応えのようなものを感じ始めていた。


 無線越しに与えられる現場の士気も依然として高い。


 これならいけるのではないか、なんて考えてしまう感じ。


「次はどうしますか?」


「今一番苦労してるところって分かりますか?」


「これまでの報告からすると、やはり正門前が大変そうです」


「空を飛べる方々って、そっちには回ってます?」


「はい、空を飛べる者たちも率先して戦ってくれています。ですが相手の数が膨大で、いくら倒してもきりがないのです。人間と戦うときはいつもこうです。父上の吐く炎であれば、一度に幾百という人間を払うことができたのですが」


 彼女から聞いた話、こちらの世界では人間も空を飛ぶらしい。


 魔法の力って凄い。


 しかし、空を飛びながらの諸活動は一定の技術を要する上、化け物には人間よりも飛行に優れた種族が多く存在しているため、戦場で人が主だって飛び回るようなことは滅多にないのだという。


 だから本来、空は我々のものだとお姫様は語った。


 これほど頼もしいお言葉はない。


 それなら空から魔法を降らせて周ればいいじゃない、とは彼女の説明を受けて早々に返させて頂いたこちらの弁だ。しかし、今回のように相手の数が多い場合、敵も数に物を言わせて、空を飛ぶ竜にさえ集ってくるのだとご回答を受けた。


 まるで象に群れる軍隊アリのような在り方だ、こちらの人類。


「東門脇に開いた突破口のあたりって、少し余裕がありましたよね?」


「ええ、あちらは我々が押しています」


「それと北門も、ついさっき敵が下がったって聞きました」


「間違いありません。そちらも報告を受けました」


「それじゃあ北門まで結界を張れる人を連れて行って、一時的に足止めをお願いできませんか? 代わりに北門付近に張り付いていた戦力を、東門脇に開いた突破口に向けて、挟み撃ちにしたいです。北門が片付けば、正門に戦力を動かせますよね?」


「しかし戦力の移動はどうするのですか?」


「負傷者を運ぶ便に相乗りできませんか? 導線は同じなので」


「なるほど、たしかにそれなら問題なさそうです。しかし、結界の修復が遅れてしまいますが、構わないのですか? 結界を張らないことには、この状況を収拾することは困難のように思いますが……」


「結界を張るのに必要な場所は、まだ敵が占拠しているんですよね? それだったら貴重な戦力を闇雲に消費するのは勿体ないと思うんですよ。それよりも効果的に使えるところで頑張ってもらえないかなと」


「わ、分かりました。皆に頼んでみます!」


「それと治療が終わった方々は、順次正門に送って頂けたらと」


「はい、そのように伝えます」


「どうもです」


 お姫様が無線端末に向かって指令を出す。


 すると指示を受けた誰かが声を上げて動き出す。その反応は自分やお姫様の正面に並べられたスピーカーから、逐一音声として伝えられてくる。これを確認したことで、我々は再び続く動きを検討に入る。


 そうしたサイクルが、かれこれ小一時間ほど続けられていた。


 手元には無線越しに得られた情報から作成した、町の状況を知らせる地図がある。自宅から持ち込んだレポート用紙と筆記用具を利用したものだ。刻一刻と変化を見せる戦況に併せて、足下には大量の消しゴムのカスが溜まっている。


 反撃には程遠く、防衛で手一杯。


 けれど、様々な化け物が一丸となり頑張っている。


「そういえば、こちらのお城に金品はまだ残っていますか? 自分が食料の仕入れに際して頂戴した金の延べ棒とか、パッと見ただけでも、ちゃんと価値があると判断できるものだと嬉しいんですが」


「ありますけど、それがどうしたのですか?」


「どうせ取られるくらいなら、景気よくばら撒きたらどうかと」


「……どういうことですか?」


 お姫様の顔が訝しげに歪む。


 説明が適当すぎたようだ、ごめんなさい。


「これだけの人間が一度に攻めてきている訳だから、末端の兵士には大した結束もないと思うんですよ。そもそもお金や土地が欲しくて、他所を攻めに来ているんだから、値打ちものを降らせたら先方は混乱するかなと思いまして」


