第9話 なんて言うか。

 なんて言うか。


 トントン拍子にデビューが決まってしまった。


 とは言っても、まだ詳しい日程は決まってなくて。

 ただ、ホールオーディションに合格して…デビューは確定。

 しばらくは曲作りと練習に専念しろって言われた。



 デビュー…かあ…って。

 そんな夢心地が数日続いたある日。

 いつも通りに学校に行った僕は…



「…えっ…?」


 校門を入ってすぐ…前を向いてまっすぐ歩いてる、その背中を見て立ち止まった。


 どう見ても…

 知花…


 ウィッグはーーー!?



 気が付いたら駆け出してた。


「知花!!」


 普段大きな声なんて出さない僕の大声に、周りは驚いたように振り返ったのに。

 当の知花は振り向きもせず…靴箱に向かってる。


 そんな…そんな赤毛で登校なんてしたら!!

 退学になる!!



 何とか知花を隠そうと、ダッシュしたまま知花の腕を取って靴箱に辿り着くと。


「何で今日そのまま?」


 顔を向き合わせて……眼鏡っ!!眼鏡もしてない!!


 思い切り眉間にしわを寄せた僕に…知花は…

 …なんて言うか…すごく…


 冷めた顔。



「…知花?」


「……」


「どうしちゃったんだよ…」


「……」


 通りすがる人達の視線は、当然知花の髪の毛にあった。


 ついでに…『あれ、誰…?』って。

 ほぼ全員が、知花を知花だと気付いてなかった。



 そうこうしてると…


「君…ちょっと来なさい。」


 知花を知花だと気付いてないと思われる先生が…知花の腕を取って歩き始めた。


 僕は…何も言えないまま…その後ろ姿を見送る事しか出来なかった。



 …聖子…聖子は?

 聖子の靴箱を見ると、靴が…ない!!

 え?え?

 もう予鈴鳴るよ?

 何だって、こんな日に遅刻ー!?


 僕はもどかしい思いをしながら、先生と知花の後を追った。


 知花…口元も緩めなかった。

 いったい…何があったんだろう…



 先生は知花を校長室に連れて行った。

 僕はその後を追って…一旦外に出ると、校長室の窓の外に立った。


 すると、中では…


『名前とクラスを言いなさい』


 校長の声だ…


『…二年三組、桐生院知花です』


『えっ…!?』


 知花が名乗ると、数人の先生の驚きの声が聞こえた。


 …知花、こう言っちゃ悪いけど…

 ウィッグと眼鏡の変装では、すごく…地味で存在感なかったもんな…

 名前がカッコいいからって、クラス名簿見て教室に顔を見に来る男子もいたけど、あからさまに『ハズレ』って顔をして帰ってく奴らばかりだった。


 本当の知花は…すごくカッコ良くて、すごく可愛いのに。



 校長室の中には、隣の職員室に通ずるドアがあって。

 それがパタンパタンと何度も開いたり閉まったりしてる。

 …て事は、職員室でも何か話し合いが…?


 僕は植え込みを移動して、職員室の窓際に張り付いた。



『桐生院の親に連絡つきましたか?』


『おばあさんがいらっしゃるそうです』


『おばあさん?お父さんかお母さんではなく?』


『はい…』


 う…うわああああああ!!

 知花のおばあさんって、厳しいって有名な…!?(聖子談)


 僕はまた校長室側に移動して、植え込みにしゃがみ込んで色々考えた。


 …知花んちは…聖子んち同様、桜花に結構寄付してる…はず。

 知花の双子の弟妹も中等部にいるし、家は言わずと知れた華道の名家だし、お父さんは会社の社長だし…

 て事は、今日のコレも…何とかもみ消してもらえるんじゃないかな…


 淡い期待を思い浮かべながら、そわそわしてると…


『その髪の毛は?』


 校長の声がした。


『…地毛です』


 ……知花~……

 どうしたんだよ…

 いったい何があったんだよ…



『それが、地毛と?』


『はい』


 あきらかに…先生達は呆れた様子だった。

 知花が嘘をついてると思ってるんだろう。



 それから、またしばらく沈黙が続いて…

 その沈黙を破ったのは…

 コンコンコンというノックももどかしく開いたドアの音だった。


『遅くなってすみません。桐生院でございます』


 女の人の…声。

 僕は、そっと窓から顔を覗かせて中を見た。


 …あれが…知花のおばあさん…


 着物姿の、険しい顔をした人…



『…知花、どうして…』


 おばあさんも絶句して知花を見てるけど、それは先生達のそれとは違う。

 どうして変装せずに来たの。って目だ。


 それでも知花は…冷たい顔のままだった。


 …あんな顔の知花…初めて見る。

 神さんと何かあったのかな…



 みんながもどかしそうにしてる中、知花が…口を開いた。


『あたし…』


 な…何を言うつもりなんだろう…


『あたし、アルバイトしてます』


 ち…知花ーーー!!

