第21話 知花と神さんの結婚式から一ヶ月後。

 知花と神さんの結婚式から一ヶ月後。

 セン君に長男の詩生しお君が生まれた。


 冬には知花も出産予定。

 双子ちゃんは、お兄ちゃんとお姉ちゃんになる。



 今年はまたハッピーな年になりそうだなあ…

 そんな事を考えながら、今日は光史君と聖子と知花とで待ち合わせ。

 来週に迫った、陸ちゃんとセン君の誕生日(二人は同じ七夕生まれ)のために、打ち合わせなんだ。



世貴子よきこさんから、『詩生連れて実家に帰ってるから、好きなだけ羽目外させてやって』って連絡あったよ。」


 光史君がそう言って笑った。


 世貴子さんは、セン君より三つ年上で。

 オリンピック柔道で優勝経験もある。

 その試合の全てを一本勝ちで、引退した今も『世界一強い女』って言われ続けてる。



「世貴子さんの実家って、センのマンションの向かい側よね(笑)」


「二人目ができたら家建てるっつってたぜ。」


「どこに?」


「世貴子さん、一人娘だから、出来れば世貴子さんの実家の近所って。」


「って言うか…詩生君生まれてセンも長瀬家に入り浸りって聞いたよ?もう、あそこに住めばいいのに(笑)」


「世貴子さんのご両親が遠慮してるらしい。セン、一応は早乙女の長男だから。」


「え~?本人が良ければいいのにね。」



 聖子と光史君の会話を、失礼だけど聞き流しながら…

 僕は…夢中になってた。


 …何にかと言うと…


「まこちゃ、これ、あえゆー。」


「ありがとう、サクちゃん~。」


 今日は双子ちゃんも一緒。

 サクちゃんは僕の膝で、ストローの紙を丸めて僕に渡した。


「あっ、もう…ごめんまこちゃん。咲華、それ母さんにちょうだい。」


「まこちゃにあえたもん~。」


「まこちゃんにはもっといい物あげて。はい、それ母さんに。」


「いいよ知花。」


 ノン君はと言うと…僕と光史君の間に座ってて。

 光史君のベルトのバックルが気になって仕方ない様子…


「あっ、もう…おとなしくしてると思ったら…華音、外しちゃダメよ。」


「うおっ。油断してた。ノン君、それ外したら俺が恥ずかしくなるからダメだ。」


 光史君がそう言ってノン君を膝に抱えると。


「こー、はじゅかしゅなゆのー?」


「そう。俺、はじゅかしゅなる。」


 普段はクールな光史君だけど…

 双子ちゃんを前にすると、メロメロ。

 一緒に暮らしてた事もあるせいか、双子ちゃんにとって光史君は特別みたいで…

 みんなと居る時も、眠くなると自然と光史君の膝に行く。



 ふと、僕の膝にいたサクちゃんがストンと降りて…


「しぇーこんとこ、いくー。」


 ほんとに珍しいんだけど…自ら聖子の膝によじ登り始めた。



「…か…感激…サクちゃんが来てくれた。ねえ、みんな見てる?これ、あたしの膝。」


 聖子が丸い目をしてみんなを見渡して。


「見てるって。」


 僕と光史君は大笑い。


「あら、咲華今日は聖子のお膝がいいの?」


 聖子の隣にいる知花も嬉しそうにそう言うと。


「うん。しぇーこいいことあゆよー。」


 サクちゃんが、聖子の前に置いてあったストローの紙を手にして言った。


「えっ?」


 それには…僕と光史君と知花、三人して声を出してしまった。


「あはは。サクちゃん、予知能力でもあるの?嬉しいなあ~。」


「よちでょーでょくよー。」


「もう…咲華、分かって言ってる?」


「しぇーこ、いいことあゆよー。」


 サクちゃんは再びそう言って、手にしてたストローの紙を『はい』って聖子に渡した。


「ああ~サクちゃんにプレゼントもらっちゃった。いい事あった。」


 聖子がサクちゃんにそう言うと。


「しぇーこ、もうしゅぐおひめしゃまんなゆのー。」


 サクちゃんが、自分のほっぺに指を当てて、満面の笑みになった。

 その可愛さを正面から見てた僕と光史君は、めちゃくちゃ目尻が下がったけど…

 知花と聖子は目を真ん丸にしてる。



 …ん?

