第17話 「ふっ…うっ…うっ…」
「ふっ…うっ…うっ…」
「……」
僕は今…
空いてるスタジオの片隅で、泣いてる知花と一緒に膝を抱えて床に座り込んでる。
知花は両手で顔を覆って、それを自分の膝に置いたまま…肩を揺らして泣いてる。
僕はと言うと…
そんな知花に何を言ってあげていいか分かんなくて…
ただ…隣に…居るだけ。
今日、会議で…SHE'S-HE'Sはメディアに出ない事が決定した。
アメリカに居た時、知花が…仕事の帰り道にファンに襲われた。
それがキッカケで、知花は光史君と暮らし始めた。
子供達もいたし、あんな危険な目にさらされた知花の気持ちを思うと…
僕は、英断だと思った。
日本でも…何があるか分からない。
ましてや、知花とセン君ちは…名家だし。
陸ちゃんちは…あれだし…
光史君と聖子とうちは害はないけど、今後…みんな結婚して子供を持って…みたいな事になると、子供達までがコソコソと生活しなきゃいけなくなるのは…って。
先の事を考え過ぎる。って言われる可能性もあったけど、実際知花が襲われた事と、犯人が『ライヴで観て目を付けてた』って自供してる事もあって…
光史君が、決断した。
「ご…ごめんね…っ…」
泣いてる知花は、顔を上げられないまま…僕に言った。
「謝る事ないよ。」
知花の『せい』じゃないんだ。
メディアに出ない方が、音楽作りにも集中出来る。
僕は、そのスタンスに大賛成。
だけど…
会議では、聖子が自分の気持ちを言った。
『知花の歌を聴いて、桐生院知花すげーな!!って。陸ちゃんとセンのギター聴いて、二階堂と早乙女のツインリード鳥肌立つよな!!って。まこちゃんのキーボード聴いて、島沢は親父を超えるぜ!!って、Deep Redのファンに言わせたいし、光史のドラム…親父がギタリストなのに、って笑われて…でも世界一だって…あたしのベースにピッタリで…朝霧と七生、最強のリズム隊だ…って…』
聖子は…『みんなはあたしの自慢なの。だから、世界中に自慢したかった』そう言って…泣いた。
…その気持ち、分かるよ。
僕だってそうだよ。
みんなは…本当、凄くて。
僕、自分がSHE'S-HE'Sのメンバーだって事が自慢でしかないもん。
だから本当に…聖子の気持ち、分かる。
だけど、きっとそれは…今じゃないんだよ。
だから、みんなもメディアに出ない決断に賛成したんだと思う。
「…知花。僕、聖子の気持ちも分かるけど…今はメディアに出なくていいなって、本気で思ってるよ?」
知花の頭に、そっと手を置く。
「知花は実際怖い目に遭ったし…あの時、光史君が通りかからなかったら…って思うと、本当…僕だって震える。」
ノン君とサクちゃんも、そこにいた。
知花…どんなに怖かっただろう…
「僕らは誰か一人が欠けてもSHE'S-HE'Sじゃなくなる。ビビりだなーって笑われても、安全策を取りたいよ。」
「……」
「聖子だって、納得はしてるはずだよ。でも、言わずにいられなかったのは…」
「……」
「聖子は…ほら、聖子だから。」
少しだけ顔を上げた知花に、首を傾げてそう言うと。
「…ん…うん…うん…」
知花はゴシゴシと涙をぬぐって。
「…あたしも…みんなの事…本当に自慢に…っ…」
「うん。」
よしよし。って、知花の頭を撫でる。
少し落ち着いた所で…二人してスタジオを出ようとすると…
「…あ…」
聖子が、通路のソファーに座ってた。
「…何で二人なのよ~。あたしも呼んでよ~。」
聖子はそう言うと知花をガシッと抱きしめて。
「…ごめん。」
小さくつぶやいた。
その言葉に、また知花は泣き始めて…
僕は…
「知花、まだ時間いいなら、パフェ食べに行こうよ。」
提案した。
知花を抱きしめていたいであろう聖子には睨まれたけど。
「…聖子が行くなら…行く…」
その言葉に、聖子はふっと優しい顔になって。
「じゃ、まこちゃんの奢りで。」
僕を見た。
「…いいよ。奢らせていただきます。」
そう言って少し威張ると…
「まこちゃんの気が変わらないうちに行こ行こっ。」
聖子は知花の涙を袖で拭った。
「も…痛いよ…」
乱暴に涙を拭かれた知花は、泣き笑いしながら聖子を見上げる。
「あ~ごめんごめん。優しくね。」
まるで彼氏みたいに、知花の頬を両手で包んで…親指で優しく涙を拭う聖子。
「これでい?」
「…ありがと…」
「さっ、行こ行こ。」
聖子が僕の腕を取る。
すると、空いてる方の腕に、知花が来た。
…僕らは相変わらず、こんな感じで。
たぶん、高等部の頃『どっちと付き合ってんの?』って聞いてきたクラスメイトが見たら、『本当に付き合ってないのか?』って言われそうだ。
「向かいのカフェ、限定のが出てたよね。」
「聖子…壺に入ってるみたいって言ってたよね…あれを食べる気?」
「壺…でも聖子なら食べれるかも…」
「何言ってんのよ。あれ頼むなら三人でシェアでしょ。」
「…僕はチョコパフェ。」
「…あたしも…」
「もー!!付き合ってよー!!壺パフェ!!」
「うふふっ。あのパフェ、そんな名前なの?」
「だって知花が壺って言うから!!」
「聖子が言ったんだってば。」
二人の会話を聞きながら、僕は笑った。
…アメリカで大観衆を唸らせたボーカリストと…
ライヴを見に来てた大御所バンドのドラマーに、セッションがしたいって言わせたベーシストとは思えない。
…うん。
やっぱり…聖子も知花も…
笑顔が一番だよ。
この後、三人で事務所の近くのカフェでパフェを食べてると…
「…三人で美味いもん食いやがって…」
陸ちゃんと光史君とセン君もやって来て。
「まこちゃん奢ってくれるよ?」
「マジか。俺、デラックスパフェ。」
「陸ちゃんは自分で払ってよ…」
「まこ、ごちになります。俺、フルーツパフェ。」
「光史君…」
「じゃあ俺はー…チョコバナナパフェで。」
「……」
SHE'S-HE'S、みんなでパフェを食べた。
結局本当に奢らされたけど…
楽しかったから…反対にたくさんお小遣いをもらえた気分…。
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