「なるほど、それはやってみる価値があると思います」


「ただ、味方が拾いに走る、なんてことはないですよね?」


「当然です! 人間、あまり我々を侮辱すると許しませんよ?」


「わ、分かってます。だからこその提案ですからっ……」


「では、その通り伝えます」


「投下のタイミングに合わせて、付近の味方には一気に盛り返すよう伝えてもらっていいですか? それと後で回収するのなら、できれば踏みつけたりしないようにと、周知しないとまずいかもしれません」


「人間、貴方は敵に勝ったつもりでいるのですか?」


「できることなら、君の仲間との約束を破りたくないんですよ」


「……そうですか」


 お姫様の身柄を巡る一件で、顔を合わせた化け物たちの姿を思い出す。


 誰もが凶悪な面構えをしていた。もしも約束を破ろうものなら、死して尚も向こうの世界まで追いかけてきて、枕元に化けて出そうな雰囲気を感じる。同時にあの気のいい化け物たちの意思を無下にするのも気が引けた。


『姫様っ! 南門に敵の増援が近づきつつありますっ! 少なくとも三千は集まっているものと思います。このままだとすぐに南門を守るオーガたちと接触してしまいます。こ、これは大変なことですっ!』


 無線越しに報告が入った。


 町の上空を哨戒する鳥人からの一報だ。


「分かりました、報告をありがとうございます」


『はっ!』


 現状、幸いであった点を上げるとすると、高いところからの状況確認を敵に邪魔される機会が少ないことだろうか。一箇所に留まっていると集られてしまうけれど、動き回っていれば多少魔法が飛んでくるくらい。


「人間、このままだと間違いなく突破されてしまいます!」


「そうは言っても、他も割とカツカツなんですよね……」


 お姫様と共に手元の地図を眺めて頭を悩ませる。


 どこもギリギリの状況で頑張って下さっている。下手に戦力を移動させては、南門の崩落を待つまでもなく、そちらが瓦解してしまいそう。けれど、そうかと言って数千人規模の増援を無視する訳にもいかない。


「あ、一つ提案なんですけれど」


「なんですか?」


「空を飛べる方々に魔法を使える方々を担いでもらって、頭上から撃っては逃げ、撃っては逃げを、延々と繰り返すとかどうでしょう。空から火の玉なり何なりを雨のように降らせるような感覚なんですけれど」


 イメージは元の世界の爆撃機である。


 焼夷弾を降らせるような感じ。


「それは過去に我々も行ったことがあります」


「もしかして、駄目でした?」


「先程にも説明したとおり、最後は相手の数に負けて、わらわらと集られてしまうのです。我々が出した結論としては、空を飛ぶ者は空を飛ぶ者として、魔法を使うものは魔法を使うものとして、別々に戦った方が効率が良いということでした」


「ごめんなさい、今回はそうじゃなくて常に飛び回るイメージです。相手に集られないように、常に町のあちらこちらを飛び回りつつ、特定の場所にこだわらずに魔法を降らせたらどうでしょうか?」


「町の上空を循環して飛び回り、魔法を降らせるということですか?」


「まさにそんな感じです。こっちも試したことありますか?」


「いいえ、それはありませんが……」


「申し訳ないんですけど、試してもらってもいいですか? たまに来る空からの攻撃に、ずっと備えておかないといけないのは、かなりのプレッシャーになると思うんですよ。一方でこちらの労力はそこまででもないですし」


「しかし、それと南門とはどういった関係があるのですか?」


「そうして攻撃を与えた箇所から、逐次少しずつ戦力を南門に送ってもらえませんか? この丸が付いた部分から数人ずつ集まれば、三、四十名は確保できると思います。それでしばらく持ちこたえてもらいたいんですけれど」


