襲来 四

 そんなこんなで時間が過ぎて、時刻は手元の腕時計で午後三時を過ぎようかという頃合いのこと。送受信機の使用方法の教示を終えたこちらの下へ、トカゲの人がやって来た。今までお姫様の傍らに控えていた個体と思われる。違っていたらごめんなさい。


「人間、少しいいか?」


「何ですか?」


 トカゲの人たちは総じて三メートルほどの背丈を持つ。


 当然ながら横にも大きくて、頭上から見下されるとやっぱり怖い。


 手や腕も大きいし、腹パン一発で死ぬ自信あるよ。


「お前に話がある。悪いが私と共に来てくれないか?」


「改まってなんですか?」


「ここではできない話だ」


「あ、はい。分かりました」


 先方の言葉には有無を言わせない迫力があった。


 逆らう理由もないので大人しく従う。


 言葉も少なに先導して歩き出したトカゲの人。これに続いて会議室を後にする。大きな背中を追いかけて、城の廊下をしばらく進んだ。相手は人と比較して歩幅が広いので、自分は早足になりつつの移動だ。それでも気を遣ってくれていることだろう。


 そうして訪れた一室でのこと。


 我々の到着を待っていたのは、多数の化け物たちだった。


 様々な種族の化け物が部屋の至る場所に身を置いている。会議室より幾分か広いこちらの部屋であっても、十数匹からなる大小様々な化け物が顔を揃えると、部屋面積の割に手狭く感じる。


「あ、あの、話ってなんですか?」


 完全にモンスターハウスである。


 マジ怖い。


 もしかしたらこの場で取って食われるかもと、疑心暗鬼に駆られた。どちらさんも非常に強烈な外観をしていらっしゃる。人間をそのまま丸齧りできそうな、とても大きなお口の持ち主も多数見受けられる。


「ここにいる者たちは、この国に身を寄せる数多くの仲間たちの中にあって、取り分け数が多い主だった種族を率いる、言わば族長にあたる者たちだ。姫様の下で中核をなす存在だと思えば間違いない」


 傍らに立つトカゲの人が教えてくれた。


 どうやらお国の偉い人物が集まっているようだ。


「本来ならば全員を紹介したいところだが、今はその余裕もない」


「そんなお偉い方々が自分なんかに何の用ですか?」


「人間に一つ、どうしても叶えて欲しい願いがあるのだ」


「願い?」


 部屋に集まった化け物たちは、誰もがジッとこちらを見つめている。特に何を言うでもなく、ただ一方的に見つめられるというのは、なかなか大したプレッシャーだ。今すぐにでも部屋から逃げ出したい欲求に駆られた。


「この度の戦いは嘗てなく凄惨なものとなるだろう」


「……はい」


「そして、お前も薄々感じているかもしれないが、我々の勝機は非常に薄い」


「…………」


「人間どもにこの国が焼かれ、乱され、蹂躙されるのも時間の問題だろう。勿論、我々は精一杯戦う。命の限り戦い続けるだろう。しかし、それでも敵を退けることは難しいだろうというのが、この場に集まった全員の共通した見解だ」


 トカゲの人は部屋に集まった化け物たちをぐるりと見渡した。


 皆々はそれに言葉を持って答えることはなく、黙って言葉を交わす我々の姿を見つめるばかり。異形への恐れから感じるプレッシャーに追加して、敗戦を想定した非常に物悲しい雰囲気に、居た堪れない気持ちが溢れてくるぞ。


 バッドエンドが約束された映画でも見ているかのような気分だ。


「だから、お前に一つ頼みたいのだ」


「な、なんでしょうか?」


「我々が敵に破れ息絶えたとき、姫様だけでもお前の世界に連れて逃げて欲しい」


 それはこちらも何となく想定していた頼みごとだった。


 何故なら彼らは、お姫様のことをとても大切にしていたから。


「姫様とその父親である前王は、この大陸で人間どもに虐げられて散り散りに暮らしていた我々をまとめ上げて、更に土地を切り開き国としての体制を整えてくださった。安定した生活をもたらしてくださった」


