第11話 「ふぁ~…」

「ふぁ~…」


 両手を上にあげて、大あくびをして。

 ついでに腕のストレッチをして…首をコキコキと鳴らした。


 一人だけ早くスタジオに入った僕は、ここ数日の寝不足も手伝って…睡魔に襲われてた。


 ここ数日の寝不足。

 …テスト期間だったから。



 それも今日、やっと最終日を迎えて…

 たぶん…何とか…セーフって感じとは思う。

 高原さんの『頭の悪い奴は嫌い』って言葉を思い出して、必死で勉強したから。



 それにしても眠いー…

 ちょっと仮眠しようかな…



 キーボードをそのままにして、プライベートルームに戻る。

 プライベートルーム…それは、デビューしたアーティスト全員に与えられる個室。

 僕らはまだデビューしてないけど、決定はしてるからもらえた。



 一応ノックはしたけど返事なし。

 誰も来てないんだなー…と思ってドアノブを回したけど、鍵もかかってる。


 僕はポケットから鍵を取り出して開けると、中に入って鍵をしめて…

 座布団が重ねて置いてある場所に、そのままダイブ…して、座布団と壁の隙間に落ちた。


 …けど。

 それがすごくいい窮屈さで。

 僕はそのまま、うとうとし始めた。



 しばらく…そのまま眠ってしまってると、ガチャッて音がした。

 あー…誰か来たー…って思いながら、そのまま寝てると…



「何そんなに暗い顔してんだ?」


 光史君の声。


「…隠してるつもりなのに、あたしって全部バレバレなんだね…嫌んなる…」


 …聖子の声も。



 二人はパイプ椅子を引っ張って来て座ると、聖子はベースをケースから出して音を合わせてるようだった。


 光史君は何か…ウォークマン的な物でも聴いてるのか、それを聴きながら、手で膝を叩いてる。


 しばらくは二人のそんな動作の音だけだった。


 あー…いつ出て行こう…て言うか…

 気付かれたら出て行こう…眠いし。



 その動作の音までもが心地良くて、僕は再びうとうとと眠りにつきそうだったけど…


「…愛さん、受け入れられないだけだよ。」


 光史君のつぶやきで、少し目が覚めた。


「…受け入れられないのは仕方ないとしても…人間として…欠陥があるって言われたも同然だよ…」


 …ん?

 これ…もしかして…

 お姉さんとケンカしたって言ってた時の事…?



「もしかして、それで愛さん…帰国したのにまたすぐロンドンへ?」


「…あたしと同じ空気吸ってるのも嫌だったのかも。」


「そんな風に言うなよ…」


「…あたしだって…普通に男を好きになれたら、どんなにいいかって思うよ…」


 …え?


 僕は横になったまま、瞬きをたくさんした。


「…知花が好きってだけで、あちこちに好きな女がいるわけじゃない。」


「姉ちゃんにとっては…それでも気持ち悪いんだよ。あたしの『好き』が女に向けられてるって事自体が…許せないんだよ…」


「……」


 聖子は涙声で。

 光史君が『愛さんにも時間をあげた方がいい』って、慰めてる。


 僕はー…

 座布団と壁の隙間に小さくなったまま、聖子が知花を好きだって気持ちを…全然否定的には捉えなかった。


 聖子の『好き』とは形が違うかもしれないけど…

 僕だって、聖子と知花の事はもちろん、SHE'S-HE'Sのメンバーである光史君、陸ちゃん、セン君の事は…大好きだし、愛もある。


 それは家族愛にも似てるし、友情にも似てるし、だけど…もっと深い物だとも思ってる。

 そんな感情を持てる事自体…恵まれてるって自分自身で感じてる僕は、聖子が知花を友人以上の気持ちで見てるとしても、悪いとは思わない。

 むしろ、しっくりきてしまった。


 …だけど聖子にとっては…悩みの種なのかもしれないな…



「神さんと幸せでいる知花を祝福する反面…知花が泣くたびに、神さんが憎たらしくてたまんない。これ、嫉妬だよね…近過ぎて辛い…」


 お姉さんとの話を一旦横に置くと、今度は知花に対する想いを吐き出し始めた聖子。


 …そっか。

 光史君には素直に打ち明けてるんだ。

 だとしたら、僕はここまで知る必要はないし、話自体、聞かなかった事にした方がいいはず。


 気にはなるけど…僕の役目は聖子に吐き出させる事じゃなくて、聖子と親友であり戦友でいる事だ。



 それからもしばらく二人の会話は続いたけど、僕は頭の中でピアノを弾き始めた。

 一番最初に弾いた曲は何だったかな。

 そんなことを考えながら、赤いバイエルの最初からずっと弾き始めて…

 どこからかは…もう、夢うつつだった。



 目が覚めた時には二人はいなくて。


「…はっ。」


 時計を見ると、スタジオの時間が始まってた。


「…やっば。」


 鏡で顔を見て、少し寝ぐせのついた髪の毛をわしゃわしゃっとしてスタジオに走る。



「ごめーん。」


 舌をペロッと出しながらスタジオに入ると。


「機材のセッティングはしてあるのにいないから、心配したよ?」


 知花が僕の寝ぐせに気付いたのか…後ろ頭をチョイッて手ぐしで直してくれた。


「どこ行ってたのよー。」


 聖子に唇を尖らせられて…


「う…あの、ちょっとお腹が…」


 お腹を押さえてそう言うと。


「さーさーさーさー、まこちゃんのお腹がビックリするようなの、やるよー。」


 聖子はそう言ってベースを担ぎ直したけど…




 …お腹がビックリしたらダメじゃんか(笑)

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