反撃
結論からいうと、自分は鏡の世界でもう少し頑張ることにした。
周囲に感化されたと言えばそのとおり。
「皆、覚悟はいいですね?」
お姫様が声をかけるのに応じて、化け物たちが咆哮を上げる。
場所はお城の前に設けられた広場。そこに幾百、幾千という化け物が一堂に介する光景は圧巻だ。巨大な体躯の竜から、人間と大差ない姿の猫人まで、多種多彩な化け物たちが同所には集まっていた。
「これより我々は人間どもに攻めて出ます! 今まで守ることしかできなかった我々の、その内側に滾る意地を喰らわせてやるのですっ! 人間という存在が如何に脆弱なものか、思い知らせてやるのですっ!」
これまで聞いた中でも一際力強い演説だ。
応じる化け物たちの叫びも凄まじい。
あまりの迫力に空気がビリビリと震えるのを感じる。拡声器を使っていないのに、耳が痛くなるほどだ。こころなしか地面まで震えているのではないかと、錯覚を覚えるほどの喧騒である。
「それではいざ、人間どもを滅ぼしに行きましょう!」
お姫様の掛け声に応じて、国民全員から成る大戦隊が動き始めた。
町の中央にあるお城と、その周辺を囲う結界が解かれて、化け物の軍団が勢い良く走り出す。人間を遥かに超える脚力を持って、地響きすらも轟かせながら、異形の者たちが放つ最後の進撃が始まった。
お姫様のポジションは、その中央に位置する竜の背の上だ。
隣には自分も控えさせてもらっている。
「人間、貴方は本当にこれでよかったのですか?」
「ここまで来たら、最後まで一緒に見届けたいと申しますか……」
「貴方はこの世界の人間ではないのですよ?」
「だとしても、ほら、自分は人間だから何かあっても大丈夫ッスよ」
「この戦乱で貴方のような貧弱な人間が生き残れると思いますか?」
二つの世界をつなぐ姿見は、お城に放置したままだ。
なに馬鹿なことをやっているのだと思わないでもない。こうして告げられた彼女の言葉はもっともである。正直、自分でも自分の気持ちがわからない。けれど、そういう気分なんだから仕方がないじゃない。
「それよりお姫様、そろそろ始まるみたいですけれど」
「っ……」
向かう先を指差して彼女に伝える。
化け物たちの先頭集団が、人間の拠点前に展開した兵たちと今まさに接触しようとしていた。今はなき前王の娘を御輿に担ぎ上げた、げに恐ろしき化け物たちの群れは、百鬼夜行さながらの光景だ。
押して駄目なら引いてみよう。
そんな語り文句の真逆をゆく、化け物たちによる全力の攻勢である。
押して押して押しまくらんとする気概が感じられる。
「自分の声は彼らに届かないから、君には頑張ってもらわないと」
「はい、この身が果てるまで、一人でも多くの敵を殺してみせます」
鼓膜を劈くような人間たちの悲鳴を受けて、戦いは始まった。
竜が、オーガが、なんだかよく分らない変な生き物たちが、次々と人間の軍勢を突き破り侵攻していく。それはまるで津波のようだった。次々と周囲を巻き込んで進み征く異形たちに、進行方向にある一切合財が飲み込まれていく。
町や民を守っているだけでは決して窺うことのできない、化け物としての本領発揮であった。誰もが声高らかに人間を殺せと叫びながら進んでいく。その巨漢が返り血を受けて真っ赤に染まる姿のなんと頼もしいこと。
「…………」
これがいつまで続くかは分らない。
ただ、叶うことなら最後まで立っていて欲しいとは切に思う。
もちろん自身も、決して眺めているだけではない。お姫様と協力して彼らの援護にまわる。竜の背に積ませてもらった無線機器を利用して、化け物たちの集団に少しでも長く活動してもらえるように意識を巡らせる。
叫んで、吼えて、鳴いて。
荒ぶる化け物たちに周りを囲まれていると、まるで自分まで化け物になってしまったような、そんな危うい錯覚を覚えた。向こうの世界で暮らしていては絶対に味わえない、どこまでも純然な興奮である。
だからやがては、僅かに残っていた保身すらも忘れてしまう。
彼らと一丸となり、ただひたすらに人間の軍勢を蹂躙する。
元の世界の人たちが目の当たりにしたのなら、こいつは狂っていると言われるかもしれない。けれど、それはそれで構わないと思えるような、そんなどうしようもない興奮に全身が包まれるのを感じていた。
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