「承知しました。ではそのように指示を出します」


「時間がないみたいだから、これは最優先でお願いします」


「分かりました」


 お姫様に無線での指揮をお願いをすると共に、手元の地図に今説明した内容をメモとして付け加える。果たして戦場と上手く対応しているのか、眺めていて不安で仕方がない。あと、シャーペンの芯が切れそうなのどうしよう。


『姫様、医務室に治療を終えた者が幾らかおりますので送ってくだされ』


「ありがとうございます、ガロン。すぐに対応します」


『正門で負傷者が出ました! 姫様、どうかお願いしますっ!』


「はい、そちらにも仲間に向かってもらいます!」


 お姫様、めっちゃ忙しそう。複数の端末を取っ替え引っ替えしている。


 少しでもお助けできたらよかったのだけれど、こればかりは彼女にしか務まらない。自分みたいな、どこの馬の骨ともしれないヤツが声を掛けても、その意志は現場の化け物たちには届かないから。


 この国における彼女の支持は絶大だ。


 誰も疑問を持つことなく盲目的に従う。元より玉砕必至での抵抗なので、どのような危険な命令であったとしても、文句なく遂行してみせる。それはきっと最後の一体になるまで、きっと変わらないことだろう。


 状況は未だにこちらが不利だ。


 けれど、段々と町内における人員の循環が機能し始めた為か、化け物たちは本来の勢いを取り戻してきているように感じる。無尽蔵とも思える人類を前にしても、決して諦めない彼らの努力が、少しづつ実を結ぼうとしていた。


 広大な町を背景に、十倍以上の兵員差を与えられながらの籠城など、当初は土台無理だと考えていた。けれど、彼らが誇る一騎当千の人外パワーは、決して嘘ではなかった。身体の大きなドラゴンなど、文字通り一人で千人近い人間を相手にしている。


『姫様っ! 北門付近の人間どもは粗方倒しましたぜっ!』


『姫様っ! 逃げ遅れた女子供の避難が終わりましたっ!』


『姫様っ! 西の崩された外壁の修理が終わりましたっ!』


 誰もが姫様、姫様と力強い声をかけてくる


 これに彼女は笑みを浮かべて言葉を返す。


「皆っ! 我々は決して負けていませんっ! 頑張って下さいっ!」


 すると今まで以上に強烈な咆哮が、スピーカーの向こう側から返された。うぉおおおお、だとか、ドギャース、だとか、なんかよく分からない鳴き声のようなものも混じっているけれど、いずれも聞いていて元気が湧いてくる。


 まだまだいけますよ、って感じが言外に伝わってきた。


「この調子で人間どもを追い返すのです! 我々の国を守るのですっ!」


 一際大きな声で、お姫様は訴えてみせた。


 既に争いが始まってから結構な時間が経過している。皆々かなり疲労やストレスが溜まっているにことだろう。しかし、それでもスピーカー越しに届けられる化け物たちの咆哮には、些末な陰りも感じられなかった。


『姫様が我々を鼓舞してくださる! 皆のもの、進めぇ進めぇっ!』


『人間どもを追い返せ! 姫様には指一本たりとも触れさせるな!』


『結界の修復を急げ! 何があっても姫様の城に敵を近づけるなっ!』


『殺せっ! 殺せっ! 殺せぇっ! 人間どもを殺し尽くせぇええ!』


『いけるっ! いけるぞぉっ! これなら人間どもに勝てるぞぉっ!』


 この調子なら追い返せるのではないか。そんな希望が自身にも垣間見えた瞬間だった。非常に頼もしい彼女の仲間たちの声に、後方で祈るしかない自分もまた、勇気づけられるのを感じた。


 心臓はドクドクと激しく脈打っている。


 こんな気持ちになったのは、生まれて始めてのことだ。

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