真実
その日、何よりも衝撃的だった事実は放課後に伝えられた。
机の中に忘れたノートを取りに戻った際の出来事である。廊下を進む自身の耳に聞こえたのは、目的とする教室で盛り上がる男女数名の声だった。とても楽しそうに語り合っている様子が音だけで分かる。
放課後の教室で何の話をしているのだろう。
興味を覚えつつ歩みを進める。
すると聞こえてきたのは、佐藤浩二という名前だった。
どうやら自身が話題に上がっているようだ。
当然ながら気になる。
もしかして恋バナとか、そういう感じだろうか。
ちょっとちょっと、俄然期待してしまうじゃないの。
続くお喋りが気になって、教室まであと数歩といった辺りで足を止めた。
ワクワクとしながら。
「ぶっちゃけ、浩二、アイツってウザくね?」
「あー、言えてる、マジで言えてる」
「馴れ馴れしく話しかけんなって感じだよな」
「なんで呼んでもないのに話に入ってくるのかなぁ?」
「萎えるんだよね、アイツが入ってくると」
思わず自身の耳を疑った。
え、マジかよ? みたいな。
というか、あまりにも驚いてしまったもので、自然と声が漏れていた。ただ、幸いそれは小さくて、教室内まで届くことはなかった。大慌てで口を閉ざすと共に、気配を殺して教室の様子を窺う。
ワクワクという気持ち、瞬殺だった。
「アイツ、山川たちにも疎まれてるらしいよ」
「そうなると浩二のやつ、一人も友達いないんじゃない?」
「なんか駄目なんだよな、アイツ」
「分かる。話しかけられるとイラつくんだよ」
「自分語りが過ぎるっていうか、話題を合わせられないっていうか」
「一緒に話してても全然つまらないんだよねぇ」
「そうそれ、マジでつまんねぇの。少しでも面白けりゃいいのにな」
「いつも必死な感じが、むしろ哀れっていうか?」
「こっちから話題を振っても、引き出しが少なすぎるんだよ」
「あ、それだわ」
自分の世界がガラガラと音を立てて壊れた瞬間だった。
教室に見られたのは、クラスでも取り分け目立つ生徒たちだ。頭のいい成績上位者であったり、授業で頻繁に笑いを取っている人物であったり、いわゆる人気者と呼ばれる生徒たちである。他クラスの生徒の声もちらほらと聞こえた。
そして、中心には田辺の姿が見受けられた。
ワクワクという気持ち、オーバーキルじゃないですか。
「でもアイツって、全然気づいてないよな」
「本当、鈍感にも程があるでしょ」
「今度皆の前でお前ウザイって言ってやろうか?」
「田辺、お前ひでぇなぁ……」
「だってあんまりしつこく話しかけられると嫌じゃん」
ぶっちゃけ自分、それなりにいいポジションにいると思ってたのに。
誰とでも仲良くできるキャラを維持しているとばかり。
決してカースト上位ではないけれど、声を掛ければ誰もがお話してくれるような、そんな絶妙の交友関係を構築しているものだと。異性関係も彼女こそいないけれど、女子からは決して避けられるようなこともなくて、みたいな。
その為に色々と努力もしてきたつもりだった。
けれどどうやら、それもこれもクラスメイトの好意の賜物であったようだ。
こうして聞いた感じ、かなり鬱憤が溜まっているっぽい。
「それなら再来週にある卒業式の日に、教室で伝えてやらない?」
「いくらなんでもヤバくない?」
「俺だったら次の日から引き篭もるな」
「っていうか、アイツもよく気がつかないもんだよな……」
気づいた時には忘れ物の存在すら忘れて、その場から静かに駆け出していた。勿論、教室のクラスメイトたちに気付かれる訳にはいかない。いいや、今は同じ学年の、同じ学校の誰にも見つかってはいけない。
昇降口を飛び出して、通学路を駆け足で過ぎる。
自分の中の大切なものが失われて思えた。
今までの中学校三年間が酷く意味の無いものに思えた。
だけど二週間後には卒業式だからと、安堵している自分が嫌になる。
気づけば周囲の光景は移り変わっていて、目の前には住み慣れた我が家の姿があった。いつの間に帰ってきたのだろう。そんな阿呆な疑問すら浮かぶほどに、今の自分は周りが見えていなかった。
自宅の玄関を抜けたなら、真っ直ぐに自室を目指した。
床に鞄を放り出すと、そのままベッドに横になった。
「…………」
少なくとも自分は友達だと思っていた。決して深い仲ではないけれど、上手くやっていると思っていた。だってこれまで普通にお話してくれていたじゃないですか。けれど、それは勘違いだったらしい。
「それなら初めから、ちゃんと言ってくれよなぁ」
思わず愚痴が口を突いて出た。
彼らが憎らしい相手だったら良かった。
しかし、あの場に居合わせた誰もは常日頃から羨み憧れ、一部は尊敬すらしていた。そうなりたいと努力することも多々あった。テレビに映るアイドルではないけれど、それに近い存在だった。
田辺、マジ格好良いし。
だから、どうしようもなく悲しかった。
「っていうか、どうすればいいんだこれは」
ぶっちゃけ詰んでおりませんか。
明日は幸いにして休み。
けれど、週明けから卒業式までの二週間は普通に学校がある。
その間をどうして過ごせばいいのか。
自宅に引き篭もることなんてできない。今日の話を盗み聞きしておりましたと、クラスメイトに勘付かれる可能性はもとより、両親はそんな不良を認めてくれない。無理矢理にでも学校へ送り出すだろう。抗えば父親から殴られる。
冷静に考えてみると、友人より親のがヤバいな。
むしろ三年間も我慢してくれていた友人がいいやつ過ぎる。
「…………」
どうしたらいいのだろう。どうすればいいのだろう。
そんな疑問ばかりが延々と頭の中を溢れさせる。
楽しかったはずの毎日が崩れて、地獄へと突き落とされた気分だった。同時に昨日までの愉快だった日々も、自分が知らぬだけで既に地獄の底にあったのだと、これまた気を滅入らせてくれる。
あぁ、どうしよう。どうしよう。
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