第10話 知花が退学になった翌日…

 知花が退学になった翌日…

 僕と聖子は校長室に呼び出された。



 知花からは、夕べ電話をもらった。


『ごめんね…まこちゃんと聖子にも、迷惑かけちゃうかも…』


「それはいいけどさ…知花、これから大丈夫なの?」


『うん…本当、あたし自分勝手で…反省してる。ごめん…』


「聖子にも電話した?」


『ずっと話し中なの…』


「そっか…聖子、知花が退学って聞いてすごく落ち込んでたから、今夜はもうそっとしておいた方がいいかもだよ?」


『…そう…分かった。明日また話してみるね』


 聖子、もしかしたらお姉さんと電話してるのかなと思って。

 知花には電話を遠慮してもらった。


 聖子のお姉さんは、ロンドン在住。

 何があったか分からないけど、昨日は知花が帰った後も、酷く落ち込んでた。


 …知花の退学もだけど…それだけじゃない気がした。



「昨日退学になった桐生院さんがアルバイトしてるという音楽事務所に、問い合わせをした。」


 校長は、僕と聖子の顔を交互に見ながら言った。


「君たちは…彼女と一緒にバンドをしてるそうだね。」


 そっか…やっぱ…そうだよねー…

 そこ、バレるよねー…


 僕と聖子が無言で座ってると…


 コンコンコン


 ノックが聞こえて。


「はい。」


 校長がドアを見てると…


「失礼します。」


 入って来たのは…


「…高原さん。」


「伯父貴…」


 僕と聖子は立ち上がって驚いた。

 校長も…驚いてる。

 何に…って。

 その、風貌に…かな。


 オレンジ色の髪の毛…上質そうな、だけどかなりロックっぽい革のジャケット。


 僕と聖子の驚きはー…

 いくら聖子の伯父さんとは言え、僕らの問題に高原さんが駆け付けてくれた事。

 会長自ら、こういった事に関わってくれるなんて…



 高原さんは校長の前に立つと。


「はじめまして。ご連絡いただき、ありがとうございました。ビートランド会長の高原夏希です。」


 右腕にかけてたコートのポケットから名刺入れを出した。

 あまりにもスマートにそうされた校長は、少し呆気に取られたけど。


「あっ…あ、校長の鷲尾です…」


 立ち上がって、ペコペコと頭を下げて名刺を受け取った。

 横に立ってる教頭も同じように名刺をもらって、慌てたように背筋を伸ばした。


 高原さんは僕と聖子を見ると首を傾げて笑って。


「座らせてもらおう。」


 そう言って…僕達の隣に腰を下ろした。



「で…うちの期待の新人達が何か?」


 少し前のめりになって…向かい側に座った校長と教頭の顔を交互に見る高原さん。

 二人は少し圧倒されたみたいにゴクンと喉を鳴らして。


「え…ええ、その…当学園では、芸能活動は禁止しておりまして…」


「校則を読ませていただきましたが、そのような注意書きは見当たりませんでしたよ?」


「えっ…」


 高原さんの言葉に、校長と教頭は息を飲んだ。

 そして、高原さんはさらに…


「才能のある生徒がいる事を、むしろ誇りにすべきです。」


 校長の目を真っ直ぐに見て…言った。


「芸能活動を禁止されてるとして、それはなぜでしょう?うちは今ミュージシャン中心としていますが、いずれはモデルや俳優も所属出来るよう計画を進めています。」


 えっ。と…聖子が小さく言った…ように聞こえた。


「そこには、いずれこちらの生徒さんにも所属してもらえるチャンスがあるかもしれません。どうか広い心を持って、改革をお願いしたい。」


 それは僕も初耳だったし、ビートランド…どこまで大きくなるんだろう?って思った。


「私は決して簡単にデビューする道は与えません。この二人と…退学になった桐生院知花は、そんな私を唸らせる実力の持ち主です。」


 ……


 少しうつむいてた僕は、同じようにしてた聖子と…少しだけ顔を動かせて目を見合わせた。


 高原さんを唸らせる…実力の持ち主…?

 本当に…そう思ってもらえてるのかな…



「け…決して簡単にデビューする道を与えないのなら、もう少し考えていただきたいです。学生のあるべき姿は、まず学業に励み…」


「それはもちろんです。私は頭の悪い奴は嫌いですから。」


「では…では、その学業に悪影響を及ぼすような事態になり兼ねない事には、手を貸さない。これが学校の在り方として…」


「ははっ。あ…失礼。いや、確かに学業は必要ですが、人間として生涯歩く道を決めるのが学生の間でも構わないのでは?」


「そ…それは…」


「学校では勉強だけを教えるのですか?夢を持てとは教えないのですか?若い子達が夢を見やすい環境は必要です。その後押しは出来ない…と?」


「……」


「何なら私から理事長やPTAに話してもいいですよ?桜花は、もっと生徒にチャンスを与えるべきだ、と。」


 高原さんの強い言葉に、校長と教頭は何も言えなくなった。



 僕と聖子はそれから間もなく解放された。

 退学はまぬがれても停学ぐらいは覚悟しておこうと思ったけど…それもなかった。


 バイトの事も、上手くはぐらかせてもらったみたいで。

 聖子は、これからも知花と一緒にバイトが出来る。

 さすがに…赤毛はともかく、結婚の事は…高原さんも退学で仕方ないと思ったのだと思う。

 それに関してのフォローはなかったから。


 だけど知花は、退学になった分…バイトのシフトを長時間にしてもらえたようだ。



 校内では、二年三組の女子がグレて赤毛になって退学になった…とか。

 バイト先で髪の毛を染めて退学になった…とか。

 知花の退学自体は中等部にまで噂にはなってたけど、真相の予想は大した事にはなっていなかった。

 所詮、その程度の事しか想像出来ないレベルなんだなあ…と目が細くなった。



「頑張ってうちの稼ぎ頭になってくれよ?」


 翌日のスタジオ前に、聖子と会長室に行くと、高原さんにそう言われた。


「頑張ります。」


「期待しててよ。」



 私を唸らせる実力の持ち主です



 あの言葉が、その場しのぎじゃなかった。って…思いたいし、高原さんには本当にそう思って欲しいから…



 僕達は、本当に、本当に…


 頑張るだけだ。と、思った。

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