 聖子がお姫様に?




 結局…陸ちゃんとセン君の誕生日会は。


「センに羽目を外させてやってくれって言うぐらいだから、飲める場所がいいよな。」


 光史君がそう言って。


「んー…『佐助』とかだと、いつもと変わんないから…ちょっといい所でも押さえる?」


 聖子の提案で、七生グループのホテルにオープンしたというワインバーに決定した。

 知花はお酒禁止だけど、その分食べるからってOKしてくれた。



「それにしても、センに羽目を外させるって…セン、ストレス溜まってるっぽい?」


 聖子の膝にいるサクちゃんは、もうおねむらしくて。

 聖子の右腕に頭を乗せてる。


「世貴子さんからしてみると、仕事から帰って育児に参加しまくりのセンを労いたいんだろう。センには楽しみ以外の何物でもなさそうなんだけどな。」


「セン君たぶん、誕生日会も二次会は行きそうにないよね。」


「言えてる。速攻帰っちゃうよね。」



 サクちゃんだけじゃなく、ノン君も寝てしまって。

 打ち合わせは終了。

 車で来てた光史君が、聖子と一緒に知花を送る事になって。

 僕はみんなに手を振って、そのまま歩いて音楽屋に行くことにした。


 音楽屋は昔朝霧さんがバイトしてた事でも有名だし、陸ちゃんとセン君もバイトしてたお店。

 朝霧さんがバイトしてた頃とは、随分様変わりしたらしいけど…

 音楽好きが集まるお店としては、有名だと思う。

 楽器も音楽雑誌もCDもだけど…

 小さいけどスタジオやミーティングルームもあったり、店員さんも音楽に知識のある人が多い。



 音楽屋に入ると、雑誌のコーナーでキーボードマガジンを手にした。

 こういう音楽雑誌は事務所のスタジオ階やミーティングルーム、視聴覚室にも置かれるんだけど。

 僕は父さんの特集号は買うようにしてる。


 色々質問したら答えてくれるし、教えてもくれるんだけど…

 僕と父さんは、ライバルだ。

 父さんはどう思ってるか分からないけど、僕はそう思ってる。


 だから…小さな記事も読み落とさずに、いい物は得たい。



 雑誌を買って外に出ると、ちょうど下校時間を過ぎた頃なのか、周りには桜花や違う学校の制服姿がチラホラと見えた。

 これからどうしようかな…帰って雑誌を読もうか、事務所に行ってスタジオに入ろうか…って考えてると。

 一人で歩いてる桜花の制服の女の子の足元に、ハンカチが落ちた。



「落ちたよ。」


 僕がハンカチを拾って声をかけると、その子はゆっくり振り返って。


「え?あ…ありがとうございま…あれ…?」


「…?」


 まん丸い目で見られて、僕もつい…同じような顔をしたと思う。


 すると…


「…まこちゃん?」


「え?」


「って…あ、ごめんなさい。いつも家族から名前聞いてるから、馴れ馴れしく呼んじゃった…」


「家族…?」


 今度は、僕の方が丸い目をした。


「あ、鈴亜りあです。朝霧鈴亜。お兄ちゃんもお父さんもお世話になってます。」


 そう言って…ペコリ。


 …朝霧…鈴亜。


 光史君の妹…



「あ…全然分かんなかったよ。僕が君に会ったのって、まだ赤ちゃんの頃だったから…」


 僕が頭をかきながら言うと。


「ふふっ。あの頃と今と、どっちが可愛いですか?」


 そう言って…すごく可愛い笑顔…


「……」


 僕はつい素直に。


「…あの頃も可愛かったけど…今はキラキラしてて、もっと可愛いね。」


 そう言った。





 僕は思った。




 天使に会った。って。

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