異世界チートでも難易度が下がらない佐藤くんのハードモード学生生活
ぶんころり
表面上
俺の名前は佐藤浩二、どこにでもいる普通の中学三年生だ。
二月も足早に過ぎ去り段々と暖かくなり始めた三月初頭。
週中から続いた雨脚はようやく遠退き、金曜を迎えた本日は青空に雲一つ無い快晴となった。コートを手放して歩める居心地の良さを全身に感じながら颯爽と登校。正門を抜けて通いなれた教室に足を進める。
「おはよう」
「あ、ああ、おはよう……」
朝、教室で仲の良い友人に声を掛けて席に着く。そろそろ中学も卒業間近となって、自然と浮き足立つのを感じる。卓上に荷物を降ろして、鞄に詰めた筆記用具を手早く机の中に移し変える。
「おはよー」
朝のホームルームを直後に控えて、一番教室が雑多となる時間帯。
ドアからは絶え間なく見知ったクラスメイトが入ってくる。
「うぃス、おはよー」
それに元気良く声を返しつつ、あたりをぐるりと見回した。
目に付いたのは教室を同じくする生徒でも取り分け仲の良い友人、山川正幸である。机の周りに友達を集めて、先日発売されたばかりのゲームを話題に話をしていた。それは自身も少ない月の小遣いを前に、購入を考えている期待の一作である。
これを眺めては、混じって一緒に語らない手はない。
「それってボラクエの話? やっぱり面白い?」
それとなく語りながら一団の下に歩み寄る。
「……ん?」
「あぁ、浩二か……」
山川の周囲には三人のクラスメイトが集まっていた。このクラスではゲームやマンガ、アニメに熱心な生徒たちで、同じくゲームやマンガが好きな自分は顔を会わせる機会の多い友人となる。一緒に話す話題も八割がそれらに関わるものだ。
「最近、本当に広告が増えたよな。やっぱり買い?」
「普通に買いじゃね? っていうか、買ってないの浩二だけじゃない?」
「あれ、そうだっけ?」
机を囲む一人が淡々と答えてくれた。
傍らでは他の面々がゲーム談義を交わしている。
「っていうか、あれは間違いなく打撃で攻めるべきだろ」
「いや、でも武器が弱くってさぁ」
「魔法もほとんど効かないんだよなぁ? どうなってんだろ」
登校から間もない朝の時間だと言うのに熱心なものだ。きっと昨晩の成果を共有しているのだろう。今月はお金が足りないので無理だけれど、来月と再来月の小遣いが入ったのなら、自身もすぐに購入しようと思う。
親が厳しい性格の持ち主であって、小遣いの前借りは無理なのだ。一度は母親に掛け合ってみたけれど、それなら父さんに頼みなさいと言われた。父さんに頼めば拳骨をもらうこと間違いない。ただでさえ少ない小遣いを減らされる可能性もある。
おかげでゲームを持っていない自分は、彼らの会話はサッパリ分からない。
「そこは魔法じゃなくて武器で叩くんだよ」
「物理防御が高いから、あんまりダメージが通らなくない?」
「アイツ、デフォで物理五割減じゃん」
できることなら、一歩踏み込んで会話に混ざりたい。しかし、今の自身にできるのは、適当なタイミングで相槌を打つのが精々。数少ない発言の機会も、ゲームの内容に対する言及というよりは、もっと大枠での質問などが大半だ。
「山川たちの話から察するに、最新作は難易度上がってる?」
「そりゃまあ、かなり難しくなってるんじゃないか?」
「もしかして前作よりも面倒だったり?」
「まだ誰も全クリできてないしな。っていうか、そこは属性反射を使って敵の攻撃を回すんだよ。お前らどうして、そんな簡単なことも分らないんだよ?」
俺が話しかけた彼も語り足りないらしい。
こちらの相手も程々に、会話の輪に戻っていった。どうやら彼らは競い合ってゲームを進めているようだ。進捗が突出していたそいつが語り始めると、ワッと沸いたように話の華が大きく咲いた。
「え、そんなのあるのか?」
「でも、属性反射って敵しか使えない技じゃない?」