 うちの学校、バイト禁止だよー!!



『アルバイト?』


 当然、先生方は怪訝そうな声。


『それに…結婚してます』


 そっ…それを言う⁉︎


 …あああああ………絶望的…。


 そう思ったのは僕だけじゃないようで。

 校長室では、僕と同じように額に手を当ててる知花のおばあさんがいた。



『けっけっ…結婚って!!きき桐生院さん!!これはっ…!!』


 校長は立ち上がって、興奮状態。

 おばあさんは、溜息をついて頭を少し下げた。



『それに…』


『…まだ何かあるのかね…』


『知花、もう何も…』


 何…何言うのかな…知花。

 もう…やめときなよ…


『バンド組んで歌を歌ってます。デビューも決まってます』


『……』


『……』


 それには…みんなが呆れたような顔をした。

 さっきまで険しい顔をしてたおばあさんも…丸い目をしてる。

 知花…何も話してなかったのかな…?



『もう、退学ですよね。退学でいいです。お世話になりました』


 知花はそう言って立ち上がると、何も言わないみんなを残して校長室を出た。



 僕はその場を離れて知花を追おうとしたけど…


『…孫が…こうなってしまった責任は、私にあります』


 おばあさんの言葉に…足を止めた。


『あの子の赤い髪の毛は…本物です』


『ですがご両親は…』


『中等部にお世話になっている双子とは、母親が違うのです。知花には…外国の血が混じっていて、その…小さな頃から髪の毛の事で不憫な想いをしていたのを見かねて…変装させていました』


 …そっか…

 聖子は、おばあさんの事を『超厳しい鬼バ〇』なんて言ってたけど…

 知花の変装には、そんな経緯があったんだ…


『…髪の毛の件に関しては、納得できますが…アルバイトと結婚…そしてデビューとなると…うちの生徒として在籍していただくのは難しいです』


 校長は、難しそうに口を開いた。


 …だよね…

 髪の毛の事だけなら…まだ何とかなったかもだけど…


『…分かりました』


 おばあさんは小さくそう言うと。


『失礼致します』


 校長室を出て行った。


「……」


 何とも言えない気持ちになった僕は、靴箱に行って聖子の靴を確認する。


 …まだ来てない。

 休み?


 って、僕もHRと一時間目には間に合わなかった。

 欠席扱いされちゃうかな。

 でも、そんな事言ってられな……あ。


「聖子。」


 階段を上がりかけた所で振り返ると、聖子が来た。


「あれ…?まこちゃん?どうしたの。授業中だよね?」


 聖子は僕と腕時計を交互に見て言った。


「うん…聖子、何かあった?」


「え?」


「なんか…様子がおかしいけど。」


「……」


 いつになく真顔の聖子に問いかけると。

 聖子は少しだけ唇を尖らせて。


「ちょっと酷い兄弟ゲンカって言うか…」


 意外な事を言った。


「兄弟ゲンカ?」


「うん…お姉ちゃんとね…」


「…珍しいね。」


「…ね…ほんと…」


「……」


 聖子には、9歳離れたお姉さんと…その下に二人のお兄さんもいる。

 末っ子の聖子は『お姉ちゃんと兄貴達に甘やかされてばっか~』って言ってたのに…



「そんな事より、まこちゃん授業サボってんの?」


 聖子の様子が気になって、一瞬一大事を忘れてた僕は、ハッと目を見開く。


「あ…あのさ…大変な事が…」


「何?」


「…知花が…」


「知花?知花が何?」


「…変装せずに登校した。」


「……えっ?」


 それが何を意味するのか。

 聖子はすぐに察したようで。

 続きを僕が話そうとすると…


「おまえら、授業中だぞ!?」


 廊下を歩いて来た体育の先生に、怒られた。


「あ、今来ました。すぐ教室に行きます。」


 聖子が冷静にそう言って、僕の腕を取って歩き始めた。


「…まこちゃん。」


「え?」


「あたしが遅刻した事、知花に内緒にしといて。」


「…うん…分かった。」


「知花、まだいるの?」


「…たぶん。靴はまだあったから…」


「そっか…あとで話聞いてみる。」


「…うん…」


 知花の事もだけど…聖子も気になった。


 いつも仲良しな二人。

 僕にとって、かけがえのない二人。



 …いったい…


 どうなっちゃうんだろう…

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