原因

 翌日、月曜日は中学校の卒業式だった。


 余裕を持って登校するも、教室には既に大半の生徒が顔を揃えていた。普段であれば始業ギリギリまで登校して来ない生徒まで姿が見受けられる。誰もが笑顔で仲のいい友達と雑談に興じてる。


「おはよう」


 いつもどおり挨拶をして教室に入る。


 自席に向かい足を進める。


 すると早々、田辺が声をかけてきた。


「浩二、ちょっと話があるんだけど」


 名前を呼ばれて振り向いたところ、彼の後ろには同じ仲良しグループの生徒が数名、ニヤニヤと笑みを浮かべて立っているのが確認できた。その視線は間違いなくこちらに向けられている。


 審判の時がやってきたようだ。


 もしかしたら未遂で終わるかも、などと淡い期待を抱いていたのだけれど、そんなことはなかった。恐らくエルフの人と揉めたことが、田辺に一歩を踏み出す決意をさせたのではなかろうか。


「なに? なにか用とか?」


「この三年間、お前がクラスメイトにどう思われてたか知ってる?」


 卒業アルバムに寄せ書きをしたり、スマホで記念撮影をしたり。卒業の喜びから盛り上がっていた教室の楽しげな雰囲気が、田辺の言葉を受けて一変した。ガヤガヤと騒がしかった教室が急に静まりかえる。


「え、それってどういうこと?」


「っていうか、まだ気づいてないの? いくらなんでも鈍感過ぎない?」


 何も知らないで今日を迎えていたら、きっと人前で泣いていた。


 何の経験もなく今日を迎えていたら、きっと人生に挫けていた。


「お前ってこの教室の全員から嫌われてるんだけど」


 先月までの自分だったら、思わずカッとして拳を握っていたかもしれない。あるいは負けじと罵詈雑言を返していたのではなかろうか。そして、最終的に田辺たちにフルボッコにされて、卒業式への参加を待たず自宅に逃げ帰ったことだろう。


 ただ、今はあまり気にならなかった。


 数日前までは、あんなにも悩んでいたというのに変な話だ。


 それもこれも鏡の世界での出来事が影響している。


 日本だけでも一億人以上の人口を抱えている。だから、たしかに自分は駄目なやつだけれど、いつかは仲良くできる相手と出会えるかもしれない。竜だとか、猿人だとか、訳のわからない化け物たちとさえ仲良くすることができたのだもの。


 そもそも中学校一学年、高々百数十人に嫌われたかところで、いちいち気にしていたら身に持たない。こと鏡の世界において、自分は数十万から数百万、下手をしたら数千万という人間を敵に回してしまった。人相書きとか出回っていたらどうしよう。


 そんな体たらくだから、いつの間にか気にならなくなっていた。


「……マジ? それマジで言ってるの? え、うそぉ……」


 とりあえず慌てておくことにする。


 大切なのは先方の心持ちだ。


 ここで上手いこと彼らのガス抜きをしておけば、これからの対応も変わってくるのではなかろうか。おな中の伝手を利用して高校で噂を流すにしても、少しくらい手加減してもらえるのではないか、みたいな。


 行為に飽きるまでの期間も、きっと短くなるだろう。


「ヤバくない? え? っていうか、ドッキリとかじゃなくて?」


「本当にお前ってウザイよな? いつか言おうと思ってたんだけど」


 こうして改めて伝えられると、やっぱり自分はウザいヤツなのかもしれないなぁ、なんて思えてくる。呼ばれてもいないのに話しかけたりとか、たしかにしていた。話しかけられるより、話しかけることの方が遥かに多い学生生活でした。


 ちゃんと反省もしているので、今後は気をつけようと思う。


 彼らが自分との交友を不快に感じていたのは事実なのだ。


 それに対して、こちらから文句を言うのはお門違いである。


「っていうか、マジならごめん! 本当にごめん! 申し訳ないっ!」


「はぁ? 今更謝ったところで意味なんてなくない?」


「いやでも、ほら、やっぱりごめん! 自分が悪いみたいだし!」


「なんだよお前、もしかして俺が適当に言ってるとか考えてる?」


 あと、今はそれどころじゃない。


 こっちは高校に進学できるかどうかも怪しいのだ。




◇ ◆ ◇




 それは昨晩、母親から自宅のリビングに呼び出されて伝えられた。


「お父さんが会社を辞めたから、浩二の高校進学は無理かもしれないの」


「……え?」


 ソファーに座り、ローテーブルを挟んでお互いに向かい合う位置関係だ。


 既に夜も遅い時間帯、家の中は静かなものだ。テレビの電源も落とされており、会話の声だけが唯一の音源となる。おかげで母親から伝えられた言葉は、改めて聞き返すまでもなく鮮明に届けられた。