「ラーニングして自分のものにするんだよ」
「おぉ、なるほど……」
これ以上は彼らの話題に付いていけそうになかった。
そこで他に話せる友人を当たることにした。賑やかな山川の机から離れて、賑やかな朝の教室を眺める。始業まで残り十分を切り、空いている席の方が少ない。耳に届く喧騒も僅かな間に勢いを増していた。
少し離れた場所に別の集まりを見つける。
このクラスでも中心に位置する生徒たちだ。街のどこそこに新しい喫茶店ができたとか、昨日の夜は他校の女子と一緒に遊んだとか、バンドの練習に都合良いスタジオを見つけたとか。中学生なら誰もが食いつきそうな会話が聞こえてくる。
せっかくの機会なので、これに声を掛けることにした。
朝の挨拶を口にしつつ彼らの下に足を向かわせる。
「おはよう」
「あ? ああ、浩二か……」
「今ちょっと楽しそうな話が聞こえてきたんだけど」
「別に普通だよ、普通」
近くに立つ一人が、気だるげな仕草で振り返り答えてくれた。どうやら朝が弱い体質のようで、登校直後のホームルーム前に話しかけると、いつもこんな具合である。そういうキャラ作りみたいだ。
傍らでは別の友人たちが生き生きとお喋りをしている。
「それが、マジでヤバイの。キスまでいっちゃった」
「えぇっ、本当かよ!?」
「っていうか、俺にも紹介してくれよ」
「いやいや、そんな余裕なかったし」
皆が囲う机の持ち主は、クラスでも取り分け人気のある男子生徒だ。
名前は田辺勇斗。
学年でも随一のイケメンで、部活動はサッカー部に所属しておりエースを務めている。実家は小さいながらも会社を営んでおり、親父さんはその社長とのことで懐事情も暖かい。更には誰にも訳隔てなく接する、非の打ち所のない人物だ。
「何? 何か用?」
彼は手持ち無沙汰にする俺に声を掛けてくれた。
友達に囲まれた席の中央で椅子に座り、こちらを見つめている。田辺の注目を受けたことで、居合わせた皆々の意識も集まってきた。そこにはクラスでも綺麗どころの女子がいたりして、少し緊張してしまう。
「いや、なんか面白そうな話をしてるなって」
「昨日の夜、コイツらと街に出たんだよ」
「へぇ、凄いな。夜の街か……」
「まあ、そんだけ」
夜の街へ出るなどとは、親が厳しい自分にとって禁忌である。
それを平然と行える彼の家庭環境が非常に羨ましかった。
自然とテンションも上がって、声も大きく答えてしまう。
「いいなぁ、俺も一度でいいから行ってみたいわ」
「だったら行けばいいんじゃね?」
「でも、うちって親が厳しくてさ。門限だから夕食までには家に帰って来いってうるさいんだよ。破ると普通に夕食抜きとか言われるし、頭が固くて困るっていうか、もう少し緩く考えて欲しいっていうか」
「門限? 俺だったら勝手に遊び出かけるけど」
「勝手に出かけるって、マジ? 流石は田辺だな……」
「流石っていうか、別にそれくらい普通じゃね?」
「そ、そうか?」
「お前は小学生かよ」
そして、田辺と言葉を交わしていたのも束の間のこと。
彼は傍らから上がった声を受けて他所を向いてしまう。
「田辺、その子の話もっと詳しく聞かせろよ!」
「分かったから、そう大きな声で言うなって」
「お前はいつもそう言って逃げるからな」
田辺に対して声を荒げるクラスメイトたち。それを宥めるように、彼は笑顔で自らの武勇伝を語る。要はちょっとした自慢話なのだけれど、田辺を囲う誰もはとても楽しそうに耳を傾けている。
それは自身も同じだった。
場の誰もは夜の街で話題の出来事に居合わせていたらしい。現場を知らない自身は聞くに回るばかり。それでも自身にとって、非日常の最たるとも言える田辺の話は、近くで耳にしているだけでも破格だ。
そんな具合に、朝のホームルーム前の時間は過ぎていった。
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