「…………」


「そんな前王も数ヵ月前には人間に討たれ亡くなり、元王たる姫様も今や国と共に命費えようとしている。そんな現状をこの場に集まった誰も彼もは憂い悲しんでいるのだ。これだけ我々の為に働いてくださった姫様を、人間などに討たせてはなるものか。そう強く願って止まないのだ」


 トカゲの人は拳をグッと握り締めて、いつになく熱く語ってみせる。


 すると彼の語りに合わせて、周囲から一斉に声が上がり始めた。


「そうだ! 姫様を討たれるなど、我々は絶対に許せぬのだっ!」


「だから頼む、人間よ。お前の力で姫様を逃してやってくれ!」


「私からも頼む! どうか姫様をお守りして欲しいのだ!」


「姫様だけは人間どもに討たせるわけにはいかぬ! このとおりだっ!」


 あの小さなお姫様、めっちゃ皆さんから愛されている。


 こうまで言われては、まさか断ることなんてできないぞ。


「そ、それで皆さんが構わないと言うのなら、断る理由はないですけれど……」


「人間よ、やってくれるか?」


 真偽を確かめるように、トカゲの人が顔を覗きこんでくる。


 爬虫類独特の鋭い瞳孔がこれまた恐ろしく映る。


「むしろそちらこそ、本当にそれでいいんですか?」


「ああ、どうか頼む」


 答える表情に苦味が混じって思えるのは、きっと彼らもそれが苦渋の選択であるからだろう。食料の運び込みを手伝ってくれたエルフの二人から、こちらの世界のことは多少なりとも伝わっているはずだ。


 当然ながら色々と思うところもあることだろう。


「では人間よ、約束はできるか?」


「はい、自分も元々は彼女の為にと考えていたので」


 トカゲの人に返事をしたことで、改めて気付かされる。


 なんだかんだと偉そうに受け答えをしてはいるが、自分の異世界における活動のモチベーションは卑しいものだ。この身に対して真正面から向き合ってくれる、そんな誰かが欲しかっただけなのである。


 友達ゼロ人のロンリー野郎は、誰でもいいから必要とされたかったのだ。そして、つい数日前のこと、彼女から感謝されたのが、他に何もない今の自分には嬉しかった。だからこうして本日まで、お姫様の下までせっせと食べ物を運んでいたのだ。


 あとはこちらの世界にいれば、驚きの連続から否応なしに、学校での嫌なことを少しでも忘れられる。改めて考えてみると、お姫様がこの世界に呼び出してくれたからこそ、自身は今も究極まで塞ぎ込まずにいられる。


「本当に、やってくれるか?」


「ええ、約束します」


 彼女本人の意向はどうだか分からない。


 ただ、自分も彼らと同じように、お姫様のことは好意的に思っている。彼女を連れて戻ったあと、とんでもなく面倒なことになるのは目に見えている。しかし、それでも努力したいと思うくらいには恩義を感じていた。


「けれど、貴方たちも頑張ってくれるんですよね?」


 とはいえ、全滅前提の負け戦なんて見たくない。


 まさか最初から諦めている訳ではないよなと不安を覚えて、居合わせた面々に尋ねる。すると返されたのは耳を突くような力強い頷きだった。わっと一気に湧き上がって、皆々が口々に応じ始めた。


「当然だ! 人間など見事蹴散らしてくれるっ!」


「そのとおりだっ! この身が朽ちようとも城を守り抜く!」


「それこそお前に心配されるまでもないっ!」


「お前は城で姫様の隣に立っていればいいのだっ!」


「そうだ、我々は人間などに決して負けるものか!」


 どうやら化け物は情に厚い職人気質な性格の持ち主が多いらしい。


 耳が痛くなるほどの熱い語りを聞いて、漠然とそんなことを思った。


「……頑張って下さい」


 自分もこんな友達が欲しいとか、願ったら失礼に当たるだろうか。

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