 それでも耳にした直後、相手が何を言っているのか理解できなかった。


「母さん、それって本気で言ってる?」


「仕方がないじゃない、家にお金がないんだから」


「そ、それなら俺もアルバイトとかするから!」


「それだったら定時制とかどう? その方が沢山働けるでしょ?」


「っ……」


 こちらを見つめる母さんは、目がマジだった。


 本気で息子に定時制を勧めていらっしゃる。


 母さん、最終学歴は大卒だったよね。


「っていうか、父さんは去年と一昨年も転職したばかりじゃ……」


「運が悪いのよ。職場に変な人が多いみたいなの」


「…………」


 それって本当だろうか。


 以前の転職でも、職場の人間関係が原因だと聞いたような気がする。そのときは職場の部下に意地悪を受けただとか、上司からパワハラをされたとか、そんな感じのことを母さんが呟いていた。


 息子と同じように苛められっ子気質なのだろうか。


 そう考えると、ちょっと説得力を感じてしまうのが嫌だな。


「家のローンの支払いが大変なの。お父さんの失業保険はそっちに回さないといけないから、浩二の学費を払っている余裕がないの。お母さんもそのうちパートに出るつもりだけど、どれだけ稼げるか分からないし」


「いやでも今の時勢、仕事なんていくらでも……」


「お父さん、これまでずっと会社で苛められてたんだって。だからしばらくは働くのも無理なの。浩二も理解できるでしょう? それともまさか、これまで頑張ってきたお父さんに、またすぐに働きに出ろって言うつもり?」


「…………」


 母上、息子も苛められております。


 それでも働きに出たいと強く願っております。


「そういう訳だから、浩二もこれからは……」


「わ、わかった、それなら学費は全部自分でどうにかする! それと併せて、今後は家にもお金を入れる。だから母さん、定時制じゃなくて普通の高校に入学させてよ! 高校を卒業したらちゃんと就職するから!」


 中卒で留年して定時制に進学。


 よくない未来しか見えてこない。


 こんなことを言ったら、同じ境遇の人たちに失礼かもしれない。ただ、そうした身の上から這い上がるルートを、社会経験に乏しい今の自分は知らない。だからこそ、この場でのやり取りは絶対に妥協できない。


「本当に?」


「本当! 本当だからっ! 定時制と全日制じゃあ採用してくれる会社の幅も違ってくるし、長期的な目で見たら絶対にその方がいいって! 高校を卒業したら、沢山お金を入れられるようになると思うし!」


「……そう」


「だから、い、いいよね?」


「ちょっとお父さんと相談してみるわね」


「…………」


 以前からちょっと変だなと思うことはあった。


 しかし、まさかこれほどまでとは想像していなかった。


 俺の両親、毒親だ。





---あとがき---


 どうにか中学校を卒業して、続く高校では円満な学生生活を夢見る佐藤くん。社会的に段々と追い詰められていく「未成年」の人生はどっちだ? チートの権化、異世界との関係を利用して、現代でのピンチを切り抜けよう!


 次回「仲良くなった才女が放置家庭の共依存系女子だった」編、乞うご期待。


 というのが、当時妄想していた今後のお話でしょうか。


 本作の初掲載は「田中」や「西野」より以前、2009年となります。人によっては、ギャルゲのオープニング動画の前の部分、みたいに感じるかもしれません。これは当初、長編として考えていた為でございます。


 個人サイトからの引っ越し、一つ目はこちらにて一段落となります。


 二つ目は来週くらいから、もう少し読みごたえのある異世界転生なお話を更新する予定です。生真面目であった佐藤くんとは一変して、クズ、ヒキ、ニートと三拍子揃った主人公が好き勝手するお話となります。


 どうぞ、金髪ロリ文庫(ぶんころり)をよろしくお願い致します。

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異世界チートでも難易度が下がらない佐藤くんのハードモード学生生活 ぶんころり @kloli

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